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【コミカライズ】俺、勇者じゃないですから。~VR世界の頂点に君臨せし男。転生し、レベル1の無職からリスタートする~  作者: 心音ゆるり
第三章 伝えられない想い

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78 ユカリムスビ




 俺の知らないところで企画されていたサプライズパーティは、見事に標的を驚かせることに成功したと言っていい。

 (くだん)の標的は、マジでビックリしたわ――などと漏らしております。


 祝われて嬉しい気持ち。

 思いがけず主役になって恥ずかしい気持ち。

 皆の時間を奪って申し訳ない気持ち。


 様々な感情が押し寄せてきたが、やはり嬉しさに勝るものはなかった。地球にいたころの俺には到底考えられないようなイベントである。


 わいわいと賑やかに話す迅雷の軌跡と俺のパーティメンバー。


 もちろん主役である俺も会話に加わっているが、皆が笑って楽しく食事をしている風景を見ているだけでも楽しい気分になる。シリーが準備してくれた料理も、普段見るモノとは違い豪華かつ珍しい食べ物ばかりで、非日常感を演出するのに一役買っていた。


「――んっ!」


 口にチキンを咥えた状態のシンが手を打ち鳴らす。どうやら何かを思い出したらしい。

 称号持ちも伯爵令嬢も――さらには王族までいるのにもかかわらず、マナーもへったくれもない食事風景であるが、相手に気を許しきったこの雰囲気が俺はとても好きだ。

 彼はふがふがと何かを言いながら、テーブルの上にあった料理を少し移動させてスペースを作った。


「シン、さすがに行儀が悪いです」


「そうよ。フェノン様もいらっしゃるんだから……」


 迅雷の軌跡の女性陣がたしなめるように言う。シンはバツが悪そうにしつつ肉の部分を咀嚼して飲み込むと、骨を皿に置いてから「すまん」と一言。

 やーい、怒られてやんのー。

 気落ちしているシンをニヤニヤと眺めていると、お上品に食事を進めるフェノンが彼に声を掛けた。


「別にマナーなんて気にしなくていいわ。ここには探索者しかいないのだし……それにエスアールさんも堅苦しい食事は嫌ですよね?」


「んー、まぁそうだな。面倒くさい」


「そうですよねっ!」


 ぱぁ――と満面の笑みを浮かべるフェノン。

 俺の意見を言い当てて嬉しいのだろうけど、たったこれだけのことでよくそんな顔ができるな。


 そんなことよりこのステーキ美味い。なんの肉だろ?

 目を閉じて舌に意識を集中させていると、ぽんぽんと肩を叩かれる。


「とろけた顔しているところ悪いが、エスアール。俺たちからのプレゼントだ」


 女性陣に注意を受けてしまったからか、やや曇った表情でシンが言う。彼はインベントリからポーションを取り出して、テーブルの上に並べていった。

 コト、コト、コト――と、彼は一本一本丁寧にポーションの入った瓶を並べる。


 10本――20本――30本――。


 多いなっ!! いったい何本出すつもりだ!?


「えーっと、エリクサーが10本と、上級ポーション50本だな。プレゼントらしい物はたぶんそっちのメンバーが用意してるだろうから、俺たちは実用的な物を持ってきたぞ。お前さんは王都のBランクダンジョンに潜ってないから、エリクサーが心もとなくなっているんじゃないかと思ってな。上級ポーションはついでだ」


「大量だな……助かるけどさ」


 シンの言う通り、エリクサーは王都のダンジョンでしか手に入らないので、レーナスに拠点を置く俺からすれば取りに行くのが非常に面倒だ。

 エリクサーを使用しなければいけないような危険な戦い方はしていないが、ストックは多いに越したことはない。


「いいのか? こんなに貰って」


 シン以外の女性メンバーに視線を向けて問いかける。

 スズもライカも首を縦に振った。


「今はAランクダンジョンに潜ってるですが、一時期は例のサイクロプスばかり倒してたですからね。陛下にもエリクサーを売ってるですが、正直言って有り余ってるですよ。欲しかったらいつでも売るです」


「はは、そりゃ助かる」


 彼女たちもエリクサーを消費するような戦い方はしていないだろうから、使う機会がないのだろう。エリクサーは保険としては有用だが、あくまで保険。滅多に使わないからな。


 とはいえ、パーティメンバーの命を預かっている俺としては、いくらでも持っておきたいアイテムだ。

 彼女たちは絶対に死なせやしない。少なくとも、俺が生きているうちは。

 怪我や病気じゃなくて、幸せな老衰で死を迎えるのがベストだな。


 なんて、サラダをシャクシャクと頬張りながら決意を新たにしていると、シリーが俺の傍に寄ってきた。


「順番的には私ですね」


 そう言って、彼女がインベントリから取りだしたのは――手袋? いや、違うな。


「これは剣士の方が好んで使用するグローブです。薄手で強い素材ですから、邪魔にもならないと思います」


 水色のリボンが巻かれた、黒色の指ぬきグローブ。

 ゲームの時はそもそもこんな装備がなかったし、今の俺の手の平のようにマメができるようなことも無かった。マメがつぶれた時はポーションをかけて傷口を塞いでいたけど、固くなった皮膚までは元通りにはならない。

