80 指輪とネックレス
俺の召喚一周年を祝うパーティが終わると、再びかわらぬ日常が舞い戻ってきた。
迅雷の軌跡はAランクダンジョン踏破に向けて活動を再開し、俺もセラたちの教育をしつつ彼らとは別のAランクダンジョンでレベル上げをしている。
おかげで――というか、迅雷の軌跡が踏破するのを待機している状態が続いているので、二次職及び派生二次職のボーナスは全て獲得済みだ。俺のステータスはすでにSランクダンジョンも踏破可能なまでに仕上がった。
☆ステータス☆
名前︰SR
年齢︰19
職業︰魔弓術士
レベル︰63
STR︰B
VIT︰C
AGI︰B
DEX︰A
INT︰S
MND︰B
スキル︰隠密 射出魔法 魔道矢
これだけのステータスがあれば、Sランクダンジョンの踏破は容易い。
さすがにベノムと戦うとなれば、三次職のステータスボーナスも全て得ておかなければならないけど。
ま、覇王ベノムに無理して挑む必要はないからな。
そんなことよりも、今は現実と向き合わないといけない。
「こういうプレゼント選びって苦手なんだよな……」
本日は俺単独の休日。
いつもならばAランクダンジョンに潜っているところだが、今日はレーナスの街にやってきていた。目的は勿論、セラとフェノンにプレゼントする指輪。それからシリーにはネックレスを買おうと思っている。
セラとフェノンには花束も一緒に渡すつもりだが、枯れてはいけないので直前になってから購入する予定だ。
これらはAランクダンジョンが踏破され、Sランクダンジョンが出現したタイミングでプレゼントする。
これには『危険なダンジョンに進むけど、これからもよろしくお願いします』という意思表明のような意味合いも含まれる。
事前に彼女たちの予定をリサーチし、本日は家でのんびりしていることが確定しているので、こそこそせずに買い物をすることができる。とはいっても、武闘大会のせいでそこそこ有名になってしまったのでチラチラと視線は向けられるが。
プレゼントを買う店はこの街の領主であるマーガス公爵が懇意にしている店にすることにした。
別にマーガス公爵の力を利用して料金を安くしてもらおうとしているわけではなく、単に店がたくさんありすぎてどこがいいのかさっぱりわからないので、この人に聞けば間違いないだろう――という安直な発想によるものなんだけど。
もともと庶民の俺からすれば、立ち入るのにも度胸がいりそうな豪華な外観。
深呼吸を何度かして店内に入ると、さっそく若い男性店員が声を掛けてきた。マーガス公爵の紹介だと話すとすぐに店員が交代。責任者らしき30代ぐらいの女性が現れる。
その女性は俺の顔を見るなり、驚愕の表情を浮かべた。ただ、さすが公爵家に紹介されるだけのお店なだけあり、その驚いた表情も下品なものではない。
「勇者エスアール様にお越しいただき、大変光栄でございます。本日は何をお探しでしょうか?」
「あー……、すみません。勇者と呼ばれるのはあまり好きではないので、できれば名前だけでお願いします。今日はネックレスと、指輪を二つ探してまして」
俺がそう言うと、女性の店員さんは深々と頭を下げて「失礼いたしました」と謝罪の言葉を口にする。
いやいやそこまで本気で謝らなくていいから。称号とかもらっちゃったし、権力者とも繋がりはあるかもしれないけど、中身は三食カップ麺でも平気な庶民だから。
「とりあえずネックレスを見たいんですが」
「かしこまりました。本日はわたくしメリルがご案内いたします。どうぞよろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
宝石の種類なんてさっぱりわからないし、女性の好みもよくわからないのでこういう時リードしてもらえると助かる。自分の物を選んでるときは『ゆっくり見させてくれ!』とか思ってしまうが。
私相手に敬語は不要ですよ――とか、お相手はやはり――なんて会話をしつつ、メリルさんがおすすめの商品をピックアップしてくれる。
紹介される商品は日本円で1000万円以上のものばかりだが、俺の懐はまったく痛まないので気にしない。というか使いどころに困っていたから、国の経済を回すためにもお金はどんどん使うべきだろう。
幸い、公爵様のつながりも明示しているので、ぼったくられるようなことはないだろうし。
シリーさんのネックレスは、メリルさんが紹介してくれた物ではなく、俺が『彼女に似合いそうだな』と直感的に思ったものだ。
金色のチェーンの先に、鷹? 鷲? みたいな鳥の細工が施された装飾品が取り付けられた物だ。瞳にエメラルドグリーンの宝石が嵌められている。
値札には150万オル(1500万円)と記載があったが、公爵家の見えない圧力のおかげか、100万オルにしてくれた。
プレゼントなので値段交渉をするつもりは無かったのだが、メリルさんの気遣いを断るのも気が引けたので「ありがとうございます」とお礼を言っておいた。
そして問題の指輪。
「給料三ヶ月分って言うよな……」
メリルさんに聞こえないように、小さな声で呟く。
俺の日本にいたころの給料で考えると、この宝石店で買えるものは限られているし、かといって今の俺の収入の三ヶ月分となると――金額が高すぎてその価格帯の商品がない。
やっぱり金額は無視して形や色、彼女たちに似会うかどうかで選ぶべきだよなぁ。
あぁ! 難しいっ! でも『これでいいや』なんて妥協はしたくないっ!
俺はメリルさんからの説明を受けつつ、腕組みをして真剣に商品を眺め続けた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「プレゼント選びってこんなに体力を使うものなのか……ダンジョンでボスと戦っているほうがまだマシだぞ」
買い物を終え、Aランクダンジョンを経由して自宅へと帰る。
ダンジョンに潜るわけではないが、街がある方角から帰宅するのを彼女たちに見られたら怪しまれるかもしれない。
せっかくだから、俺も彼女たちを驚かせてやりたいのだ。ドッキリ、大成功~。
セラとフェノンに渡す指輪だが、造りはまったく一緒のものにした。
ユカリムスビの花びらに、宝石が包まれているような細工が施されているもので、メリルさんに紹介された瞬間『これだ!』と即決した。
違いがあるのは、宝石の種類。
セラはルビーよりも更に濃いような赤色の宝石で、フェノンは真珠のような光沢を持った白色の宝石だ。どちらも、地球では見かけたことの無い色合いの物である。
金額的には、そこそこ豪華な家が建つぐらいと言っておこう。
「喜んでくれるかな……」
不安。だが、同時に楽しみでもある。
彼女たちはいったいどんな反応を示すのか――それを想像するだけでも一日を終えてしまいそうなほどだ。迅雷の軌跡がAランクダンジョンを踏破するまでは、バレないように気をつけないとな。
「楽しみだ」
目前に迫った我が家の窓から、フェノンが笑顔でこちらに向かって手を振る姿が見える。その楽しげな表情は、離れた場所にいる俺にも伝播した。
頬が緩むのを感じながら、俺は手を振り返した。




