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【コミカライズ】俺、勇者じゃないですから。~VR世界の頂点に君臨せし男。転生し、レベル1の無職からリスタートする~  作者: 心音ゆるり
第三章 伝えられない想い

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71 一人パーティ


セラ視点のお話です。





「パーティで戦う利点の一つとして、『敵に休む暇を与えずに連撃ができる』ってのがあると思うんだよ」


 Bランクダンジョンの5階層。


 私たちはこの階層にいる魔物を全て倒し終えてから、カウントダウンタイマーが0になるまでの間、休息をとっていた。

 エスアールは地面に胡座をかき、頬杖を突いた状態で話を続ける。


「ボス部屋は他の階層と違って広いからな。あのネズミはでかいし、フェノンやシリーも攻撃を当てやすいだろ?」


 このダンジョンのボスは『サンドヘッジホッグ』という巨大なハリネズミの魔物。このパーティでも、すでに百回以上倒してきた敵だ。

 Bランクダンジョンのボスだというのにもかかわらず緊張感に欠けてしまうのは、彼が居るという安心感のせいだろうな。


「連撃――とは、ここに辿り着くまでに倒してきたやり方とは違うのですか?」


 私の隣――クッションを敷いて、その上で正座をしているフェノンがエスアールに問う。


 彼女がもしこの質問をしなければ、おそらく私は同じことを聞いただろう。

 シリーが矢で牽制して、私が剣で攻撃。相手が怯んだところで、フェノンの射出魔法が襲いかかる。エスアールが休日にAランクダンジョンへ行っている日は、私たちはコレの練習に明け暮れている。

 その成果は、実戦で十分に発揮できていると思っていた。


 フェノンの問いかけに、エスアールは「違う違う」と言いながら首を振った。


「確かにいままでも連携して攻撃は仕掛けてきた。セラたちも十分上手くなったと思うが、俺と競ってた奴ら――前の世界にいたパーティと比べるとまだ足りない」


「具体的に何が足りないんだ?」


 私は頭の中で答えを考えながら、彼に聞いてみた。


 エスアールという強者が加わっているとはいえ、このパーティの強さは周囲と比べて抜きんでていると、私は思っている。


 フェノンとシリーは空いた時間を見つけては訓練をしているようだし、私も日々の鍛錬は欠かさない。今ではBランクダンジョンのボスですら、4人で力を合わせれば1時間で倒すことができるようになっていた。


 つまり何が言いたいのかというと、『今のままでも十分ではないのか?』ということだ。このまま順調にレベルを上げていけば、より高みに近づけると思うのだが。  


「そんなに不満そうな顔をするなよ。お前たちが頑張ってるのは知ってるからさ」


 うっ……どうやら顔に出てしまっていたらしい。恥ずかしい。


 エスアールは優しい笑みを浮かべながら私たちに言う。


「で、具体的に言うとだな――精度もそうだが、何よりもスピードが足りない。俺が今から実際にボス戦でやってみせるから、テンポを覚えておいてくれ。敵の怯みかたにも注目だな」


 エスアールはそう言うと、地面から立ち上がって、ズボンに付いた砂を払う。そして、ウィンドウ画面に表示されている『ボスに挑む』という選択肢に触れた。


 エスアールがやってみせる? パーティの戦い方を、一人で?


 私の疑問が口から出るよりも前に、舞台はボス部屋へと移った。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「じゃ、行ってくるわ」


 そう言って彼は、赤刀(せきとう)を持ったほうの肩をぐるぐると回しながら、ボスであるサンドヘッジホッグへと向かっていく。

 その気軽さは『買い物行ってくるわ』と彼が言う時となんら変わりはない。


「エスアールさんなら大丈夫だとわかっているんですが……やはりあの大きな魔物に一人で挑むというのは、どうしても不安になりますね」


 シリーはまるで心臓の鼓動を宥めるかのように、胸に手を当てている。


「確かに、な。彼のまともな戦いを見るのは武闘大会以来だな」


「そうね。あの時からさらに強くなっているのは確かだし、心配するのは失礼かもしれないわよ」


 フェノンはエスアールの背に目を向けたまま、そんな言葉を口にする。

 彼女の言う通りだな。私もエスアールを信用して、彼の動きを覚えることに専念しようか。


「見て、学ぼう。それが今の私たちにできる唯一のことだ」


 私の言葉に、フェノンとシリーは真剣な表情で頷いた。

 彼はいったい、どんな戦いを私たちに見せてくれるのだろうか。



 現在の彼の職業は魔弓術士。レベルは40を超えており、『魔道矢』という魔力で弓と矢を生成するスキルを取得している。


 彼はスタスタとボスとの距離を詰めながら、左手の人差し指を敵に向け、剣を持った右手を、まるで弓を引くかのように頭の後ろまで下げる。敵との距離は、残り10メートル。


 エスアールの手に青白く光る弓と矢が出現し、その矢はサンドヘッジホッグへと放たれた。魔弓術士のスキル――魔道矢だ。

 その矢が手から離れた瞬間、エスアールの左手が赤く輝き始める。


 エスアールは勢いよく飛んでいく矢を追うように、一気に敵との距離を詰めた。


 魔道矢は正確に敵の額を捉え、サンドヘッジホッグは苦痛の鳴き声を上げながら、ほんの少し後ろに仰け反る。エスアールはがら空きになった懐に潜り込むと、敵の顎を赤刀で切り上げた。


 切り上げた――そう思った時には、すでにエスアールの左手から魔法士のスキル――射出魔法が放たれている。魔道矢を放った直後に左手が赤く輝いていたのは、コレの発動準備をしていたらしい。


 刀を左手に持ち替えた彼は、右の拳で敵の腹を殴りつける――剣を持つ左手は、すでに魔道矢の発動準備――弓を引き絞るような形をとっていた。



 ドドドドドドドドドド――。



 まるで地揺れが起きているかのような、絶え間ない音の連続。

 私たちは感想を述べる余裕もない。ただ、彼の為す圧倒的暴力を目で追うのに精一杯だった。ボスには反撃どころか、防御する暇も与えられていない。


 彼は……本当に私たちと同じ人間なのか――? そんな失礼な考えも脳裏に浮かんでしまう。


 努力して強くなったと思っていた――彼の技は、そんな私たちの幻想を軽々と打ち砕いていく。剣聖の再来などと言われ、浮かれていた自分がバカみたいだ。



 まさにあっという間の出来事だった。


 彼はボスのサンドヘッジホッグを、30分にも満たないような時間で倒してみせたのだ。

 彼の左手に『腕力の指輪』というSTRが増加する指輪があるとはいえ、ハッキリ言って異常。格の違いを感じずにはいられない、そんな戦いだった。


 全く疲れた様子のないエスアールは、こちらに向かって「わかったか?」なんて無邪気に聞いてくる。

 彼は私に『覚えが良い』などと言ってくれたが、さすがにコレは真似できそうにない。


 何が『4人で力を合わせれば』だ。

 そんなことを考えていた自分が恥ずかしい。


 私たちは相変わらず、彼のお荷物だったのだ。


 ボスに挑む前、彼が言った『足りない』という言葉が今になって重くのし掛かってくる。


 エスアールの言う通りだ。

 レベルも、技術も、努力も、まだまだ足りない。


「……まったく、私もとんでもない人を目標にしてしまったものだ」


 こちらに向かって手を振っているエスアールに、手を挙げて応えながら、私は小さく呟いた。



 


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