閑話 ゴツゴツした手
武闘大会も終わり、迅雷の軌跡たちとの打ち合わせも無事に終了した。
俺はセラやフェノンさん、そしてシリーさんとともにCランクダンジョンで彼女たちを指導する日々を送っている。合間をみてエリクサーの在庫を増やしてはいるが、本当に少しだけだ。
差し迫る危機やイベントがあるわけでもないので、レベル上げを急ぐ必要もない。俺がレベル上げに奔走したところで、世界全体に行き渡るエリクサーの量が極端に増えるわけでもないしな。
身体を休めるため、ダンジョンへ行かずパーティメンバーと家でダラダラと過ごす日も当然ある。
食材の買い出しや日用品の購入をするために、4人で街へ買い物へ行くこともしばしば。
そんな他愛のない日々を過ごすうちに、フェノンさんと俺の距離も随分と縮まった。もし俺に妹がいたら、こんな感じだったのではないだろうかと思うほどに。王女様に――しかも俺を好いてくれている人に対して失礼極まりない感想だが。
最初に彼女に会った時は、そういえば片膝を突いて頭を垂れる姿勢だったなぁ。今ではセラやシリーさんも含め、半同棲の状態だ。
「ほら、置いていっちゃいますよ」
屋台に目を奪われていたフェノンさんに、手を差し出しながら言う。
彼女は「失礼しました」と笑いながら俺の手を取り、セラに向かって「ごめんね」と謝った。
本日、シリーさんは王城に呼ばれているらしく不在にしており、セラとフェノンさんの3人で城下町へ出てきている。
フェノンさんはいつものように黒髪スタイルになっているが、俺とセラは普段通りの姿だ。いつでもダンジョンに行けるぜ。
武闘大会が終わって間もない頃は、街中の人にジロジロと視線を向けられ、握手を求められたりサインをねだられたりして、ちょっとだけ気分が良かったのだが、すぐに面倒になってしまった。
その感情が顔に出てしまっていたのか、もしくは皆の熱量が冷めてきたのかはわからないが、徐々に俺たちに目を向ける人も少なくなっていった。
「セラはともかく、エスアール様は普段着を買わないのですか?」
右隣を歩くフェノンさんが、俺の手を軽く握りつつ声をかけてきた。
服ねぇ……下着やインナーは必要に応じて買っているが、確かに外着らしい外着は持ってないな。理由はとても単純で、必要性が感じられないからだ。
フェノンさんが言っているのは、耐刃性とか耐魔性のまったくない服のことだとはわかっているのだが、街に出るよりもダンジョンへ行く比率が圧倒的に高いために、『服』と言われると真っ先に装備品としての服を思い浮かべてしまう。俺の普段着は戦闘服なのだ。
「ともかくとはなんだ。私だって普段着はたくさんあるぞ」
「だってセラ、買っても着ないじゃない」
「――うっ……着る機会があまりないのだから仕方ないだろう?」
「今日はその『機会』にあたると思うけど?」
「それは、その……護衛を兼ねているから――」
「この街にセラやエスアール様を襲う勇気のある人がいると思う? 勝てる人がいると思う?」
フェノンさんからの質問攻めに、セラは口を閉ざしてしまった。完全に言い負かされてたな。5つも年下だろ彼女は。
2人の間に挟まれている俺は、苦笑しながら事の成り行きを見守る――つもりだったのだが、
「せっかくのデートなのに、勿体ないわよ」
フェノンさんの言葉で予定は変更。
「ちょ――、いつからデートになったんですか! 日用品の買い出しのついでに街をぶらついているだけでしょう!?」
「男女が手を繋いで街を歩けば、それはもうデートですよエスアール様」
傍から見ればそうかもしれないけど!
俺だって今の状況を背後から客観的に眺めたら、思わずインベントリから赤刀を取り出してしまいそうだけども!!
俺が否定の言葉を紡ごうとしていると、セラが魂の宿っていないような目でこちらを見ていることに気づく。視線の先にあるのは、俺とフェノンさんが繋いでいる右手と左手だ。
「だとしたら、デートをしているのはフェノンたちだけだな。私はお邪魔虫といったところか」
立ち止まり、ははは――と、死んだ魚のような目で自虐的に笑う。
フェノンさんが後ろを振り返りつつ、「そんなことないわよ」と声を掛けたが、はたして頭に入ってきているのかどうか。
男同士であっても、3人で遊んだりするとこういう構図になる時がよくある。俺は決まって一人のほうだったなぁと、過去を振り返ってみたり。
人は周りに人が居ればいるほど、孤独を感じやすいものだ。
その気持ちは俺も痛いほどわかるぞセラ。幾度となく経験してきたからな。
「なに言ってんだバカ。お邪魔なわけないだろ」
あれを何度も経験すると、最終的には『最初から一人でいれば大丈夫』という結論に至る。俺はセラにそう思ってほしくなかった。
たとえ彼女がゲームの世界の住人であったとしても、もうセラは俺の大切な仲間だ。異論は認めない。
俺は彼女に向かって、空いていた左手を差し出した。
もし嫌がられたとしても、俺のメンタルが粉々に砕けるだけだ。問題ない。
「ほら、行くぞセラ」
彼女は一瞬だけ上目遣いで俺に目を向けたあと、怯えるように身体を縮ませながら、じっと俺の手を見つめた。
「――だ、だが、私の手はゴツゴツしているし……」
そう言って、自分の右の手のひらを左手の人差し指でなぞる。感触を確かめているのかいじけているのか、微妙なラインの動きだな。
変化を待つこと30秒。いじいじ状態から進展する気配は無い。
ええい、もうこっちから行ってやる! あとからセクハラとか言うんじゃないぞ! 訴えられても控訴してやるからな!
「それになんの問題があるってんだ。俺は別に感触を楽しもうとしてるわけじゃない」
半ば無理やり、
「あっ――いや、その……」
俺がセラの右手を掴むと、彼女は途端に借りてきた猫のように大人しくなる。振りほどこうとする気配はなく、耳を赤くして俯いてしまった。
フェノンさんはというと、妬むこともなくこちらのやり取りを見ながらニコニコと嬉しそうな表情を浮かべている。
前々から思っていたが、フェノンさんはもしかすると『仲良しのセラと一緒に俺へ嫁ごう計画』でも実行しているのだろうか? ネーミングについては無視してほしい。
そう考えれば今までの彼女の行動や表情の意味もわかるが、はたしてそれが真実なのかはわからない。問いただすつもりもないから、きっと永遠にわからないままなのだろう。別にそれで構わない。
嬉しそうに俺の手を振りながら歩くフェノンさんと、ほどけそうになると慌てて俺の手を握り直すセラ。
俺は2人の温もりを両手から感じつつ、どこまでも続く青空を見上げながら思った。
夜道には気をつけよう――と。




