77 サプライズ
シンのホモ疑惑が無事に晴れ、お互いに安堵してリビングへと向かう。恋愛相談も無事にできたし、本当に良かった。本当に……シンがノーマルで良かった。
ペタペタと廊下を歩いていると、シンにいきなり肩を掴まれた。先程までの話があった後なので、身体がビクリと跳ね上がる。
「そうビクビクするなよ……傷つくんだが……」
泣きそうな表情でシンが言う。
元の顔がイケメンだからかしらないが、妙に嗜虐心をくすぐってくるような顔だ。俺にそんな趣味はないけれど。
「悪い悪い。で、今度はなんだ?」
風呂場で無理やり時間つぶしをさせられたのも、結局理由はまだわかっていない。
おそらく女性陣に何かを言われていたのだろうと勝手に予想しているが、彼に聞いたところでスズやライカから口止めされているのならば聞いても無駄だろう。リーダーとはいえ、シンは彼女たちの尻に敷かれているからな。
「ちょっとここで待っていてくれ」
そういうと、シンは角を曲がってリビングがあるほうへと歩いていく。
彼が向かったリビングからは、女性陣の声がかすかに聞こえてきていた。だが、何を言っているのかまでは判別できないし、曲がり角の先のことなのでリビングの様子も見えやしない。
ボケっと待つこと数分。
「暇だな……」
特にすることもないので、その場でストレッチをしたり、インベントリの中身を確認したり、ステータス画面を眺めたりしていた。そして、見慣れたウィンドウに見慣れない文字列を発見する。
「いつの間に……?」
ステータスに表示されている年齢。
ずっと『18』の記載だったが、今確認すると『19』に変わっていた。
この世界にきてちょうど一年ぐらいが経っているということを考えると、俺の誕生日はこの世界に召喚された日に設定されているようだ。断定はできないけれど。
年齢の上昇と共にステータスも上がってくれたらいいんだけどなぁ……年をとったところで、なんのメリットもない――そんなことを考えていると、申し訳なさそうな表情を浮かべたシンが、廊下の角から姿を現した。
「待たせたな」
「本当だよ。なんで家主の俺が待機命令出されなきゃいけないんだ」
「まぁまぁ。そうカリカリするなって」
宥めるような仕草をしながら、シンが苦笑する。
別に怒ってないけどさ。現状の理解ができていないストレスで、ちょっと小言を口にしたい気分だったんだよ。
隣を歩くシンに背中を押されながら、俺はリビングへ向かった。
彼らは俺が見たら怒るようなことをやっていたのだろうか? そんなに隠そうとしなくても、俺の沸点は別に低くないんだがなぁ。仲間外れにされていることに、少しだけ落ち込む。
だが――、
「――――――え」
リビングに広がる光景を見て、俺の頭の中は真っ白になった。口を大きく開けたまま、言葉を発することもできずにリビングだった場所を見渡す。
どこから持ってきたのか、そしていつの間に用意したのか――ソファやローテーブルがあった場所には、大理石でできたような大きな丸テーブルが配置されており、その上にはシャンパンと思しき飲み物や、多種多様の豪華な料理。
壁面にはカラフルな飾りつけまでしてある。ここはいつの間にパーティ会場になったんだ?
「ふふ、驚いたか?」
してやったり――そんなニヤニヤとした表情を浮かべたセラが問いかけてくる。
「驚いちゃいるが……なにがなんだか……」
わけがわからん。
迅雷の軌跡がわざわざ俺たちの家にやってきたから、パーティをしようという話ならばまだ理解できる。だが、そうだとすれば俺に話を通さない意味がない。
これはいったいなんのお祝いだ?
「エスアールさんがこの世界にやってきて、今日でちょうど一年になるんですよ。知ってましたか?」
フェノンの問いかけに、俺はブンブンと首を横に振る。
だいたいの感覚でなら理解していたが、正確な日にちまでは把握していない。ステータスに時間の記載はあっても、日付までは載っていないからだ。
「私たちは一年記念ということで、お土産を渡すぐらいのつもりだったですが、セラたちがパーティを計画してたので、それに乗っかったですよ」
「貴方にとってはありふれた物だろうから、あまり期待はしないでね?」
スズとライカが、シャンパングラスを片手にそんなことを言う。ちなみに、スズの手に収まっているグラスの中身だけ色が違うのは、おそらくアルコールが入っていない飲み物だからだろう。
「なんだか……悪いな。俺は何も用意してないのに……」
「お前さんは今日の主役なんだから、んなこと気にしなくていいんだよ。ほれ、グラス」
そう言ってシンが俺にシャンパンの入ったグラスを押し付けてくる。
されるがままにグラスを受け取ると、皆の視線が俺に集まった。
「つまり、これは俺がこの世界に来て一周年記念のパーティってことか……?」
俺の問いかけに、6人は頷いたり返事をしたりして肯定の意を示す。
いつの間にそんな計画を立てていたんだろうか。まったく気づかなかった。
立案者はフェノンかセラのどちらかだろうけど、よくもまあ俺一人のためにここまで準備してくれたもんだ。地球でこんなサプライズをされたことは無い。
実際にされてみると、嬉しさと気恥ずかしさが両立するんだな……新発見だ。
「ありがとう、嬉しいよ」
それは偽りのない俺の気持ちだった。
油断すると涙腺が緩みそうになるので、俺はさっさとこのパーティを始めることにした。誰も乾杯の音頭をとる気配はないので、俺がやっちゃっていいだろ。
大理石っぽいテーブルの前まで歩を進めると、自然と他の6人もテーブルの周りに集まってくる。
「今日は俺のためにここまでしてくれてありがとな。この世界にきて一年が経ったみたいだけど、めちゃくちゃ早く感じたよ。Bランクダンジョンを踏破して、派生二次職を公開――武闘大会なんかもあったりして、本当に楽しい毎日だった。それもこれも、お前たちが一緒にいてくれたからだと思う」
俺一人だけでも、為すべきことはできたかもしれないが、ここまで楽しい日々ではなかっただろう。
「世界全体のレベルアップは順調に進んでいるが――俺たちはその最前線に居続けるぞ。周りがレベルアップしても、絶対に追いつかせやしない」
俺の言葉に、シンが「当然だ」と答える。
彼以外の皆もやる気に満ちた表情だ。唯一シリーだけが『え? マジで?』みたいな表情になっていたけど、見なかったことにする。お転婆な主人に付き従うメイドは大変ですね。
「大変な日々だろうけど、きっともっと楽しくなるはずだ。だから、これからも共に来てくれると俺は嬉しい――ってことで、乾杯っ!」
俺は斜め上にグラスを掲げた。
それを合図に、俺を含む7人のグラスがぶつかり合う音がリビングに響く。
「「「「「「乾杯っ!」」」」」」




