61 陛下と伯爵からの呼び出し
第三章、開幕!!
思い返してみれば、俺はとうの昔に知っていたのだ。
それこそ生まれ変わったその日に、この世界が壊れているということを。
ただ、それを俺が『壊れている』と認識できなかったがために、今のいままで気付くことができなかった。
――取り返しのつかないところにくるまで、気付くことができなかった。
大切な人を失うその日まで、気付くことができなかったのだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
武闘大会が終わり、一ヶ月の月日が流れた。
俺たち名もなきパーティは、王城の犬小屋を拠点としてCランクダンジョンに通い続けている。目的としては、フェノンさんにダンジョン慣れしてもらうことと、シリーさんの技量の把握だ。
俺は経験則をもとに全員の指導を行いつつ、3人との交流を心から楽しんでいた。
それに伴いレベルも順調に上昇し、セラたち3人は二次職を一つレベル30にまで上げ、プレイヤーボーナスを獲得済みである。
俺の場合は合間にBランクダンジョンに潜っているため、重騎士と賢者のレベルを30まで上げることができた。
現在の俺は魔弓術士。
レベルは低いが、プレイヤーボーナスのおかげでステータスはこの世界にきた頃と比べると雲泥の差である。
☆ステータス☆
名前︰SR
年齢︰18
職業︰魔弓術士
レベル︰7
STR︰D
VIT︰D
AGI︰E
DEX︰D
INT︰D
MND︰F
スキル︰隠密 射出魔法
それぞれ隠密は弓士、射出魔法は魔法士のスキルだ。
まぁ、スキルは使わずに相変わらずドラグ公爵に貰った赤刀で敵を切り刻む毎日なんだが。
「エスアール様、明日は何かご予定がありますか?」
夕食後、ふいにフェノンさんが言った。
シリーさんは「これは私の仕事です!」と言い張り、1人で4人分の食器を片付けている。
申し訳ない気持ちもあるが、これで給料を貰っているのならば仕事を奪う形になってしまうので、お礼を言うに留めた。
明日はパーティでの活動が休みの日なので、家でごろごろして、暇になり次第ダンジョンに行く予定だったが……、
「予定っていう予定はないですよ。それがどうかしましたか?」
「大したことではないのですが、お父様がエスアール様とお話をしたいらしく、明日の予定を空けているそうなので」
お父様って――陛下じゃん! それ、大した用事だろ!
しかも俺と話すために予定まで空けているのなら、一般市民の俺が断れるわけがない。いや、称号があるから一般市民じゃないのか? その辺り、未だによくわからん。
「行きます! 行きますよ! 行かせていただきます!」
無駄に三段活用で返事をする。多少うるさくても許してほしい。
「ありがとうございます。お父様もきっと喜びますわ」
ニコリとフェノンさんが微笑む。
元々の造形は見事としか言いようがないし、彼女は笑顔がとても愛らしい。本当にこんな可愛い子に好かれてるのか疑いたくなるな。
聞くところによると、陛下が俺を呼び出したのはダンジョン探索の進捗や、今後の方針などについて意見を聞きたいとのこと。
それならば迅雷の軌跡でも良かったのでは? と思ったのだが、やはり陛下にもBランクダンジョンの踏破に俺が大きく貢献していると思われているのだろうか? ディーノ様が俺たちの内情を漏らしてなくとも、俺を召喚した陛下なら気づいていてもおかしくはないが。
「あの、エスアール?」
「ん? どうした?」
今度はセラが声を掛けてきた。おずおずと、どこか言いにくそうにしながら。
「実は私の父も、貴方と話をしたいと言ってるんだ。日程については後日伝えるから、その時はよろしく頼む」
陛下に続いて、今度は伯爵様かよ……。
王様や公爵より立場は弱いものの、お貴族様に変わりはない。当然、緊張はする。
「それは構わないが……用件は知っているか?」
問いかけると、彼女は困ったように眉間に皺を寄せる。
「この場所に滞在していることは伝えているし、ベルノート領の免税の件で礼を言いたいとは言っていたが、正直なところよくわからない。Bランクダンジョンを共に踏破したシンたちには特に声を掛けようとしていないしな」
「ふーん……なんだろうな? もしかして、娘に変な虫がついていないか確認したいとか?」
「エスアールは虫などではない! ちゃんとした人間だ!」
そりゃ人間だけども! そうじゃなくてだな!
