65 召喚された意味
翌日。
俺はセラが無理やり取り付けた約束通り、彼女の実家へと足を運び、父親であるルーデ=ベルノート伯爵とお会いした。
どうやら俺はこの一家にとても歓迎されているようで、自分がとても偉い人になったような錯覚に陥ってしまった。
だが、すぐに日本での自分を思い出し、事なきを得る。
この世界がゲームだとすると、いつまで経ってもニートだぜ!
伯爵様の話の内容としては、セラの訓練をしてくれたことのお礼が三割。
それに付随して、リンデール領の税が免除されたのも間接的に俺が関わっているということで、そのお礼が三割。
そして、ダンジョン探索についての話が三割といったところか。
残りの一割はというと、なんというか――まぁ、愛だの恋などの浮ついた話だ。
エスアール様さえよければ、セラをよろしく頼みます――と、最後には頭を下げられてしまった。伯爵様に『様』付けで呼ばれる俺っていったいなんなのだろうか。勇者以外の何かであってほしいが。
ということで、こちらから同居についての話を切り出す前に、先手を打たれてしまったような感じとなってしまった。
彼はお礼と言って宝石やお金を渡そうとしてきたが、全て断っておいた。こういうやりとり、なんだか裏がありそうで非常に面倒くさいです。
セラをフォローしてくれたら間接的に俺が助かるという旨を伝えて、俺は彼女の家を後にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あー、やっぱりこういうやさぐれた感じのほうが落ち着くわ」
「私は別にやさぐれてないです。シンは別ですが」
「探索者たち全員に向けて言っているのなら遺憾だわ。シンはいいとしても」
「おい。俺が目の前にいる時に言うセリフじゃねぇだろ」
ギルドの酒場。時刻は午後3時をすぎたころ。
探索者たちはみなダンジョンに出かけている頃合いで、食事をするにも中途半端な時間帯であるために人はまばらだ。
こちらに気付いた数名の探索者たちにチラチラと視線を向けられつつ、俺と迅雷の軌跡はテーブルを囲んでいた。俺はともかく、迅雷の軌跡は元から有名だったっぽいし、仕方がないだろう。
セラはあのまま実家に残り、レーナスへ向かう準備を進めている。
きっとフェノンやシリーも、今頃陛下と話をしているか持っていくものを選定しているだろうから、俺はその間にレグルスさんや迅雷の軌跡と話をさせてもらうことにした。
レグルスさんにレーナスにしばらく滞在することを伝えると、通信の魔道具の片割れを貸してくれた。これでいつでも王都のギルドにいる彼と連絡が取れるから、遠隔で迅雷の軌跡に指示を出すこともできる。
「というか、王都に帰ってきたと思ったらすぐに出るんだな。もう少しゆっくりしていけばいいのに」
コップの水で喉を潤わせてから、シンが不満げに言う。
結局、彼らに稽古をつけるといいながら、武闘大会ぐらいでしか直接的に剣を交えていないからな。小言も甘んじて受け入れよう。
「悪い。本当なら迅雷の軌跡も俺たちと一緒にレーナスに来てもらったほうが良いんだろうが、シンたちにはしばらくエリクサーを王国に供給してもらいたいし、お前たちに踏破してもらう予定のAランクダンジョンは、王都を挟んでレーナスの正反対だからな」
「レーナスの近くにあるAランクダンジョンではだめです?」
スズからの質問に対して、俺は首を横に振った。
「同じAランクダンジョンでも、難易度が全く違うんだ。この世界に15個あるAランクダンジョンのうち、一番簡単なのがシンたちに行ってもらうヴェルズの街近辺にあるAランクダンジョンで、一番難しいのがレーナスのAランクダンジョンだ」
その分ドロップも経験値も美味しいが、彼らが一番欲しているのは『Aランクダンジョン踏破』という実績だろう。なにしろ、前人未到の偉業だからな。
俺がそう言うと、ライカが「ところで」と話を切り替える。
「エスアールが言う、Sランクダンジョンというのはどれぐらいの数が出現するの? 高ランクになるほど、ダンジョンの数は減っていくでしょう?」
ライカの言う通り、ダンジョンの数はランクが上がるに連れて減っていく。
Fランクダンジョンは300以上あるし、SSランクダンジョンに至っては世界に一つしか出現しない。
「俺の推測が正しければ6つ。つまり、各国に1つずつだな」
この世界には合計6つの国がある。これは以前セラに確認をとったから間違いない。
ゲーム内の知識をそのまま流用していいのなら、この世界の国々は土地の広さも均一だしダンジョンの数もだいたい均等になるように設計されている。地域的な特色はあるものの、どこの国が有利でどこの国が不利などということはないはずだ。
「先の話を聞くよりも、今はAランクダンジョン踏破に向けての話をしたいんだが」
「それもそうね」
シンはパーティリーダーとして、仲間の安全を第一に考えているのだろう――表情は真剣そのものだ。楽観的でないその慎重な姿勢は、この世界ならではだな。ゲーム時代なら何度死のうが問題なかったから、死に戻りする前提での特攻とか普通にやってたし。
スズがメモを取るなか、俺はこれから迅雷の軌跡にレベルを上げてもらう職業の話や、戦術についてのアドバイス――武器などについても口出しさせてもらった。
レベルを上げる職業に関しては俺の案で間違いないと思うが、その他のアドバイスがはたして最適解なのかは俺もわからない。だから参考程度にしてもらうように言っておいた。
一ヶ月おきにレベル上げの進捗をレグルスさんを通じて報告するよう伝えて、俺は迅雷の軌跡の話を終える。
おそらく、彼らがAランクダンジョンを踏破するのは、俺たちの指輪回収が終わるのとほぼ同時期になるだろう。ドロップの運次第だが。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ギルドを出た俺は、グッと背伸びをしながら空を見上げた。
「まだ日が高いな……暇だし、ダンジョンでも行くか」
小さく独り言を口にして、Bランクダンジョンへ向けて足を進める。エリクサーが欲しいわけでもなければ、今すぐにレベルを上げたいわけでもないが。
今の俺は人々に求められるモノを供給し、それによってお金を稼いでいる。つまりは仕事と同じだ。
だが、俺に働いている実感はない。むしろ遊んでいる感覚に等しい。
ここは現実――ダンジョンでの戦闘では、自分の命が懸かっているということを頭では理解しているが、心のどこかで『ゲーム』だと思ってしまっているような気がするのだ。
実際のところ、どうなんだろう。
この世界は、日本のゲーム『テンペスト』を模して造られた世界なのか?
少なくとも無関係ということはないだろうが、詳しいことはわからない。俺が長い夢を見ているという線も考えられるな。
もしここが神様が創造した世界だというのなら、俺がこの世界にやってきた意味はなんだろう?
無作為に呼び出したわけでもあるまい――覇王ベノムを単独で倒したからこそ、俺はこの世界に来ることができたのだし。この世界が強者を欲していたのは確かだ。
だが――、
フェノンを救うためというのならば、別に俺じゃなくてもよかったはずだ。
覇王ベノムを単独で倒すことはできずとも、この世界に来れば容易に『最強』の肩書きを得られるような強いプレイヤーは、テンペストの中にたくさんいた。その中にはシンよりも多彩に技を操り、セラよりも模倣の上手いプレイヤーもいる。
もちろんやり方の違いはあるだろうが、彼らでも俺と同様にフェノンを救うことはできたはずだ。
俺がこの世界に召喚されたのは、フェノンを救うという理由ではなく、もっと別の、それもかなり困難な問題を解決するためなのではないか――。
俺は心の隅のほうで、そんな風に考えていた。




