73 とある休日 withセラ
とある休日。
今日はフェノンとシリーが不在で、セラと二人きりの休みだ。
朝から露天風呂を満喫して、俺とセラはいつものBランクダンジョンへとやってきた。
え? 今日は休みじゃないのかって?
そうだよ休みだよ。休みだから好きなことやってんだよ。
「それでな、フェノンと私は護衛の隙をついて王城から逃げ出したんだ」
セラに背後から切りつけられたサンドヘッジホッグが悲痛の声を上げる。
「やんちゃしてたんだなぁ……二人とも。護衛の人が可哀想だわ」
「言っておくが私は止めたんだぞ? 怒られるから止めようと。だがフェノンに『あら? 私に逆らうつもり?』なんて言われてしまえばどうしようもない」
「ははは、子供じゃ咄嗟に対応できないか」
俺が放った射出魔法が、ボスの腹に命中する。
「うむ。結局城門のところで捕まってしまい、二人で長時間説教されてしまった」
「その光景は是非とも見たかった」
「恥ずかしいからやめてくれ」
セラは苦笑しながら、ボスの横っ腹を剣で切りつける。あ、死んだ。
粒子となって消えていくサンドヘッジホッグを視界に止めつつ、俺は武器をインベントリにしまう。ドロップに指輪は無し。ま、いつものことだ。
ダンジョンから出ると、外は日が沈み始めていた。やろうと思えば三周目に突入できるが、今日は休日だし、セラに無理もさせられない。
彼女は俺がダンジョンに向かうと言ったら間違いなくついてきそうだし。
今日の探索は終わり――そう宣言して、セラと共に家路についた。
「セラもこの一年で随分強くなったよな。たぶんお前ならソロでBランクダンジョンを踏破できるぞ? ギリギリかもしれんが」
「ははは、挑戦してみたい気持ちはあるが、万が一があってはマズイからな。もう少し自信を付けてからにするよ」
慎重なのはいいことだ。
ゲームと違って、この世界では生き返ることができないし。
彼女は一度背後のBランクダンジョンへ視線を向けて、再び進行方向を向いた。そして、「エスアールはすごいな」と呟いた。
「なにがだ?」
「……ん? あぁ、すまない。独り言のつもりだった。ほら、Bランクダンジョンの踏破といえば、一年前だと英雄扱いだっただろう? 今では騎士団や他の探索者も踏破できているようだし、そういう流れを作ったのは間違いなくエスアールじゃないか。人ひとりの力で、ここまで世界が変わるものなんだな」
「大袈裟だなぁ」
俺が召喚されなくとも、そのうち誰かが気付いたかもしれん。
ギルドの規約とかがあったから、少し年月を必要としたかもしれないけど。
「大袈裟ではないさ。貴方のおかげで、すでに何百という命が救われているはずだ。直接的に関わったのはフェノンだけかもしれないが」
「全部が全部、俺のおかげってわけじゃないさ」
俺は知識を分け与えただけであって、他の探索者や騎士団がBランクダンジョンを踏破できたのは、彼らの努力があってこそだ。
この先、この世界のレベルは枷が外れたようにグングンと上がり続けるだろう。もはや俺が何も口出しせずとも、いずれ三次職のレベル100に到達する人も現れるに違いない。
「迅雷の軌跡は今Aランクダンジョンの下層でレベル上げをしているらしいし、もう少ししたら踏破もできるだろうな」
「さすが王国ナンバーワンのパーティだけある。……ちなみにエスアールは、Aランクダンジョンを踏破でき――るんだろうな」
「おう。今からでもやろうと思えば行けるが、注目を集めたくないから迅雷の軌跡が踏破するのを待つよ。せっかく世間の目が俺に向かなくなってきてるのに、わざわざ目立つようなことはしたくない」
「ははは……なんというか、さすがだな」
セラは呆れたように笑い、「まぁエスアールだからな」と、無理やり自分を納得させようとしているようだった。
