76 お前の気持ちには応えられない
迅雷の軌跡たちとの模擬戦――訓練は、結局空が暗くなり始める6時過ぎまで行なった。
本当はもう少し早めに切り上げて、のんびり雑談でもしようかと思っていたのだが、全員が全員闘志を燃やしてしまい、こんな時間までドンパチやる羽目に。
俺としては深夜までぶっ続けでも一向に構わないが、ヘトヘトになってしまった6人を見て見ぬふりするわけにもいくまい。
休み休みとはいえ、5時間以上ものあいだ戦闘訓練を行なったとなると、当然吹き出した汗の量も多い。汗をかくと、それに比例するように不快な気持ちも高まる。
俺を含め、満場一致で『とりあえずお風呂』ということになった。
――なったのだが。
「ここはパーティリーダーを優先すべきだろ?」
「何を言ってるですか寝坊助。寝言は寝て言えです」
「だいたい人数比で言ったら女性のほうが多いのよ? 倍以上あるわ」
現在、玄関先で汗だくの三人が口論をしている。
「んなの関係ねぇよ。なぁ、エスアールもリーダーの意見を優先すべきだと思わないか? お前さんもリーダーならそう思うだろ?」
やや怒ったような表情で、シンが俺に共感を求めてきた。
いやこっちに振るなよ。縄張りに侵入された猛獣みたいな視線がこっちに向くだろうが。
「べ、別に俺はどっちでもいいんだが」
「私もどちらでも……」
俺に同意するように、セラがボソリと呟く。彼女も俺と同様に、余計な火の粉を散らすまいとしているようだ。
まぁ、男女どちらが露天風呂に入るかなんて、ここに住んでる俺たちからすればどっちでもいいもんな。
シリーは仕えている主人の意見に従うだろうから、俺はその主の意見を聞こうと思い、右隣にいるお転婆王女様に視線を向ける。彼女は俺と目が合うと、周囲の空気など気にする様子もなく、ニコニコと花のような笑みを浮かべた。
「私はもちろん、エスアール様と一緒に入り――んぶっ」
おっと、手が滑って脳天にチョップを振り下ろしてしまった。不幸な事故だわー。
「なに言ってんだバカ」
俺はそもそも女性と風呂に入った経験なんて前世を含め一度もないっての。
……母親や酔っ払ったセラはノーカウントということで。
「フェノンも俺たちと一緒で、どっちでも良いみたいだな」
「そ、そうか」
頬をひくひくと動かしながらシンが言う。
おそらく、第一王女に対しての俺の行動を見て引いているのだろうけど、一緒に過ごせばシンもわかってくれるはずだ。以前の俺もフェノンに対するセラの言動に驚いていたし。
その後彼らは、犬も食わないような言い争いを続け、結局多数決で決着をつけることとなった。当たり前ではあるが女性陣の勝利。勝負する前から負け確定じゃないか。
そんなわけで、俺は少し落ち込み気味のシンと風呂に入ることになった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「そう落ち込むなって。風呂ぐらい、いつでも入れるだろ? なんなら明日朝風呂すればいいじゃないか」
浴槽の縁に背を預けて、俺は天井に顔を向けたまま言う。
内風呂と比べて露天風呂のほうが若干大きいものの、元のサイズが広々としているため何も問題はない。内風呂に女性陣5人が同時に入浴したとしても、かなりゆとりがあるような設計だ。
これだけのお風呂を日本で実現できていたら、間違いなく勝ち組だろうな。
「あぁ、別にあまり気にしてない。露天も気になっちゃいたが、この風呂もかなりいいな。木の香りが良い」
そう口にするシンを見ると、どうやら本心からそう言っているようだ。だとすると、どちらの風呂に入るかというより『言い負かされた』という事実に落ち込んでいるのかもしれない。
そんなことより。
「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
予期せずして訪れた男二人きりの時間。
このチャンスを逃せば、もしかするとこの後には二人になる時間がやってこない可能性だってある。相談するなら今だ。
「なんだ?」と言いながらこちらに目を向けるシン。
「えっと、だな――」
いざ口にしようとすると、顔がどんどん熱くなっていく。
