58 お前らかよ……
俺と迅雷の軌跡たちによる時間を無視した戦いが終わると、興奮冷めやらぬまま閉会式が行われ、王国主催の武闘大会は幕を閉じた。
閉会式では陛下の挨拶があったほか、王国の騎士団長やレグルスさんが試合について語っており、騎士団長は主に派生二次職について――レグルスさんはセラや俺と迅雷の軌跡の試合の感想をそれぞれ話していた。
レグルスさんは俺だけ目立たないよう上手く言葉を操っているように見えたが、それが無意識なのか意識的なのかは定かではない。まぁ、どちらであったとしても彼には感謝だな。
ゲスト出場した俺たち5人は、騒ぎが起きないよう休憩室で観客たちが帰るのを待っていたため、闘技場を出ることができたのは夜の8時過ぎ。
施設の管理をしている人たちが夕食を振舞ってくれたし、迅雷の軌跡やセラと話をしているとあっという間に時間が過ぎていた。
「ふぅー、とりあえず面倒なイベント事は終わったな」
闘技場を出た俺たちは、以前も打ち上げで利用した『バルト』を目指しながら話をしていた。
今日はこれから飲み会だ。といっても、俺とスズは酒を飲まないが。
陽の光は大地の裏側に姿を隠し、代わりに街灯が俺たちの歩く道を照らしてくれる。昼間と違って人の顔は判別しづらいが、それでも俺たちを見てこそこそと話す人はいた。芸能人とかはいつもこういう気分を味わっているのかね。
「面倒なのは認めるが、案外楽しめたんじゃないか? それに、エスアールやセラの実力を示すいい機会だった」
うんうんと頷くシンの横で、スズが不満げな視線を俺に送っていた。
「それにしてもエスアールは私たちを舐めすぎです。僧侶で試合をするなんて想像もしてなかったですよ」
「それでも敵わなかったけどね。エスアールの頭の中がどうなってるのか一度覗いてみたいわ」
「大したもんは詰まってねぇよ……というか職業のこと話すならもう少し小声にしてくれ。周りに聞かれたらどうすんだ」
そう言いながら周囲を見渡してみたが、幸いこちらに注意を向けている人はいなかった。
だが、代わりに変なものを見つけてしまった。
「うわぁ……」
思わず、そんな声を出してしまうぐらい、街の風景に溶け込むことのできていない集団。回れ右をしたい気持ちと、どんな人たちなのか知りたいという好奇心がせめぎあう。
俺たちの進む先にいた集団の一人が『勇者様万歳』と書かれた大きな旗を左右に振りながら、こちらに向かってきているのだ。
規模は10人程度。よく見ると俺を称える旗のほか、『剣聖再来』とか『セラ様最高』なんて書かれた旗を持っている人もいる。いったいなんなんだこの集団は。
徐々に迫る距離。どうやらその集団は全員男のようだ。
「ふふふ、私も有名になったものだ」
なんでお前は嬉しそうなんだよ。俺は恥ずかしくて仕方がないんだが。
迅雷の軌跡はまた俺をバカにして笑うんだろうな――そう思って視線を横に向けると、シンとライカは苦笑しており、なぜかスズが険しい表情をしていた。
スズはその表情を保ったまま、スタスタと足早にその集団たちのもとへ向かう。歩きながら彼女は、まるでポケットからスマートフォンを取りだすような自然な動作で、インベントリから槍を取りだした。
そしてそのまま、先頭にいる男の腹を勢いよく突き刺す。
「――うふんっ」
旗を持った男は抵抗する間もなく、情けない断末魔の悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。旗がカランカランと地面に転がる。
……いったい、何が起こってるんだ?
鋭利になっている穂先ではなく、反対側の石突のほうで突いていたから、出血するような事態にはなっていないようだが、めちゃくちゃ痛そうだぞあの人。
周囲のお仲間は蹲る男を心配するのかと思ったが、直立不動の姿勢でピクリとも動かない。
混乱したまま彼女たちのもとに歩いていると、スズが男たちに向かって怒りに満ちたような声を掛けるのが聞こえた。
「なんですか、あの旗の振り方は。私はあんなだらしない姿を世間に晒せと言った覚えはないですが」
「「「「「申し訳ありませんでしたっ!」」」」」
「声が小さくてよく聞こえませんです」
「「「「「申し訳ありませんでしたぁっ!!」」」」」
いやうるせぇよ。一回目の声でも十分大きかったわ。近所迷惑甚だしいぞお前たち。
というか、スズはいったいなにを言っているんだ? お前、あの人たちのボスなの? あの旗ってスズの入れ知恵なの?
困惑する俺をよそに、仁王立ちをしているスズは呆れたような表情でこちらを振り返ると、
「エスアール、セラさん、こいつらどうするですか?」
そんなことを聞いてくる。
いや知らんがな。なんで俺たちに聞くんだよ。というかその人たち何者だよ。
俺がどう返答しようか迷っていると、セラが何かに気付いた様子で前のめりの姿勢になる。
「あの男……派生上級職の告知があった日に、ギルド前で絡んできたやつじゃないか?」
彼女は目を細め、男の顔を眺めながら言った。
「絡んできたやつって――金魚のフンがどうとか言ってた奴か?」
「うむ。あの泣き顔に見覚えがある」
そう言われてみれば確かに。レグルスさんに吊り上げられていた人に似ている――というか本人っぽいな。
あの時は俺たちをさんざん貶していたのにもかかわらず、彼らは『勇者様万歳』だとか、『セラ様最高』なんて旗を持っている。
もしかして試合直後に観客席で見かけた横断幕もこいつらなのか?
顔は似ていたとしても、行動が正反対すぎて同一人物だとはとても思えないんだが。
「俺は止めたんだがな……少なくともあの旗はちょっと……」
「恥ずかしいわよね……」
俺の隣でシンとライカが申し訳なさそうに言った。そうだね。とても恥ずかしいね。
「そうか? 私は良いと思うが」
ニヤニヤとした表情で『剣聖再来』の旗を目で追いながらセラが言う。嬉しそうでいいですね。
深く、それはもう身体中の空気を絞り出すようにため息を吐いた俺は、スズに向かって「なんなんだよこれは」と問いかけた。
すると彼女はお世辞にも豊満とは言えない胸を張り、自信満々に答える。
「エスアールにもきちんと言ったですよ。私たちが『シメておく』と。バッチリ更生させてやったです」
「俺そのとき『別にいい』って言ったよなぁ! というかどうみても更生とかいうレベルじゃないだろ! もはや別人だわ!」
スズは『私たち』なんて言葉を使ったが、シンたちの反応を見ればわかる。絶対こいつ独断専行しただろ!
「舐めた態度の探索者に慈悲はないですよエスアール。我ながらいい仕事をしたです」
むふぅ――と、鼻息を強く吐きながら彼女は言う。
それからスズは探索者集団に向かって顎をしゃくり『あっち行け』のジェスチャー。
不幸にもスズによって綺麗にされてしまった男たちは、俺やセラにぺこぺこと頭を下げながら、夜の街に消えていった。
スズは敵に回さないようにしよう。
俺はこの日、そう深く心に刻んだのであった。




