75 友人の来訪
ライレスさんからシンたちの伝言を受け取った数日後。
聞いていた通り、迅雷の軌跡の三人が我が家へとやってきた。
午前中に訪れたということは、おそらく昨日のうちにレーナスの街に到着し、宿で一泊してからきたのだろう。そのまま家にきたら寝室ぐらい貸してやったのに。
彼らは「お邪魔します」と挨拶してから、以前王城の犬小屋にやってきた時のように、さっそく家の中を探索しに行った。お前たち本当に好奇心旺盛ですねぇ!
もちろん俺たちも一緒に付いていき、部屋を案内して回ったので、各々のプライバシーを侵害しているわけではない。彼らも勝手に部屋に入るなどということはしなかった。
シリーが迅雷の軌跡と俺たちそれぞれに紅茶とコーヒーを用意して、彼女自身も席についたところでシンが口を開く。
「王都の家より少し小さいけど、いい家じゃないか。俺はこっちの家のほうが好きだな」
「ですです。大きすぎる家は落ち着かないです」
「私たちも家が欲しくなるわね」
迅雷の軌跡が三者三様の感想をくれる。どれも好意的な言葉で、我が子を褒められるぐらいに嬉しい。子供いないけど、なんとなくね?
家に関しての話題が落ち着いたところで、俺は話を探索者活動へと移す。
「レベル上げはどうだ? いまAランクダンジョンに潜ってるんだろう? 何階層まで行ってる?」
俺が問いかけると、今度は打って変わって迅雷の軌跡がニヤニヤとした表情になる。どうやら上手く探索が進んでいるようだ。
「5階層まで踏破してるぞ。ボスは一度顔を拝んでみたが、まだ様子見の段階だな」
「あぁ。緊急帰還で帰ってきたのか」
「ですです。ドロップ品が消えるのは勿体ないですが、それでボスの情報が得られるのなら安いものです」
「魔法や弓で遠距離攻撃だけ試してみたけど、なんとかなりそうよ」
へぇ。
ということは、迅雷の軌跡はAランクダンジョン踏破目前というところまできてるのか。彼らの実力なら問題ないと思っていたが、中々にペースが早い。
「実力をあまり過信するなよ。死んだら終わりだ」
俺は意識して重い口調で話し、迅雷の軌跡が浮かれて足を掬われないよう釘を差した。せっかくできた友人たちに、こんなところで死んでほしくはない。
ここはゲームと違い復活ができないため、一瞬の油断で命の灯火が容易く消えてしまうからな。
シンは俺の忠告を受け取ると、「わかってるよ」と苦笑する。
「お前さんに言われなくとも、十分に安全は確保しながらやっているさ。騎士団や他の探索者も強くなってきてはいるが、まだまだ俺たちには敵わないレベルだし、急ぐ必要もないからな」
「ならいいんだが、くれぐれも気をつけてくれよ」
「はいはい。お前さんは人よりも自分のこと心配しろよ。どうせ危なっかしいレベル上げをしてるんだろ?」
「いや、全然」
俺は真顔で返答する。
だってAランクダンジョンしかないんだぞ? 危なっかしいレベル上げをしようとしても、上のダンジョンが無いんだからやりようがない。
「たぶん貴方が思っていなくとも、周りから見たら危険なのよ……」
ライカが呆れたような口調で言う。
彼女の言葉に同調するように、シンとスズもうんうんと頷いている。横を見れば、俺のパーティメンバーでさえも目を閉じ、腕組みして首を縦に振っていた。
どうやら危険な戦い方をしているらしい。
俺にはそんなつもり、全然ないんだけどなぁ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
7人で昼食をとってから、せっかくレーナスまで迅雷の軌跡が来てくれたことだし、午後からは模擬戦をすることにした。彼らは今日この家に泊まることになったので『例の話』は夜にすればいいだろう。
