74 隠しごと?
この世界に来てから、もうじき一年。
正確な日にちは覚えていないが、ステータスの年齢が18のままであることから、まだ一年は経過していないことは確かだ。
というか俺の誕生日っていつだよ。
前世の誕生日ならとっくに19になっていそうだし……この世界に召喚された日が生まれた日ということになるのだろうか。
兎にも角にも、地球にいたころは25を過ぎたあたりから誕生日になると『また一つ年をとってしまった』と考えてしまっていたし、祝ってくれる友人もいなかったから、誕生日はあまり嬉しくない記念日だったことは確かだ。
閑話休題。
レーナスの近くに引っ越してきてから、俺は基本的にセラたちと共にBランクダンジョンに潜っている。
休日はAランクダンジョンに一人で出かける日と、セラたちと買い物をしたりする日の二種類があり、後者はそれほど時間のかかる用事ではないので、あまった時間は4人でのんびり過ごす日もあれば、各々が好きなように行動することもある。
そして本日。後者の空いた時間。
俺は一人でレーナスの探索者ギルドを訪れ、この街にある探索者ギルドの長であり、王都のギルマスのレグルスさんの弟であるライレスと模擬戦をしていた。それはもうぼっこぼこにしていた。
セラとフェノンはなにやら用事があるらしく、俺がレーナスの街に向かうよりも先に家を出ていった。もちろんシリーはフェノンに付いていっている。
「なんだか前よりも実力差を感じるんだけど……」
「そりゃ俺たちは探索者ですし、毎日のようにBランクダンジョンに潜ってますからね。ギルドマスターをしているライレスさんよりは成長しますよ」
訓練場のど真ん中で仰向けになっているライレスさんは、俺にだけ聞こえるような声で「君はAランクダンジョンにも潜ってるでしょ」と呟く。俺は彼を見降ろしつつ、笑うことで肯定の意を示した。
プレイヤーボーナスを多数取得し、ステータスにおいてもライレスさんを圧倒してしまっている今、彼が俺に勝つ可能性は皆無だ。もし負けたら泣く。男泣きなんて格好いい泣き方なんてできずに、わんわんと赤子のように泣くだろう。
武闘大会で試合をお披露目してしまったということもあり、前回ライレスさんと模擬戦をした時とは違い、わざわざ探索者を訓練所から追い出すようなことはしていない。
そのため、俺たちの試合を観戦している探索者たちもちらほらと見受けられる。時間が経つに連れて観客が増えていっている気がするのは気のせいか?
それはそうと。
「何か話があると言ってませんでしたか?」
模擬戦を始める前、彼に「終わったら少し話がある」と伝えられていたのだ。
ライレスさんは俺が質問すると、よっこらせ――ともう少し年を重ねてから言ってほしい掛け声を上げてから身体を起こした。
「試合に夢中で忘れるところだった。昨晩シン君から通信が入ってね、近々レーナスに来るらしいよ。それをエスアール君たちに伝えてほしいと頼まれてたんだ」
迅雷の軌跡がレーナスに? 通信の魔道具で連絡をとっているし、レベル上げのアドバイスに関しては問題ないはずだが。
「へぇ……あいつら何しにくるんだろう? シンは他に何か言ってましたか?」
「特には。君たちとはここ最近魔道具越しにしか話してなかったから、久しぶりに顔を見せにくるんじゃないかな?」
「ふーん……まぁ、レーナスと王都は比較的近い距離にありますからね」
なにしろ馬車を走らせれば、半日で到着するような街だからな。
王都から気分転換に出かけるのなら、レーナスという商業都市はうってつけなのかもしれない。お金も貯まりに貯まっているだろうし、買い物にでも来るのだろうか?
なんにせよ、シンにセラとフェノンのことを相談したかったから、俺にとっては都合の良い話だ。彼らが家にやってきたら、隙を見てシンに相談させてもらうとしよう。
「そういうわけで、ちゃんと伝えたから」
ライレスさんはそう言いながら、地面に手をついて勢いよく立ち上がる。そしてズボンについた砂埃を、木剣を持っていないほうの手でぱっぱと払うと、好戦的な笑みを浮かべて俺の目を見た。
はいはい。言われなくともその目をみりゃ分かるよ。それに、
「じゃあもう一戦、お願いしようかな」
彼は俺やセラに似て、なかなかの負けず嫌いだからな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ギルドで数度に渡りライレスさんの自信をへし折った後、我が家へ帰宅。時刻は夜の7時ごろ。
俺が家に帰った時には、すでにパーティメンバーは帰宅したあとだったようだ。3人から「おかえり」と出迎えられる。いつものことだが、わざわざ玄関までこなくてもリビングでくつろいでいていいのに。
「上着、お預かりしますね」
「あぁ。いつも悪いな」
「いえいえ」
なんでもないことのように、ニコニコと笑みを浮かべたシリーは俺の脱いだ上着を受け取る。さすがメイドさんだけあって、この単純なやりとりも非の打ちどころがないほどに洗練されている。末永く我が家にいてほしい。
俺がリビングに到着したところで、上着をハンガーに掛けたシリーは「すぐにお夕食の準備をします」とキッチンへ向かっていった。彼女だけハードワークで申し訳ないが、俺が家事をしようとすると逆にオロオロし始めてしまうので、他の面で彼女をカバーするように心がけている。
リビングのソファに3人で腰かけると、セラが「ギルドマスターは元気そうだったか?」と問いかけてきた。
「いつも通りだったよ。あの人、結構な戦闘狂だよな。何回も模擬戦やらされたよ」
「ふふ、エスアールさんには負けますよ」
「それって褒めてるのか?」
「もちろん褒めてます!」
褒めているらしい。ならば素直に喜んでおくとしよう。わーい。
俺はフェノンに「どうも」と短く返答してから、話題を切り替える。
「そういえば近々迅雷の軌跡がこっちに来るらしいぞ。理由は聞いていないが、気分転換とかじゃないかな」
そう言うと、フェノンとセラはなぜか俺を見て可笑しそうに笑う。
なんで笑ってるんだ? 俺、なにかおかしなことを言ったか?
意味が分からず眉を寄せ首を傾げていると、セラが含み笑いをしながら口を開く。
「迅雷の軌跡も、律儀なところがあるんだな……あぁ、エスアールは気にしなくていいぞ」
「きっとスズたちは私たちと離れて寂しかったんでしょう――ふふ」
フェノンもセラと同じく、笑いを堪えている様子。
いや、絶対なにか隠しているだろお前たち。フェノンの言葉なんて『適当に誤魔化しとけ』って感情が丸わかりだわ。隠すならもっと上手く隠してくれ。
別に言いたくないなら無理に追及しようとは思わないが……仲間外れにされているみたいで少し寂しい。
「そう拗ねるなエスアール」
別に拗ねてないですし。
……拗ねてないけど、なんとなくシリーの手伝いに行こう。この場から離れたいだなんて思ったわけじゃないけど、シリーだけに夕食の準備を任せるのも申し訳ないからね? 拗ねたわけじゃないからね?
――って、俺はいったい誰に言い訳してんだか。
キッチンで何か手伝うことはないだろうかと、シリーの後ろをうろちょろしていたら、「座って待っていてください」とピシャリと言われてしまった。邪魔してごめんなさい。




