62 同棲していいっすか!?
国の王がわざわざ俺のために予定を空けているにもかかわらず、当の本人はダンジョンに向かってヒャッホーと自由に探索を楽しむ――なんてことはもちろんない。
無理に決まってんだろ。陛下だぞ陛下。上司の呼び出しとはわけが違う。
「そう固くなるでない。今日はエスアール殿と落ち着いて話がしたかったのだ」
「そうですよ。貴方の世界についても伺っておりませんでしたし」
王城の中にある応接室の一つ。
対面のどデカいソファには国王のゼノ様がいて、俺から見て右側のソファには宰相であるディーノ様が座っている。
そういえば王女様の件が落ち着いたら、地球のことを話すとか言ってたっけ。すっかり忘れてたわ。
「言葉遣いに関して……失礼があったらすみません。極力気をつけますので」
身体を極限まで縮めて頭を下げると、陛下は「気にせずともよい」と答えた。
そしてさっそく彼は、真剣な表情で問いかけてくる。
「エスアール殿がこの世界へ召喚されてから――Bランクダンジョンが踏破され、派生上級職が発見された。それまでは希望の光すら曖昧であったというのにだぞ? 迅雷の軌跡が派生上級職の発見者というのは、真か?」
いきなり答えづらい話題をぶっ込んできたな。
鋭い眼光。まさに蛇に睨まれたカエルになった気分だ。
実際に睨まれているわけでもないし、ナイフで脅されているわけでもないのだが、陛下がもつ重圧感のせいで自然と身体が強ばってしまう。
迅雷の軌跡ですよ――と端的に答えればいいだけの話なのだが、タイミングを逃してしまい、妙な間が生まれてしまった。
そこで、ディーノ様がすかさず救いの手を差し伸べてくれる。
「陛下。そのように圧力を掛けてしまうと、エスアール殿も返答できません」
「む、そのようなつもりは無かったのだが」
ディーノ様は困ったような表情を浮かべる陛下を見て、肩を竦める。
「陛下は無意識に相手を威圧してしまうのですから。意識して力を抜いてください。私としては他国との会談でも、もう少し柔らかく話されてはどうかと思います」
呆れたような口調で話すディーノ様。
陛下、怒られてんの? 宰相に?
「わかった。すまなかったなエスアール殿」
「あ、いえ、おかまいなく……」
雰囲気を柔らかくしようと試みているのか、陛下は口角をやや上げて話す。俺はペコりと頭を下げた。
確かに話しやすくはなったけど、それは陛下の表情が変化したからじゃない。ディーノ様にお小言を言われるのを目撃してしまったからだ。
なんとなく、陛下がぐっと身近な存在に感じられた。
「――発見者は、迅雷の軌跡ですよ。俺は多少戦闘経験があったので、彼らの助力をしたまでです」
俺が答えると、陛下は可笑しそうに「ふっ」と小さく笑った。
「多少の戦闘経験であのような戦いができるはずがなかろう。武闘大会は見事だった。お主の強さを疑う者は、もうこの国にはおるまい」
「いやぁ……多対一だったので、手加減してくれたのでしょう」
「そうは見えなかったがな」
「ははは……」
どう答えたら良いんだよバカ。
運営さん、王族対応マニュアルをください。早急に。
それからディーノ様も混じえて、ダンジョンの探索についてや、ドロップ品のこと。エリクサーの適正価格についても相談されてしまった。
なんでも、すでに迅雷の軌跡からエリクサーを複数個預かっているらしく、国としてはいくら支払うのか迷っているらしい。
シンたちは金に困っていないだろうし、Bランクダンジョンの踏破がいずれ他の探索者たちにも可能になることを知っている。俺が勝手に価格を決めたとしても、文句はでないだろう。
とりあえず俺はテンペストでの店売り価格の10倍――20万オルを提案した。現実世界の金額でいうと、だいたい200万円ぐらいか。
それでも安すぎると二人から声が上がったが、俺としてはこれでも高すぎると思っている。一日二周できる俺からすれば、日給400万円は確実だし。
ただ、数が少ないうちは買い占めなどがおきないよう、国でしっかりと管理してもらいたい。他国にどれだけ流すのかは、国の方針に任せることにした。悪いようにはしないと思う。
