57 派生二次職VS〇〇
持っていた槍を空に向かって放り投げ、両手を身体の後ろに隠した状態でスズが走ってきた。
「これならどうですっ!」
俺との距離が5メートルほどになったところで、彼女は赤く輝く右手を俺に向かって勢いよく伸ばす。
彼女の手から放たれたのは、一次職である魔法士のスキル――射出魔法だ。
VRMMOテンペスト同様、この世界の魔法は長ったらしい呪文を詠唱する必要もなければ、魔法陣を描く必要もない。
ただ、念じるだけ――それだけで魔法は発動する。
魔法を使うためには3秒ほどの『溜め』の時間を必要とし、射出するまでの間は手が光り続けてしまうので、詠唱や魔法陣は無いが、虚をつくことが難しい仕様だ。彼女は俺に直前まで魔法を悟らせないために、自身の手を身体で隠したのだろう。だが――、
「それはちびっ子でも思いつくレベルだぞ」
ランキング戦でも使われるような、便利な技だけどな。
俺はバックステップしながら、時速100キロ近いスピードで迫るテニスボールサイズの火魔法を、剣で空に弾いた。
現実世界の俺の目では間違いなく対処できないだろうが、この世界での俺の目をもってすれば、その難易度はトスバッティングに近いレベルにまで下がる。
「――っち」
俺の上空で舌打ちをしたのはシン。
彼はスズの投げた槍を空中で掴み、俺へと投げようとしているところだった。飛んできた火魔法に対処する必要ができてしまい、その攻撃は不発に終わる。
自由落下するシンの真下へ移動した俺は、槍をシンからパスされたスズと、俺の隙を窺うライカを視線で牽制しつつ、シンが空から振り下ろしてきた剣を躱しながら彼の後ろへと素早く回り込む。
シンが着地すると同時、体勢を整えさせる間も与えず彼の襟元を掴むと、足を払ってからライカへ向かって全力で投げつけた。
「――きゃっ」
身体全体を使ってシンを受け止めたライカは、女性らしい声を漏らしてから尻もちをつく。「悪い」と謝罪をするシンと「気にしないで」と即座に立ち上がるライカ。
迅雷の軌跡はまだ諦めていない。俺に勝つための方法を模索しているようだ。
彼らの前向きな姿勢を俺は高く評価したい。どうか最後まで喰らいついてきてくれよ。
10分、20分――30分と時間が過ぎていく。
俺の中では、迅雷の軌跡は王道的――綺麗な戦いをするイメージだったのだが、実に泥くさい戦いを披露してくれた。貶しているわけじゃない、褒めているんだ。
勝つために手段を択ばず、あらゆる手を使って勝利を目指すその姿は、とても好感が持てる。
俺が彼らに与えたダメージは、スズが隙を見てヒールで癒しているが、疲労は確実に蓄積していっているはず。
だが、彼らの動きは鈍くなるどころか、徐々に洗練されてきていた。
「戦いの中で強くなるとか、どこの主人公だよ……」
だとすると俺は悪役ポジションだな。完全に舐めてかかっていたし、そうなっても仕方がないと自分でも思う。
幻影剣を使い俺に切りかかってきたシンとつばぜり合いをしていると、彼は力んだ声で言った。
「お前さんっ、目立ちたくなかったんじゃ、ないのか? かなり手遅れな気も、するが」
俺もシンと同じく腕に全力の力を注いでいるので、プルプルと震える声で返答する。
「わす、れてた」
「だと思っ、た」
ぐっと力を籠められ、俺は耐え切れず後ろに下がる。そのままバックステップして、シンと距離をとった。
シンの後方では、ライカが俺の掌底によって受けたダメージをスズに治癒してもらっている。
さて、どう決着をつけようか。
単純にシンたちの攻撃に耐えればいいと考えていたが、よくよく考えるとそれじゃ試合終わらないよな。
勝つのも問題だし、負けるのは嫌だ。引き分けというのが一番ベストな形なんだけどなぁ……4人そろって場外に落ちるというのも難しそうだし、どうしたものか。