先日、迅雷の軌跡と通信の魔道具で話した時は、特に行き詰まっているような雰囲気ではなかったし、順調に前へ進んでいるようだった。
彼らがAランクダンジョンを踏破してくれたら、Sランクダンジョンが出現し、世間の目が迅雷の軌跡に集まるはず。
そうすれば俺もAランクダンジョンでボスを倒さずに帰還するという無駄な行動をせずに済むし、Sランクダンジョンでレベル上げに励むこともできる。
三次職へ転職するために、Aランクダンジョンを最低50回は踏破しないといけないが。
その後もセラと他愛のない会話をして、家の周囲を見回っていた兵士に「「おかえりなさい!」」などと挨拶をされてから、帰宅。やはり我が家は落ち着くなぁ。
俺もセラも上着だけを脱いでからソファに腰掛けて、二人同時に息を吐いた。
そして、俺はふと思ったことをそのまま口にする。
「それにしても、俺はダンジョン探索が好きだからいいけどさ、他の人はBランクダンジョン以上を踏破しようと思うのかね?」
俺の問いかけに、セラは「というと?」と返してくる。
「だってほら。ポーションの最上級に位置するエリクサーはBランクダンジョンで手に入るだろ? そりゃAランクやSランクの魔石は重宝するかもしれないが、他のドロップ品は大抵装備とか、生活に直結しない――ただ強くなるためのものだ。Bランクダンジョンの稼ぎでも十分金持ちになれるとしたら、探索者が上を目指す意味ってあるのかなぁ――と」
ゲームの世界では、レベル上げが好き、戦闘が好き、強くなって周りにチヤホヤされたい――そういう人が集まっていた。だけどここは、普通に生活している住人ばかりだ。俺みたいな『レベル上げ最高! ダンジョン最高!』な探索者は少数派であることは間違いない。
「それはエスアールがドロップ品を知っているからだろう? 他の探索者にとっては、なにがドロップするかなんてわからないから、お宝を求めて潜るんじゃないか?」
「俺や迅雷の軌跡が踏破して、ドロップ品が公開された後は?」
俺の問いに、セラは顎に手を当てて「ふむ」と考えている様子。
「……それでも、強くなるためにダンジョンに潜るだろう。周りが強くなれば、それ以上に強くならないと大切な人を守れない。騎士団なんかは特にそうだろうな」
「あー……そりゃそうか」
納得。
ゲームと違って、戦争や人殺しなんかも普通にあるだろうしな。身を守るためにも、強くなるのは必要ってことか。
セラは膝に手をついて、ソファからゆっくりと立ち上がる。
「まぁ、私はエスアールが強くなり続ける限りダンジョンに潜るだろう。貴方の横に並び立つ女でありたいと思うからな」
おそらく飲み物を準備しに行ったのだろう。
彼女はその言葉を最後に、キッチンのあるほうへ歩いていく。
俺は彼女の背を見送りながら、首を傾げていた。
はて? 並び立つ探索者じゃなくて、女と言ったのは意図があってのことだろうか?
俺に都合の良いように解釈したいところではあるけれど、彼女の本心は彼女自身にしかわからないし、ぬか喜びして落ち込むのはごめんこうむりたい。
……でもちょっとぐらいなら、喜んでもいいよな?
これから先、彼女たちが俺に付いてき続けるというのであれば、Aランクダンジョン――そしてSランクダンジョンへ共に向かうことになるだろう。
文字通り、命懸けで。
たかだか一年の付き合いの俺に、彼女たちは命を預けることになるのだ。
フェノンへの返事もいつまでも保留にしておくわけにはいかないし、迅雷の軌跡がAランクダンジョンを踏破したら、俺は二人に気持ちを伝えようと思っている。
ここが日本だったら『不誠実』だなんて言われてただろうし、何より法律に反する。だが、ここは一夫多妻が許される世界だ。
問題は俺の言葉に二人がどういう反応を示すかだが――そこは当たって砕けろだな。振られたら、その時はその時だ。
一度、シンあたりに相談してみようかな。