 そんな俺にとってこのグローブは、とてもありがたい代物だった。


「着けてみてもいいか?」


「もちろんです!」


 了承を得た俺はリボンをそろそろと解き、さっそく両手にそのグローブを嵌めてみる。


 おぉ……これはかっこいい。

 封印されていた中二心が刺激されてしまいそうだ。


 ぴっちりと肌に吸い付くようで、シリーの言う通りまったく邪魔にならない。インベントリから刀を取りだして握ってみたが、握り心地も普段と変わりはないので、戦闘に影響はなさそうだ。もし影響があったとしても使うけど。


「嬉しいのはわかるが、ここで刃物を振り回すなよ?」


「わ、わかってるよ」


 あぶねぇ。素振りしようかと思ってたわ。

 いそいそとインベントリに刀とグローブを収納しつつシリーにお礼を言うと、彼女はニコニコと笑顔で「はい」と返事をしてくれた。

 危うく惚れてしまいそうになるが、これ以上節操のない恋愛はマズイと自分に言い聞かせて事なきを得る。実に危なかった。


「最後は私とフェノンからだな。2人で協力して作ったモノだから、失くさないでくれよ」


 恥ずかしさを隠すように、早口かつぶっきらぼうにセラが言う。耳が赤いから照れているのは丸わかりなんだが……気付いていないことにしようか。


 セラが俺に向かって差し出してきた手の上には、直径五センチほどの木製の円盤――そして、それに繋がる革ひも。

 円盤には花の模様が彫り込まれているが、職人が作ったような完成度の高い物ではなく、手作りのぬくもりが伝わってくるような仕上がりだった。


 ガラス細工でも触るかのように、恐る恐るその木製の物体を手に取った。

 造りから考えて、首から下げるお守りってところだろうか?


「もしかしてフェノンとセラが彫ったのか?」


「はい! この辺りは私が彫ったんですよ! こっちのちょっと雑なところはセラです」


「ち、違うんだエスアール! その部分はちょっと手が滑っただけで――。こ、ここ! 花びらが曲がっているのはフェノンの仕業だぞ」


「くしゃみが出たんだから仕方ないでしょ!」


 きゃいきゃいと言い合いを始めてしまった。

 といっても、本当に喧嘩をしている雰囲気ではなく、楽し気なやりとりだから放っておいても大丈夫そうだな。

 聞こえているかわからないが、とりあえず二人に向かって「ありがとう」と口にする。


「それはユカリムスビという花です。地中に這う根がとても長く、その長さは数十メートルにも及び、ユカリムスビ同士で繋がっているです。だからその花には、遠く離れたとしても心は繋がっているだとか、そんな意味があるですよ」


 俺の手元を覗き込みながらスズが言う。

 どうやら俺がなんの花なのかわかっていないのを察してくれたらしい。地球では聞いたことのない花の名だな。

 スズの話を耳に入れながらその花を眺めていると、フェノンがぐいっと顔を寄せてくる。


「もちろん! 離れるつもりはありませんわっ!」


「ユカリムスビの根は頑丈だからな。『決して離さない』なんて意味もあったりするんだぞ」


 フェノンに引き続き、セラが誇らしげに胸を張って言う。


 セラよ……知識を披露して悦に入っているところ悪いが、お前はその『決して離さない』という意味がある花を俺に贈っているんだぞ? 少しは恥ずかしがれよ。


 なんてことを思っていたら、ライカがそのことをニヤニヤとしながらセラに指摘した。彼女は電池の切れたオモチャのように、ピシリと動きを止める。


 口をアワアワと動かしたかと思うと、みるみるうちにセラの顔はよく熟れたトマトのように赤くなる。そして彼女は一目散にトイレへと走っていった。



 まるで逃げるように去っていくセラの後ろ姿をみて笑ってしまったのは、俺だけではあるまい。


 



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― 新着の感想 ―
[一言] 題名から紫色で甘酸っぱいユカリをまぶしたおむすびが出てくるかと思ったw
[良い点] ポンコツモードのセラたんはとても可愛らしいですなぁ ニヤニヤ ここまで順調だけど話の転換期が来るのわかってるから果たして各々の思いの行方がどうなるのかまだわからない 先が楽しみであります…
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