60 〇王エスアール
食パンを床に落とすと、バターを塗った面が必ず下になるように。
セラが俺の話を聞いて落ち込むのは確定事項だったのだ。これはどうあっても避けて通れない道である。すまんな。
セラには「称号を貰う前に知れて良かったな」と励ましておいたが、彼女は肩を落とし、誰がどう見ても気落ちしてしまっている状態だ。女性の扱いは不得手なので、可哀想だが放置して話を進めることにした。
「フェノンさんにも伝えているから、もし『剣聖』の称号を与えるなんて話が出たら止めてくれるだろ。というわけで、次はスズだな」
心の中でセラに謝罪しつつ、神官の少女へと視線を向ける。少女といっても、彼女は今の俺よりかなり年上だが。
急に自分の名前を呼ばれたからか、スズは緊張した様子で「は、はいです!」と答える。
まるで学校の出席確認みたいだ。スズ、見た目幼いし。
「なにを笑ってるですか」
すぐさま指摘の声が上がった。
彼女の目はいつも以上に据わっており、あの探索者の更生を見たあとだからか、ちょっと怖い。
「笑ってない笑ってない――で、スズは神官、賢者、そして結界術士だな。すでにレベル80の神官はいいとして、他の職業をレベル60まで上げて、『聖者』の職業になってくれ。今まで通り、主にサポートになると思うが、攻撃魔法も使えるし戦術の幅は一気に増えるぞ」
スズは顎に手を当てながら、俺が言った『聖者』という職業を、噛み締めるように小さく呟く。それから小さく手を挙げて質問してきた。
「エスアールは先程、条件は二つあると言ったですよね? 規定職業のレベルに関しては把握したですから、もう一つの条件を知りたいです」
おぉ、そういえばそっちをまだ話してなかったな。
セラに気を取られてしまってすっかり教えるのを忘れていた。
「もう一つはダンジョン系だ。Bランクダンジョンの踏破を100回と、Aランクダンジョンの踏破を50回だ。正直、レベル上げをやってりゃこれぐらいの回数はすぐにいくから、あまり気にしなくてもいいぞ」
ゲーム時代も回数なんて数えてなくとも、自然と達成していたし。
自分より弱い相手としか戦わないような人たちは随分と苦戦していたみたいだが、迅雷の軌跡やセラなら問題無いだろう。
「途方もない数字に思うですが……」
「Aランクダンジョンなんて1回でも踏破できればお祭り騒ぎだぞ? それを50回って……お前さん、やっぱりやばいな」
「だから俺が決めたわけじゃないっての! そういうルールなんだからしょうがないだろ!」
文句ならテンペストの運営に言ってくれ。無理だけど。
「Bランクダンジョンならなんとかなりそう――って思ってしまう時点で、私たちもエスアールに毒されてきてるのかしら……」
「こらそこっ! 毒されてるとか言うな!」
俺の叫びに、ライカがペロリと舌を出しておどけてみせる。絶対反省してないだろこいつ。
ずっと傍観の姿勢を保っていたレグルスさんも、困ったような表情を浮かべながら会話に参加してきた。
「それで、エスアールは俺にどうしてほしいんだ?」
「まずは、現在封鎖されているAランクダンジョンの解放ですね。あとは、まだ先の話ですが、Sランクダンジョンが出現したときの準備も進めてほしいです」
「ダンジョンの解放については、Bランクダンジョンを踏破したお前たちなら問題ないだろう。そのSランクダンジョンとやらの出現場所はわかるのか?」
「えぇ、それも後で地図で説明しますよ」
「……本当になんでも知ってるんだな」
やれやれ、といった様子でレグルスさんは肩を竦める。驚きと呆れが入り交じっているみたいだ。
それから俺はこの場にいる全員に対して、やや早口になりながら取得できるスキルの情報や、どこのダンジョンは避けるべきだとか具体的な話を進めていく。
なぜ早口なのかって?
ダンジョンの話をしてたら早く俺も潜りたくなったからだよ。セラはこんな調子だから、今日は一人で潜ったほうが良さそうだし。
最後に質問を受け付ける時間を設けて、誰も発言しなくなったところで俺はソファから立ち上がる。
「じゃ、今日のとこはここまでにしましょうか。気になる点があったらいつでも聞きに来てください。朝と夜は家にいると思いますので」
締めの言葉を聞いた迅雷の軌跡とレグルスさんは、身体から力を抜いて息を吐く。話し合いというか説明会みたいなものだったが、かなり体力を使ってしまったらしい。
未だ魂が抜けているかのようなセラの肩を叩き、「戸締りよろしく」と言っておいた。「ほぁ」という謎の返事をされたが、これは理解していると解釈していいのだろうか。
シンたちに「セラが出るまではゆっくりしてて大丈夫だぞ」と声を掛けて、俺はソファから一歩離れる。
「なんだ? お前さんはどこかにいくのか?」
「そりゃダンジョンに決まってるだろ、エリクサーの補充をしておきたいし」
昨日は夕方までフェノンさんたちと話していたから、あまりダンジョン探索に時間を充てられなかった。今日はまだ時間も早いし、Bランクダンジョンを2周できそうだ。
「さすがだな……お前さん、やっぱりおかしいわ。Bランクダンジョンにそんな散歩でも行くような気軽さで挑むやつ、他にいないぞ?」
「ですです。これぞエスアールって感じです」
「あまり無理をしないようにね。……言っても無駄かもしれないけど」
迅雷の軌跡から呆れ交じりに言われた俺は、適当に「はっはっは」と笑いつつ彼らのもとから離れていく。
ダンジョン欲が限界突破しそうなのだ。早く行きたい。早く魔物を倒したい。早くレベルを上げたい。
――と、リビングから足早に立ち去ろうとしていると、ずっと塞ぎ込んでいたセラがムクリと復活し、声を掛けてきた。
「エスアール? 何処に行くんだ?」
今までの会話聞いてなかったのかよ! ダンジョンだよ!
「……Bランクダンジョンに行ってくる。セラはゆっくり休んでおけ、疲れも溜まってるだろ?」
主に精神的疲労が。
「そう、だな。今日のところはそうさせてもらおう」
「おう。それがいいと思うぞ」
……。
…………。
………………。
えっと……俺、もう行っていいのか? 一度立ち止まってしまったからか、このまま部屋を出るのに躊躇いが生じてしまう。
セラが何か言うのを待っていると、彼女は「そういえば」と口を開いた。
「エスアールはなんの職業に就くんだ? 私たちと同じ――剣聖か?」
おぉ、これまた話すのを忘れていた。
「剣聖にも当然なるし、聖者にもなる。ボーナスを取得するために必要だからな。だが、最終的に俺は魔法職になるだろうな」
三次職での戦いは、今までのステータスに頼った戦いとは少し違ってくる。一次職や二次職と違い、三次職は使えるスキルの量が段違いだからな。
覇王を除き、樹形図の頂点に位置する三次職は、枝葉の一次職や二次職のスキルも使用可能だし、新たに覚えるスキルも強力だ。それらを駆使した戦いが基本となる。
俺が覇王ベノムに挑む時は、今後シリーさんが就く予定の霊弓術士か、この魔法職で戦うことが多かった。
魔道士、重騎士、賢者から成る魔法系職業の最高峰――それは『勇者』の称号と相反するような立場にある職業であり、俺が覇王ベノムを単独で倒した時の職業でもある。
「俺は『魔王』になるぞ」
これにて第二章、完!!
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