64 新居が楽しみな二人
美人メイド――シリーの手によって新しい飲み物が用意され、テーブル中央のお皿にはお菓子が補充された。
俺やセラはもちろん、主人であるフェノンも彼女にお礼の言葉を述べた。
シリーが席に着いたところで、俺はさっそく本題を切り出す。
「フェノンとシリーは十分戦えるようになったと思う。だからそろそろ、Bランクダンジョンを主戦場にしようと思うんだ」
本当ならばもう少し時間をかけても良かったが、二人はセラのように異常な成長速度とまではいかないものの、俺の想像を超えるスピードで成長している。才能の強さではなく、努力の強さといったところか。
俺の言葉にいち早く反応したのはセラ。
彼女は「となると……」と言いながら、顎に手を当てる。
「エリクサーか指輪……どちらを取るかだな。それとも別のBランクダンジョンか?」
「いや、Bランクダンジョンで指輪以上に良いドロップは無い。だから俺はレーナスを拠点にしたいんだ」
一応、他にも武器や防具をドロップするダンジョンや、上級ポーションのドロップ率が高めのダンジョンなんてのもあるが、あまり魅力的ではない。それに、俺たちはそれなりの装備を公爵様に貰っているしな。
セラは自分の左手に視線を落とし、中指に嵌められた指輪を右手で撫でる。
「確かにこの指輪の効果は凄まじいからな……。コレを求めてダンジョンに潜るとなると、長期戦になるのではないか? 欲しい数は1つや2つではないんだろう?」
「そうだな。最低でも各1――つまり6個は欲しい。だいたい半年から一年はかかると思う」
もし俺がソロで活動するのであれば、火力の出る指輪を得たらすぐにでもAランクダンジョン――そしてSランクダンジョンに向かうだろうが、パーティ全体のことを考えると、どうしてもこれぐらいの期間はかかる。
とはいっても、ゲーム時代と違って今ののんびりとしたペースでも、この世界の人たちにとっては十分に驚異的なスピードなんだろうな。
「ずっとマーガス公爵の所にお世話になるわけにもいかないし、家を買うか建てるかするつもりなんだが――」
そう言いながら、俺はテーブルを囲むパーティメンバーにそれぞれ視線を向けた。
フェノンはすぐに目を爛々と輝かせ、何かを言いたそうにうずうずしはじめた。そんな主人を見ながら、シリーは苦笑いを浮かべる。
ちなみにセラはポカンとした表情をしていた。どうやら話の流れがよく分かっていないらしい。
「私たちも一緒に――ということでしょうか!?」
ついに耐えきれなくなったのか、フェノンがテーブルに身を乗り出して尋ねてくる。俺もシリーと同じような苦笑いを浮かべて「その通りだ」と答えた。
「もちろん、無理強いはしないぞ。パーティを抜けて王都に残ってもいいし、レーナスで一緒に活動してくれるのなら、別の場所で暮らしても構わない。俺としてはこの4人で暮らして――この4人でダンジョンに潜りたいと思ってる」
「もちろん行きますわ! お父様がたとえ反対しようとも、絶対にエスアール様――エスアールさんについていきます!」
それはヤバいだろ――と一瞬思ったが、その心配をする必要は無いことをすぐに思い出した。陛下の許可はすでに得ている。
「フェノン様が行くのであれば、私も当然参ります。それに……せっかく鍛えてもらったというのに、このまま普通のメイドに戻るのも変な感じですし」
フェノンに引き続き、シリーも了承の意を示してくれた。
これで残るはセラだけ――なんだが、彼女の場合もともと俺の家に泊まったりしてたし、街が変わるだけで特に変化はないんだよなぁ。
「4人全員の要望を叶えるとなると、家は一から建てたほうがいいだろう。せっかく大金を持っているのだし、懐にしまっておいても意味が無い。大きな家を建てようじゃないか!」
セラは『一緒に行く』という意思表示をすることもなく、さも当然のように言った。どうやら自分が行くのは決定事項らしい。
なんというか……彼女らしいな。
「セラの親――伯爵様が話したいって言っていたみたいだし、俺も年頃の女性を預かるんだから、パーティリーダーとして一言挨拶しておきたい。それが終わり次第、レーナスに行こうか」
変な勘違いをされないよう、『パーティリーダー』の部分を強調しながら言った。『娘さんをください』なんて言いに行くわけじゃないぞ。少なくとも、今はまだ。
これからの生活を楽しみにしているのだろうか――フェノンとシリーは、やる気に満ちているというか、希望を抱いているような、そんな前向きな表情で頷く。
「では、今すぐ父の予定を空けさせてくる。明日の朝には出発できそうだな」
セラはそう言ってソファから立ち上がると、スタスタと玄関の方角へと歩いていく。
「――――は?」
いやいやいやいやっ!
いくらなんでも横暴すぎるだろうっ!? 伯爵様の都合も少しは考えてやれよ!
フェノンも「急いでね」なんて言ってるし、友人を止める気配は微塵も感じられない。
「ストップ! ストーーーーーーップ! 落ち着けセラっ! とりあえずこっちに戻ってこい!!」
慌てて声を張り上げると、セラは不思議そうにしながら俺の前まで歩いてくる。『いったいどうしたんだ?』と言いたげな惚けた表情を浮かべつつ、首を傾げた。
思わず脳天に手刀を振り下ろしたくなってしまったが、我慢。俺は彼女より精神年齢はずっと大人なのだ。
俺は一度大きくため息を吐いてから、「あのな」と口を開く。
「俺は自分のことを偉いと思っているわけじゃないし、もし『勇者』の称号に伯爵家と同等の権力があったとしても、相手に嫌がられるようなことはしたくないんだよ」
「むぅ……。だが、エスアールからの要望であれば、少しは無理を聞いてくれると思うぞ? 父は貴方に感謝しているのだし、もう少し威張ってもいいと思うが」
「だーとーしーてーもーだっ! 時間はいっぱいあるんだから、別に慌てる必要もないだろ? 伯爵様には無理のない日程を教えてもらってくれ」
さすがに1ヶ月以上待たされるようであれば別の方法を考えるが、セラの行動から伯爵様は遠方にいるわけではなさそうだ。おそらく家にいるのだろう。
「エスアールがそう言うのであれば……わかった。そのように父に伝えてくる」
本当にわかったのかよ――とツッコミたくなるほど行動力溢れるセラの背を見送る。
シリーが眉を寄せたまま「ははは……」と乾いた笑い声を上げていた。俺も傍から見れば似たような顔をしているんだろうな。
一時間後。セラは俺の家に戻ってくると、伯爵様が明日の午前中に時間を空けていると報告してくれた。
彼女はやり切った表情で、全く汗をかいていないのにもかかわらず額を拭う仕草をする。フェノンはそんな友人に向けて拍手を送っていた。
俺とシリーは、そんな二人を見ながら小さくため息を漏らしたのだった。