「フェノンはどうだ? 探索者として、楽しくやっているか?」
地球のことも大雑把に話し終えたところで、陛下がやんわりとした口調で聞いてきた。
「えぇ。セラとも仲が良いですし、シリーさんもいますからね」
「ふふ、一番はエスアール殿と一緒だからだろう。元気になったのは喜ばしいことだが、フェノンは少々お転婆が過ぎる。気にかけてやってくれ」
「それはもちろんです。戦闘訓練も時々させていますが、基本的に後ろに下がってもらってますし」
「ほぅ、あの娘が戦闘訓練か。……まぁエスアール殿やセラ=ベルノートがいるのであれば、心配はなかろう」
そう言って陛下は、テーブルの上にある紅茶の入ったカップを手に取る。
陛下もくだけた雰囲気を見せるようになったし、そろそろ俺の本題を切り出すことにしようか。
「実はもう少ししたら、俺はしばらく拠点をレーナスの街に移すつもりなんです」
持ち上げたカップに口をつけようとした陛下は、ピタリと停止する。
「エスアール殿やセラ=ベルノートが行くのなら、フェノンも行くだろうな」
「はい、まだ本人に確認を取ったわけではないですが。レーナスに滞在するのは長期になると思いますし、俺としてはここで彼女とお別れするのも嫌ですから、できれば共に来てほしいと思っています。それで……パーティメンバーとしては同じ家屋で生活したほうが効率が良いといいますか……」
お茶を濁しながら『お義父さん! 娘さんと同棲していいっすか!?』という内容の言葉を並べる。
陛下は俺の言いたいことをすぐに理解してくれたようで、からかうような笑みを浮かべた。
「探索者のパーティは同じ家に住むことも多い。本来なら探索者になることも認められぬことだが、フェノンは病のせいで多くの時間を失ってしまったのだ――その程度の自由なら認めよう。ただ、式を挙げるまで同衾はナシだぞ」
「もちろんですよ! 婚約に関しては……前向きに考えていますが、もう少し時間をください」
「ふふ、かまわぬよ。ただ、その反応を見るにフェノンは無事にエスアール殿の心を掴んだようだな。娘をよろしく頼むぞ」
国の王ではなく、父親としての優しい笑みを浮かべた陛下は、安心した様子で紅茶に口をつける。娘の恋愛事情を気にかけていたのだろうか。
国王といっても、やっぱり俺たちと同じ人間なんだなぁ……と考えていると、ディーノ様が「それにしても」と会話に入ってきた。
「報告によると、以前からフェノン様たちと共にレーナスのBランクダンジョンに足を踏み入れていたそうですが、危険ではないのですか?」
おおう、やはり監視はつけられていたのか。
もしくはドラグ様が報告したのか? どっちでもいいけど。
「問題ありませんよ。シリーさんも強くなりましたし、一番戦闘に不慣れな王女様でも、Cランクダンジョン下層の魔物なら単独で討伐できるようになりましたから」
「ぶふぉっ――」
陛下がむせた。
勢いよく口の中の紅茶を吐き出し、アロマ加湿器の如く、いい香りのミストを部屋中に拡散させる。といっても、正面にいる俺の被害は甚大だが。
きったねぇ! と、すぐに顔を拭いたい衝動に駆られたが、失礼だと気づき我慢。笑顔で「大丈夫ですか?」と問いかけた。本当は俺がその言葉をかけてほしいんだが。
「ふぇ、ふぇ、フェノンがCランクダンジョン、下層の魔物を、一人で?」
入れ歯取れてませんか? なんて言ったら不敬罪になるだろうか。もちろんそんなことを言う度胸はないが。
「危ないと判断したら、サポートはしてますよ」
フェノンさんの動きは軽いし、魔法の的中率もなかなかのものだ。
突出した才能があるわけではないが、探索者として十分に活動できる程度の運動神経は持ち合わせている。
危なっかしい部分を正せば、後衛として活躍してくれるだろう。
「エスアール殿はやはり恐ろしいですな……。それともまさか、フェノン様に隠れた才能が――?」
思案顔になり、陛下と宰相は口を閉じる。
何を考えてるかは知らないが、俺は声を大にして言いたい。
早くタオル持ってこいや。