「変な男に引っかかってないか確かめたいんじゃないか? 親なんだから、心配してるんだろう」
「そ、そうだろうか? べ、べべべつに私はそそそそんなつもりはないが、も、もしそうだとしても、エスアールならば、問題ないだろう。なにせフェノンや陛下のお墨付きなのだからな」
お前は壊れたブリキのおもちゃか。例えばの話に動揺しすぎだろ。
おかしくなってしまった友人を見てクスクスと笑いながら、フェノンさんが「そうですわ」と肯定の意を示す。
「もしエスアール様に不満があるなどと言ったら、その時はたとえ伯爵といえど――」
「それは勘弁してくれ」
「ふふっ――冗談よ」
呆れたような表情を浮かべるセラと、楽しそうに笑うフェノンさん。
怖ぇよ。いったい彼女は何を言おうとしたんだ。
こういうやり取り、セラはきっと慣れているんだろうな。幼い頃からの付き合いと言っていたし。
俺とシリーさんを見てみろ。王族の権力に怯えて冷や汗だらだらだぞ。
ひそひそと、俺は食器を片付けているシリーさんの耳元で呟いた。
「権力が絡むと、俺たちにはなかなか口を挟みにくいですよね」
くすぐったそうに首を縮めた彼女は、俺の目を見て、キョトンとした表情をする。そして、笑顔で言った。
「エスアール様も、セラ様たちと同じ権力者なのですよ? きちんとご自覚なさってくださいね」
優しい顔の裏に、暗い部分が見え隠れしている。言外に『一緒にするな』と言われたような気がした。ごめんなさい。
彼女たちはそれぞれの家に帰宅し、俺は広い家に一人。孤独を存分に味わうことのできるシンセツ設計だ。心を折ると書いて、心折設計。
「タイミングとしては、ちょうど良かったな」
ベッドに寝転がり、今日2人と交わした会話を思い出す。
俺は元々、陛下やベルノート伯爵に挨拶がてら『あるお願い』をする予定だったのだ。
娘さんをください! なんて言うつもりではない。
フェノンさんやシリーさんの指導もある程度できたので、そろそろステータスアップの指輪がドロップするBランクダンジョンの近く――すなわち、レーナスの街に拠点を移したいのだ。
長期にわたり滞在する予定なので、家を買うことにした。空き家を探すか、一から建てるのかは未定だが、拠点を移すことは確定事項だ。
つまり、フェノンさんやセラ、そしてシリーさんを王都から連れ出し、共に暮らそうという計画である。
シリーさんはフェノンさんに仕えているので、彼女に関しては問題ないだろうが、王女様たちに関しては後々問題にならないよう親の了承を得ておきたい。
もし無理なのであれば、別々の家に住むことになるだろうが、毎日待ち合わせをするよりは、一緒に暮らしたほうがストレスもないだろう。
彼女たちの家が近くにあるならまだしも、他所の街に来て別々に住むメリットはあまりない。
「どんな家がいいかなぁ……ふあぁ」
ヒノキ風呂もいいなぁ……。そういえばこの世界にヒノキはあるのだろうか? まぁ似たような木材で一向に構わないけど。
後はウッドデッキも欲しい。
ロッキングチェアに揺られながら、コーヒーを飲んでゆっくりしたい。
お金は腐るほどあるし、もし足らないとしてもエリクサーを売ればどうとでもなるだろう。
彼女たちと一緒に住むかにかかわらず、色々な要望を叶えたいのなら一から建てるほうが良さそうだな。
楽しみだ。




