63 それぞれの呼び方
陛下とディーノ様との対談を終えた俺は、同じ敷地内にある我が家へと真っ直ぐ帰宅。
玄関の扉を開けると、聞き慣れた女性陣の話し声が聞こえてきた。
扉を開閉する音が聞こえたのだろう。すぐにパタパタと小走りでフェノンさんがやってきて、その後ろをセラとシリーさんがゆっくりとした足取りでついてくる。
「おかえりなさいエスアール様!」
なんとなく、子犬が主人の帰りを待ちわびていたような感じだ。勢いよく尻尾を振っている幻覚が見える。
「ただいま戻りました、フェノンさん。やっぱり皆さんここにいたんですね」
家を出る時は無人だったというのに、俺が王城に行っている間に集まっていたらしい。休みの日でも俺の家に集まるのはいつものことなんだが。
「すぐにお飲み物を淹れますね。コーヒーでよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
俺の返事を受けて、シリーさんはうやうやしく一礼するとキッチンのほうへ向かっていく。
人に言えた義理ではないが、もう少し砕けた対応をしてもらったほうが俺としては居心地が良い。彼女がそれを良しとしてくれたらいいんだがなぁ。
砕けた対応と言えば、フェノンさんだ。
勇者様からエスアール様へと呼び方の変更はあったものの、未だに『様』付けで呼ばれてしまっている。
共に活動するメンバーとしてそれはどうなんだ? 身分はどうした身分は! 第一王女だろう!?
万が一周囲に聞かれでもしたら、俺の平穏な日々が崩れる可能性が高まってしまう。
「陛下との話はどうだった?」
リビングへ向かいながらセラが尋ねてきた。
「ダンジョンの進捗とか、俺が前いた世界の話をしてきた。後はエリクサーの値段についての相談とかだな」
「ふむ……確かに前と今では入手の難易度が変わっているからな。ちなみにエスアールはどれぐらいの金額を提示したんだ?」
「とりあえず20万オル。一応言っておくが、これでもかなり高くしてるつもりだからな」
「……お父様が唖然としている姿が目に浮かぶようです。でも、その金額でエリクサーが手に入るのであれば、私のように救われる命もたくさんあるでしょう」
「そうですね。俺もそうなってほしいと思いますよ。これからこの世界に派生二次職が広まり、三次職が一般的なものになれば、もっと手頃な値段で手に入るはずです」
「そうか……是非そうなってほしいものだな」
しみじみと呟くセラ。
フェノンさんを救うために尽力していた彼女には、人一倍そのありがたみがわかるのかもしれない。
セラの表情を横目で眺めていると、フェノンさんが「ところで」と話を切り替えた。
「その他にも、何かお話をされたのではないですか?」
ニコニコとした表情で、彼女は俺の瞳を真っ直ぐに見つめてくる。
なんだか心の内を探られているような気分だ。
彼女は別にそんなこと考えていないのだろうけど、やましいこと――つまり、彼女とのこれからについてを陛下と話していたからか、そんな風に思えてしまう。
「い、いえ。特に他には」
「私とエスアール様の話はされましたか?」
ピンポイントすぎる指摘がきてしまった。俺は慌てて顔を横に振る。
本人に確認を取るよりも先に、『一緒に住む許可を親に貰った』などと言うと、強制的な力が働いてしまうのではないかと懸念したからだ。
「婚約についてですか?」
そのまま顔を横に振り続ける。王城に行くからと身だしなみを整えていたが、あっという間に髪はぼさぼさに逆戻り。
彼女は検察官で、俺が被告人の構図だ。誰か弁護してくれませんかね?
猫の手も借りたい気持ちでセラを見ると、彼女はフェノンさんに視線を向けていた。そして視線の先にいるフェノンさんもまた、セラを見ている。
なにやら二人でアイコンタクトを取っているらしい。何かを理解したように、お互い頷き合っている。
二人が何を考えているのかさっぱりだわ。まさか二人とも俺の心が読めたりするのか? ……まさかね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
シリーさんは自分を含めた人数分の飲み物をリビングへ持ってきて、ソファに腰掛ける。俺とセラにはコーヒー、フェノンさんとシリーさんは紅茶だ。
彼女は紅茶に口をつけると、ほう――と、リラックスした表情になった。
これでパーティメンバー全員がリビングに集まった。
俺が喋りたそうな雰囲気を発していたのか、雑談は無い。
「今後の話をする前に、フェノンさん、シリーさん」
名前を呼ぶと、それぞれ「はい」と返事をしてくれる。
俺は緊張を沈めるため鼻で大きく深呼吸してから、ゆっくりと口を開いた。
「命を懸けて一緒に活動してるんだ。俺はもっと、二人と親しくなりたいと思っている。まずは呼び方――それと口調から変えたいと思うんだが、二人はどうだ?」
許可を貰う前にこちらから先手必勝。俺はさっそく敬語を取り払った。
シリーさんはともかく、第一王女に対して無礼だとは思うが、彼女がこんなことで目くじらを立てないことは重々承知。むしろ彼女は――
「大歓迎ですわ!!」
こんな風に喜んでくれる。頭の中で思い描いていた通りの反応だった。
せっかくフェノンさんが変装しているのにもかかわらず、称号を貰い地位の向上を果たした俺がヘコヘコしていたら、彼女は誰なのかと怪しまれてしまうかもしれないしな。これは過ごしやすさの改善の意味もあるが、必要な措置でもある。
シリーさんはというと、長い間敬語ばかりの生活をしていたからか、砕けた口調で話すことが難しいらしく、かえって疲れてしまうそうだ。
結局、俺は二人に対して口調と呼び方を変え、シリーとフェノンは俺の呼び方を『エスアール様』から『エスアールさん』へと変更することになった。呼び捨てでも一向に構わないのだが、それはおいおい……ということになった。
慣れてきたら、フェノンは口調も変えていくらしい。彼女の言葉を借りるならば、俺としては『大歓迎』だな。
「私には何かないのか?」
俺たちがわいわいと盛り上がっていると、すっかり仲間はずれになっていたセラが唇を尖らせながら不満の声を上げる。
「だってセラはすでに全員呼び捨てだろ?」
これ以上どうしろってんだ。
「それはそうだが……。――っ! そうだっ! エスアールは愛称とかないのか!? 親しい友人とか、そ、その――こここ恋人だけが呼ぶようなモノは」
恋人なんてできたことないわ! 嫌味かお前っ!
あだ名に関しても、学生時代は『リク』とか『シュウ』とか呼ばれていたけど、今の俺の名は『SR』だし、すでに愛称みたいなもんだ。
無自覚に人の心を袈裟斬りにしたセラは、何故か膝と膝の間に手を挟んでモジモジと挙動不審になる。
不思議に思いながらも、特にあだ名が無いことを伝えると、セラは「そうか」と肩を落とした。
「あ、あの……ご迷惑でなければセラ様のこともエスアールさんと同じように『さん』付けでお呼びしてよろしいでしょうか?」
気を使ったのか、シリーがそんな言葉をセラに投げかける。すると、みるみるうちにセラの表情は明るくなっていった。単純だなお前。
「――っ! もちろんだ! 呼び捨てでもいいぞ!」
「いえそれは――あ、お飲み物新しく淹れてきますね」
ははは――と苦笑しながら、シリーはキッチンへと向かっていく。いや、逃げていく。
物理的な回避はともかく、会話の回避技術を持ち合わせていない俺にとって、彼女の逃げ方はとても勉強になる。
今度困ったら実践してみるか――シリーの後ろ姿を眺めながら、俺はそんなことを考えていた。
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