試合会場は家の周囲の平原。火魔法が家に当たるとマズいので、十分に距離をとったうえで火魔法は禁止とした。火の粉が家に飛来してどデカい焚き火になる可能性も無くはないからな。木造だし。
なんだなんだといった様子で、周囲を見回っていた兵士が声を掛けてきたので「迅雷の軌跡と模擬戦をするんですよ」と話すと、公爵家と王家の兵士がわらわらと集まってきた。おい、仕事はどうした。
集まってきた兵士は気にとめないことにして、武闘大会の時と同様、俺一人と迅雷の軌跡の模擬戦もしたし、俺を除くセラ、フェノン、シリーの三人と迅雷の軌跡にも戦ってもらった。
「――強くなりすぎだろ王女様たち!?」
試合終了。
セラたち相手に一応は勝利を収めたものの、シンは息を切らしてその場で仰向けに寝転がった。荒い息遣いが、少し離れたところで審判をしていた俺にまで聞こえてくる。
試合を観戦していた兵士たちも呆気にとられている様子だ。そりゃ自分たちが守ろうとしていた王女様がここまで強くなってたらビビるよな。
「セラとシン、いい勝負だったですね」
「セラもそうだけど、他の二人も侮れないわね……」
「ですです。さすがに疲れたです」
シンほどではないものの、スズとライカも疲れた様子で地面に座り込んでいる。いい試合だったからなぁ。
俺のパーティの面々はというと、それはもうわかりやすく落ち込んでいた。三人集まってどんよりとした空気を作りあげており、まるでそこだけ夜になっているかのように暗い。お通夜かよ。
落ち込むということは、負けて悔しいということだ。
その気持ちがあれば、彼女たちはこれからもっと強くなれるだろう。
「おつかれさん。色々と課題はあるが、まぁ、いい試合だったぞ。迅雷の軌跡相手にあそこまで戦えれば上出来だ」
なにせ相手は王国一のパーティだからな。一朝一夕で勝てるような相手じゃない。
「……エスアールさんに指導を受けているのに、すみません」
フェノンが顔を地面に向けたまま、弱々しい声で言う。
「俺の指導なんて大したもんじゃないさ。フェノンが謝ることじゃない。それに、結成一年にも満たないパーティでここまで迅雷の軌跡を追い詰めることができたんだ。お世辞抜きで、フェノンたちならすぐ追いつけると思うぞ」
俺がそう言うとフェノンはコクリと頷き、シリーも「もっと頑張ります」と覇気のない声で言った。
そんなに気落ちしなくとも、俺としてはムツ〇ロウさんのように『よーしよしよしよし』と頭を撫で回したいぐらい、彼女たちは頑張ったと思う。単純に迅雷の軌跡とは経験と努力の量が違うから、負けるのは仕方のない話だ。指導者がもっと優れていれば、彼女たちが勝っていたのかもしれないけど。
「………………」
セラはというと、ただただムスッとしていた。
口を開かずとも、悔しいという気持ちがひしひしと伝わってくる。給食の余ったプリンをジャンケンで勝ち取れなかった子供みたいだ。
俺は彼女の肩にポンと手を置いてから「次は勝とうな」と、一声だけ掛けた。あまりごちゃごちゃ言っても、今の彼女の耳には届かないだろう。
セラは無言で、だけどしっかりと頷いた。
その悔しさを糧にして、もっともっと強くなってほしい。欲を言えば、俺と同レベル――いや、それ以上に強くなって俺の目標となってくれたら最高だ。
彼女がこの異常なペースで成長を続けるのであれば、俺が覇王ベノムと戦う頃にはセラの強さが俺に追いついている可能性も0ではない。
もしかすると、この世界で最初にベノムを倒すのは俺じゃなくてセラなのかもな。俺の『目』が無くとも、彼女にはコピーといっても問題のないレベルで模倣する『センス』がある。
多種多様の技術を取り込み、それを上手く自分の力にできれば彼女はきっと化けるだろう。
実に楽しみだ。
もちろん、俺も簡単に追いつかれるつもりはないけどな。




