70 俺のオレがO・RE!
念願の新居を手に入れたその日。
ダンジョン大好き戦闘大好きなこの俺も、今日ばかりはダンジョンに向かう気になれなかった。
指輪がまだ一つもドロップしてないんじゃないかって?
はっ、知ったことか。今日はこの家でのんびりすると俺は決めたのだ! 誰がなんと言おうと決めたのだ!!
一通りロベルトさんに完成した建物の説明を受けた俺たちは、彼を見送ったのち、再び家の中をのんびりと見て回っていた。セラたちもテラスに出てみたり、庭を歩きながら色とりどりの花が植えられた花壇を眺めたりしている。
そして俺はというと、
「念願のマイベッド……ふかふかだぁ」
10畳ほどの自室で、ベッドの上に寝転がっていた。
王都の犬小屋ハウスにあったベッドも最高級品なのだろうけど、あの場所はセラが昔泊まったことがあると言っていたし、俺の感覚としては旅館とかに近い感じだった。
しかしその点この家は違う――新居だ! まだ誰もこの部屋で寝泊りしていない! 家はパーティのものだが、この部屋は俺のモンだっ!
部屋には頼んだ覚えのない絵画やよくわからないオブジェなどの調度品も飾られており、雰囲気としては最高。ロベルトさんが選んだのかは知らないけど、センス抜群だな。
ベッドから身体を起こし、窓から見える景色を眺めていると、ガチャリと扉が開いた。
「ここにいたのかエスアール。風呂場はもう見たか?」
楽しげな表情を浮かべながら現れたのはセラ。
彼女は俺に話しかけながらも、ふむふむと観察するように俺の部屋を見渡している。きっと自分の部屋との差異を確かめているのだろう。ほとんど一緒だと思うけどな。
「ロベルトさんに案内してもらって一番に見にいったぞ」
「ふふ、風呂に関しての要望は凄い熱意だったからな、貴方は」
「まぁな」
この世界の風呂は金属や石で作られたものが一般的であり、木製のものはほとんど無いらしい。
この家には室内にある風呂とは別に、庭に面した露天風呂がある(もちろん目隠しはしてある)。それぞれ露天風呂のほうは石張り、室内のほうは木製だ。
「――よし! 今日は新築祝いのパーティでもするか! あとでレーナスに買い出しに行こうぜ」
「それはいいな。フェノンたちにも声を掛けてこよう」
「頼んだ!」
セラは俺の言葉に「うむ」と頷くと、部屋から颯爽と出ていった。足取りの軽さから、彼女もパーティを楽しみにしていることが窺える。さては酒を飲む気だな? まぁ、お祝いだからじゃんじゃん飲んでいいんだけどさ。
「セラが泥酔したとしても今日は家の中だし、前みたいに実家まで運ばなくていいからその分マシだな」
苦笑しながら、俺は以前フラフラになっていたセラを思い出す。
面倒なことにならなければいいが――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
とても面倒なことになった。
「ふぅ……気持ちいいら~エスらぁるぅ」
湯船に浸かる俺の目の前には、バスタオルを巻いてすらいないセラ。彼女は呂律の回っていない言葉で、俺に同意を求めてくる。
そうだね気持ちいいね極楽だね――なんて言うわけないだろ!
「なんでお前が入ってくんの!? 早く出ろバカ! おかしいだろ!」
「魔物はもういないのら~。剣聖に任せるのら~」
「会話がまったく噛み合わん……」
彼女は「シュシュシュ」などと言いながら、剣を振る動作をしていた。何がとは言わないが、凄く揺れている。
なぜか男である俺のほうが小さく縮こまって、身体を必死に隠している始末だ。
というか風呂で暴れんなや。波しぶきが顔にかかるんだが。
本日、俺の立案どおり新築祝いのパーティが行われた。
セラはBランクダンジョン踏破祝いの時のように、お酒をガバガバと胃に流し込む。ほどほどにな――と声を掛けたものの『家の中だし問題ないか』という思いもあって、あまりしつこくは言わなかった。
フェノンは俺と同じくジュースでパーティを楽しみ、シリーはセラに付き合ってお酒を飲んでいた。ただ、彼女は顔が赤くなるだけで、普段とあまり変化はない。やや饒舌になったぐらいだ。
テーブルにうつ伏せて鼻ちょうちんを膨らませるセラを放置して、3人でパーティの後片付け。セラは準備を頑張ってくれていたし、誰からも文句は出なかった。
その後、フェノンとシリーが風呂に入っている間に、俺はセラを彼女の部屋に運び込み、ベッドに寝かせる。半ば放り投げたのはここだけの話。
風呂上がりのフェノンとシリーはとても眠たげで、リビングで俺と少し話をすると自室へと戻っていった。
フェノンに部屋へ連れていかれそうになったが、もちろんお断り。物事には順序というものがあるのですよ王女様。
おやすみ――そう二人に挨拶してから、俺は一人で風呂を満喫――という予定だったのが、酔っ払ったセラが乱入。そして現在に至るというわけだ。
「とりあえず酔いをさま――さないほうがいいな。どうかこのまま酔っ払っていてくれ」
すっぽんぽんで俺と風呂に入ったという事実は、無かったことにしたほうが幸せだろう。お互いに。
なるべく彼女の肌を見ないようにしながら、風呂の中をスイスイと移動して、脱衣所がある方角へと向かう。だがしかし、視界に入ってしまったモノはどうしようもないので、脳内『お宝』フォルダに保存しておいた。これは不幸な事故である。
話は変わるが、現在の俺はタオルを所持していない。
つまり隠すものが何もないのだ。葉っぱ一枚を欲するほどに今の俺は防御力が低い。いくら回避能力に自信があるとはいえ、視線から逃れるような特訓はしたことがないからなぁ。
何も見られないようにするためには、一瞬で風呂から上がって、素早く脱衣所へと繋がる扉まで駆け抜ける必要がある。瞬発力が命だ。メニュー画面からAGIの一番高い職業に変更する。
息を大きく吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
俺は意を決して、縁に手をついてから一気に風呂場から身体を持ち上げた――が、
「これは私の指輪ら~」
その動きは生まれたままの姿で抱きついてきたセラによって阻まれてしまった。
俺のAGIについてくるだと――!?
俺の尻の弾力と、セラの持つマシュマロの弾力がぶつかり合う。彼女の手は俺のヘソのすぐ下に回されており、このまま無理に身体を引き上げてしまえば、俺のオレがO・RE! な状態に陥ってしまう。ゆえに、動けない。
覇王ベノムとの対決に引けを取らないほどの緊張感。一挙一動が俺の運命を左右する状況。顎から滴り落ちた汗が、手の甲に落ちてくる。この死と隣り合わせの状況――たまんねぇな(混乱)。
「誰か……助けて……」
泣きたくなる気持ちを抑えながら、俺は呟く。しかし、助けがくる様子は微塵もない。
ピチャン――と天井から落ちてきた水滴の音だけが、この空間の音の全てだった。
数分の間、お尻VSマシュマロの対決が繰り広げられた後、俺たちを探していたであろう美人メイドシリーがパジャマ姿で脱衣所から現れた。
つまり、俺の正面。身体半分を湯船から出した、俺の正面だ。
コンニチワ!
翌日以降。
しばらくの間シリーは、俺と目を合わせる度に顔を赤らめるようになってしまった。
< コンニチワ!! ブクマ評価ヨロシク!!