緊張しているのを悟られたくなかったので、頭に乗せたタオルで顔を拭きながら、ゆっくりと深呼吸をした。
「その、フェノンとセラのことなんだが……」
自分でも歯切れの悪い喋りだな――と思うが、シンはすぐさま俺が何を言いたいのか察知してくれたようで、わかりやすくニヤついた表情になる。
「くくっ、随分と時間が掛かったじゃないか。お前さんは二人とも嫁にするつもりなのか?」
俺が決定的な言葉を口にするよりも早く、シンは話を先に進めた。助かる。
「まぁ。どちらか片方を選べと言われたら難しい。俺の元いた地域だと相手が二人ってのはタブーだったんだが、ここでは大丈夫なんだよな?」
「おう。何人だろうと、地位と甲斐性があれば問題ない。お前さんなら10人ぐらいは余裕で面倒見れるだろ」
10人は多すぎだろ――なんて思ったが、話を進めたいのでツッコミは無しで。
その後も『振られたらどうしよう』とか、『俺は不釣り合いじゃないか』と弱気な発言をする俺に、シンは背中をバシバシと叩いて問題ないと何度も言ってくれた。
魔物相手には怯えないくせに、プロポーズにはビビるんだな――なんてからかわれたりもしたが、事実そうなのだから反論のしようもない。なにしろ俺のプロポーズ経験値は0だからな。
色々と相談した結果、指輪と花束を渡して二人に気持ちを伝えることにした。もちろんダンジョンドロップの装備品ではなく、装飾品としての指輪を。
シリーにも日頃のお礼を兼ねて何かしらのプレゼントをしようとは考えているが、今は特に思いつかない。店の多いレーナスの街を歩けば、いいモノがきっと見つかるだろう。
告白の時期は、シンたちがAランクダンジョンを踏破し、Sランクダンジョンが出現した時。
そのタイミングで、俺たちのパーティも主戦場をBランクダンジョンからAランクダンジョンへ移行するつもりだから、より危険な場所に付いてきてくれる彼女たちに、俺も誠意を見せたい。
なんだか、色々と方針が決まったら気が抜けた。
そろそろ女性陣も風呂から上がっただろうし、俺も出ようかと立ち上がろうとすると――、
「――っ! も、もうちょっとゆっくりしようぜ」
慌てた様子でシンが俺の肩に手を置き、無理やり風呂に沈められる。
予想だにしない行動に、俺は呆然としてしまった。
「――ほ、ほらせっかく男二人なんだし、もっと話そうぜ。エスアールはいい筋肉シテルナー」
なぜ棒読みなんだ。
というか人の身体をジロジロ見るんじゃない。
「どうみたってヒョロヒョロプニプニだろうが。俺の力の強さはステータスボーナスのおかげだぞ」
「えっと、だな。そのプニプニがいい感じなんだよ」
うんうんと腕組みをして頷きながら、舐めるようなシンの視線が俺の身体を這う。風呂の中にいるのにもかかわらず、ぞわぞわと背筋に鳥肌がたった。
えっ……まさか――。
「俺は別に他人の性嗜好をどうこういうつもりはないし、同性間の恋愛も自由にやればいいと思ってるが、悪い――俺は女性が好きなんだ」
スズとライカと一緒に行動して、なぜ色恋の話がないのだろうと思っていたが――なるほどな。気付くのが遅れてすまん。
彼がそうだと考えると、先程まで俺の背中を叩いていたのも、激励というよりはボディタッチという言葉を使ったほうが適切なのではないかと思えてくる。
まさか彼が『10人』なんて大袈裟な数字を言い出したのも、自分がその中に入り込むためなのでは――?
「何を勘違いしてる!?」
「そ、そう動揺するなよ。俺は理解がある人間だから、焦らなくていい。いいか? 焦るんじゃないぞ。……筋肉が好きだというなら、レグルスさんなんかどうだ?」
「人の話を聞けっ!」
「――はっ!? お前まさか――ディーノ様か!? 宰相という立場だし、かなりハードルが高いぞ? それに彼は結婚してると思うんだが……。まぁ、お前がどうしてもというなら、俺は友人として応援するぞ。それ以上でもそれ以下でもない友人としてな」
「わざわざ強調しなくてもわかってるよ!! 話を聞いてください!! 頼むから!!」
泣きそうな顔で懇願するように叫ぶシン。
風呂から出る頃には、シンはすっかり憔悴しきった様子だったけど、俺のせいじゃないよね?




