66 手作りが好きなのか……
新年あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします┏○ペコッ
セラの実家で、彼女の父親であるルーデ様と話をしてから二日後。
俺たち4人は、迅雷の軌跡の三人に見送られながら王都を立った。
目的地はもちろん、商業都市レーナスである。
前回レーナスの街に行った時と同様、馬車での長旅だ。
長旅とは言っても、朝に出発すれば日が暮れる前には辿りつくので、この世界の人にとってはそこまで苦ではないかもしれない。
日本での移動と比べると時間はかなりかかるが、自動車や電車と違ってのんびりと景色を楽しめるので、俺は豊かな自然を満喫しながら3人との会話を弾ませた。
予定通りの時刻にレーナスに着くと、公爵家の執事――ローレンツさんが出迎えてくれた。
彼はエリクサーの入った瓶を割ったドラグ様に向かって『お世話になりました』と言ったあの執事だ。
今回は事前にフェノンが連絡していたらしいが、わざわざ出迎えまでしてくれるとは……。別にそこまでしなくてもいいんだがな。
時間も時間だし――それにドラグ様が俺たちを歓待するべくパーティの準備をしているらしいので、物件探しは明日からすることに。その日は公爵邸の方々と宴会をして、一日を終えた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌日。
「まぁなんとなくわかってたけど」
不動産を扱っている店から出た俺は、ため息交じりにそんな言葉を漏らした。
予想通り、俺たちの要望を叶えてくれる物件は存在しなかったのだ。
場所の問題だったり、風呂の問題だったり、部屋数の問題だったり――理由を挙げればキリがない。妥協すればいい話なんだが『金があるのになぜ妥協しなきゃいけないんだっ!』――というシリーを除く俺たち3人の我儘により、やはり家は新しく建てることにした。
問題は建てる場所なんだが、パーティとしてはBランクダンジョンに通いやすいほうがいい。だが、俺は休日にAランクダンジョンでレベル上げをしたいし、ゆくゆくはパーティでもAランクダンジョンに潜ることになるだろう。
つまり、AランクダンジョンとBランクダンジョンの中間地点がベストだ。
「となると、マーガス公爵に確認したほうがいいだろうな。エスアールは街の外に建てたいんだろう?」
「エスアールさんは静かなほうが好きなのですか?」
公爵家へと歩きながら、セラとフェノンが問いかけてくる。
確かに、どちらかというと静かなほうが好きだけど、今回はそういう理由じゃないんだよな。
「レーナスがAランクダンジョンとBランクダンジョンの間にあるなら、別に街中でもよかったさ。それに、いい物件が無くて新しく建てるなら、わざわざダンジョンから離れた場所に建てる必要もないだろ?」
街中に建てるより、景色が良いことは確かだろうし。この世界は魔物が存在するとはいえ、ダンジョンの中にしかいないから危険も無い。
俺の言葉を受けて、シリーは引きつった笑みを浮かべる。
「あくまでエスアールさんはダンジョン基準なんですね……」
「? 一番よく行く場所なんだから、探索者なら当然だろ?」
「それはそうかもしれませんが、エスアールさんみたいに完全に割り切っている方は少ないと思いますよ。それに、探索者はギルドにドロップ品を納品することでお金を稼ぎますし」
「ギルドに納品か……それは盲点だった」
確かに今までもギルドにドロップ品を納品しているが、それはお金のためというよりも、インベントリの中を整理する目的が主だ。
Bランクダンジョンで採れた魔石や上級ポーションは結構な金額だった気がするが、完全に金銭感覚が狂ってしまった俺には記憶の片隅にも残っていない。
「私たちはギルドへの納品以外でお金を稼げてしまっているからなぁ」
腕を組んでから目を瞑り、しみじみとした雰囲気でセラが言う。
お前の言っていることは正しいが、歩きながら目を閉じるな。コケても知らんぞ。
「とりあえずこの地の領主である叔父様――マーガス公爵に確認してから、可能であればそのまま建築業者を公爵邸に呼びましょう。長話になるかもしれませんし、こちらのホームで交渉したほうが有利でしょうから」
いやフェノンよ。ホームといっても公爵邸だからな?
親戚の家だから、そう言ってもいいのかもしれないけどさ。
「……その辺りはフェノンに任せとくわ。交渉とか駆け引きとか俺苦手だし、頼んでもいいか?」
「もちろんです! エスアールさんにダンジョンでお世話になっている分、私はこちらで頑張りますわ!」
それはもう嬉しそうに、フェノンは声を大きくして言った。
面倒くさそうな仕事を押し付けただけなのに、なぜか喜ばれてしまう結果に。ちょっと複雑な気分だ。
方角的には公爵邸に向かいつつ、俺たち4人はレーナスの街をブラブラと見て回った。さすがは商業都市だけあって、1ヶ月前とは品揃えも随分と変わっている。
俺は立ち並ぶ店の一軒、木彫りのアクセサリーを取り扱っている店の前で足を止めた。と言っても、店主がこちらに気づかないような遠くから眺めるだけで、買うつもりも無いけど。
「エスアールさんは木彫りの品物が好きなんですか?」
フェノンが俺の顔を覗き込みながら問いかけてきた。俺は止めていた足を再び動かしつつ、首を横に振る。
「木彫りが好きってわけじゃないけどさ、あんな風に手作り感溢れる商品ってのは、俺の世界では珍しかったんだよ。まぁ、珍しいから好きってわけでもないけど、大量生産品よりは個性が出ているモノのほうが好きかな」
「なるほど……手作りが好きなのか……」
ぶつぶつと険しい表情でセラが呟く。
彼女がもし木彫りなんかに手を出したら、とてつもなく不格好な造形物が出来上がりそうだな。勝手なイメージだけど。
「手作りですか……」
セラに続き、フェノンも同じようなことを小さな声で口にした。
彼女は何かを企むように、通り過ぎた木彫りの店に視線を向けている。
彼女たちは物作りが特別に好きということは無かったはずだが……店に並ぶ品物を見て作ってみたくなったのだろうか? 好奇心旺盛だなぁ。
二人を見てほのぼのとした気持ちになっていると、シリーがこちらを見ていることに気づいた。視線が重なる。
「どうした?」
問いかけると、彼女はビクッと身体を震わせてから、慌てた様子でパタパタと手を振る。
「い、いえ! アレで気付かないのは一種の才能なのかなぁ――と」
「気付かない? 何に?」
「ちちち違いますっ! 間違えました! なんでもないですから、今の発言は忘れてください!」
まるで逃げるように俺から視線を逸らした彼女は、こちらを気にしている様子を見せながらも、視線を進行方向に固定した。なんなんだいったい。
俺は先を歩く三人の背中を眺めながら、人知れず首を横に倒した。




