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【コミカライズ】俺、勇者じゃないですから。~VR世界の頂点に君臨せし男。転生し、レベル1の無職からリスタートする~  作者: 心音ゆるり
第三章 伝えられない想い

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81 異変




 レーナスの街にある探索者ギルド。その長を務めるライレスさんから、迅雷の軌跡がAランクダンジョンに挑む日程を3日前に教えてもらっていた。


 その挑む日程というのが、今日である。

 世間的には何か特別な日ではなく、なんということのない一日。しかし、今日というこの日は『初めてAランクダンジョンが踏破された日』として歴史に残ることになるだろう。Bランクダンジョンの踏破でさえあれだけの騒ぎになったのだから、今回はさらに凄いことになるはずだ。


 俺のレベル上げ欲から考えると『やっとか』――という気持ちだし、Sランクダンジョン出現をきっかけにして、俺が二人に想いを伝えることを考えると『心の準備が……』などと思ってしまう。

 いまさら逃げようとは思わないけど、やはり緊張する。


「ライレスさんが言うには朝から潜ってるみたいだし、そろそろだろうな」


 迅雷の軌跡のステータスと戦闘技術があれば、Aランクダンジョンを踏破することは十分可能だ。俺からすれば、むしろ慎重すぎるぐらいに思える。ただ、死んで終わりのこの世界では、彼らのような探索が『正解』なのだろう。慎重すぎるぐらいで丁度良い。


 レーナスの街を出て、気合を入れて家を目指す。空の色は青からオレンジへと変わろうとしていた。


 今日俺が街に来た目的――それはもちろんセラとフェノンに渡す花束の購入だ。

 色とりどりの花が詰まった花束はインベントリの中に入っている。高鳴る心臓を落ち着かせる努力をしつつ俺は皆の待つ家を目指していた。パーティメンバーである3人は、家でのんびりしているはずだ。


 遠くにBランクダンジョン、家、Aランクダンジョンが等間隔で並んでいるのが見える。


 ソロでダンジョンに潜っている時にひたすら告白の練習をしたから、きっと大丈夫。もしあの光景を誰かに見られたら、間違いなくドン引きされるだろう。

 魔物を切りつけながら「俺はお前のことを――っ!」なんて叫んでいる人がもしいたら、見なかったことにして即座に立ち去るもんな。やべぇ奴だ。


 そんな風に、苦笑しながらその時のことを思い出していると、


「……耳鳴り?」


 聴覚のテストの時に聞こえるような、小さな音が聞こえてきた。

 初めはとてもかすかな音。


 実際に聞こえているのか、それとも気のせいなのかもわからないほどの小さな音だったその甲高い音は、徐々に大きくなっていく。


「――つぅ」


 痛い、頭がクラクラする。つか、う、うるせぇっ!

 その不快な音はやがて、鼓膜が破れるのではないかと不安になるほどの爆音となった。


 くそっ! いったいなんだこれは!?


 耳を塞ぐように頭を抱えてその場に蹲る。周囲の音は一切聞こえないが、問題となっている音は頭の中でなっているようで少しも収まる様子はない。あまりに音が大きいせいか、視界がブレる。

 今でさえ限界だと思えるのに、頭の中に流れる不快な音の大きさは上がり続けるばかりだ。


 そして、歪んだ視界がさらにブレた。

 まるでゲームのバグ画面――もしくは昔のビデオテープを巻き戻した時のように、景色が横に大きく崩れたのだ。


 吐き気がしてきた頃に、その音は唐突にピタリと止み、目に見えていたおかしな光景も元に戻った。直後に、まだ声変わりもしていないような幼い子供のような声が聞こえてくる。


『ベノムを倒してくれ。それですべては、元に戻る』


 男の子なのか女の子なのかもわからないような、濁りのない綺麗なソプラノボイス。耳元から聞こえてくるのに、俺の周囲には草原が広がるばかりで、人の姿は一人も見当たらない。


 ベノム? 戻る? 急になんだ? というか誰だ?


「お前は、誰だ?」


 なんとか声を絞り出して問いかけてみるが、返答はなかった。一方的に声をかけておいてこっちの言葉は無視かよ。くそっ!

 そもそも、俺はこの世界に来てだれにもベノムの話をしたことがない。その名を知っているだけでも、声の主が普通じゃないことは確かだ。


「ちっ」


 わけのわからない現状に舌打ちをして、未だにくらくらする頭を抱えながら俺はひとまず落ち着くためにその場で胡坐をかいた。視線は自分の脚部に向けて、今の現象と子供が言った言葉を頭で整理しようとする。


「――は?」


 そして先ほど声の主を探そうとした時に『おかしな光景』が目に映っていたことを思い出した。慌てて顔を上げ、視線を我が家がある方角へ向ける。


「……おいおいおい。マジかよ」


 視線の先には、Bランクダンジョン及びAランクダンジョン、そして我が家がある。それはいい。


「Sランクダンジョンか――?」


 現在、俺の目にはダンジョンが合計『8つ』映っている。

 俺の家を取り囲むように、新たに6つのダンジョンが出現しているのだ。わりと近い場所に位置するBランクダンジョンやAランクダンジョンよりもさらに内側。家から徒歩5分といったところだろうか。


「わけわかんねぇ……本当、何から何まで」


 いま出現したということは、きっとSランクダンジョンなのだろう。迅雷の軌跡は無事にAランクダンジョンを踏破したに違いない。しかし出現場所も数も、俺の知っているテンペストのゲームとは異なっている。


 そもそもSランクダンジョンは、この世界にある6つの国に一つずつしか出現しないはずなのだ。

 それが何故か俺の家の周囲に集まっている。ありえないだろ。


「……落ち着け、俺。Sランクダンジョンの出現数がゲームと同じとは限らないじゃないか。そもそもあのダンジョンがSランクダンジョンだと確認したわけでもないし、俺の家の周りに集まったのも……偶然かもしれん」


 偶然と言うには出来過ぎている配置な気もするが、それは一旦無視することにしよう。同じところで悩んでいても、この不可解な現象の解決には至らない気がする。


「ベノムを倒せって言ってたよな、確か」


 耳鳴りが止んだ時に聞こえてきた、幼い子供の声。その子は『元に戻る』なんて言葉も使っていた気がする。


「何が元に戻るのかもわからないっての……そもそも、今のところベノムに挑むつもりはないんだが」


 わからないことが多すぎる。

 ダンジョンにしても、声の主に関しても、言葉の意味も。


 もはや告白どころではなくなってしまった。

 落ち着いて、この謎の現象をきちんと理解しないと気持ちが悪い。


「とりあえず、新しいダンジョンの確認をするか……」


 俺はのそのそと立ち上がって、家に向かって――いや、新たに出現したダンジョンに向けて足を進める。

 あれがSランクダンジョンだとすれば、Aランクダンジョンの踏破履歴がない俺のライセンスカードでは潜ることができないはずだ。まずはその確認をしよう。


 俺は片手で頭を擦りながら、重たい足を引き摺るようにして草原を歩いていった。



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