自分の計画の甘さを実感していると、野太い「ストップ! ストップだお前ら!」という声が掛かった。審判を務めるレグルスさんが、ドスドスと足音をたてながらこちらへ歩いてくる。
「いったいいつまでやるつもりだ!? もう2時間近くやってるぞお前たち!」
「え……? そんなにやってました?」
「気付かなかったな。1時間かそこらだと思ったが」
俺とシンは剣を下ろし、眉間にしわを寄せたレグルスさんに目を向ける。
「勝負がつきそうなら俺も止めんが、全くその気配がない。お前ら、終わらせる気ないだろ? それに王族の方々をいつまでもこの場に引き留めておくわけにはいかん」
後半の言葉はボソッと俺たちだけに聞こえるように言った。
確かに、それは一理ある。こういう戦いを見るのが好きな人がいれば、つまらないと感じる人も中にはいるはずだ。早く終われと願っていた人もいるに違いない。そのタイプの人が王族の中にいたらと考えると――やめた、考えないようにしよう。
「どうしたですか?」
「何かあったの?」
レグルスさんが割り込んできたことで、試合が中断したためライカとスズが不思議そうな表情で歩み寄ってきた。シンが「試合が長すぎるんだとよ」と答える。
「そういうことだ――時間制限により、迅雷の軌跡、エスアールの試合は引き分けとするっ!」
レグルスさんは俺たちに断ることなく、会場に響き渡る大声で叫んだ。
いや、ルール説明のとき時間制限の話なんて一度もしてないだろあんた。俺にとっちゃ助かる話だから、異議を唱えるつもりはないが。
試合終了の合図が出された直後、地面を震わせるような大歓声が俺たちに降り注いだ。
何か叫んでいる人たちもいるようだが、色々な声が混じっているため言語としてとらえることができない。だが声の雰囲気から、それは野次ではなく称賛の言葉だろうと予測できた。希望的観測でないことを願う。
周囲に手を振る迅雷の軌跡に合わせ俺も観覧席に向けて手を振った。なんとなくアイドルになった気分である。歓声が大きくなった気がしないでもない。これまた希望的観測でないことを願おう。
というか『勇者様万歳』なんて横断幕が見えるんだが……あんなのいつの間に作ったんだよ……それはさすがに勘弁してくれ。恥ずかしすぎる。
「エスアール、ポーション使うですか? 何度か攻撃が当たったですし、必要ならヒールもするですよ」
鳴りやまぬ歓声の中、スズが俺の近くに寄ってきてそんな優しい言葉を掛けてくれる。対戦相手とこんなやりとりができるのも、いい試合だったからこそだな。だが、その心遣いは不要だ。
「ありがとな。でも、これぐらいなら自分でできるから問題ないぞ」
俺は彼女の提案を断ると、身体の痛む場所に手を当ててヒールを発動。柔らかい光が患部を包み、痛みをやわらげていく。
じんわりと温かい自分の魔法にうっとりしていると、シンと目が合った。
眉間にしわを寄せて目と口を大きく開けており、少なくともイケメンがするべきではない類のものだった。
「お、お前さん、ヒールって――」
「ね、ねぇエスアール、あなた、今の職業は? 私たちは、なんの職業と戦っていたの?」
シンに続き、震えるような声でライカが問いかけてくる。
そういえば俺がなんの職業で試合をしていたのか、まだ話していなかったな。どうせ後から言うつもりだったが、ここで話したとしても観客は気づくまい。
俺はメニュー画面を表示して、彼らに見えるような向きになるよう身体を動かす。
「俺、僧侶だぞ」
一次職で、回復専門の職業。ヒールだけが取り柄の完全な後衛職である。
ウィンドウをみた迅雷の軌跡は、コテ――という効果音が似合いそうな様子で、その場にへたり込んだ。
俺といい勝負ができていると思ったのか? 残念ながらその考えは甘いぞ。
少なくとも今はまだ、俺は彼らより強い。遥か格上とは言わないが、ハンデを付けて戦っても負けないぐらいには上にいる。
いつか攻撃職に就いた俺と互角の戦いができるように、彼らにはどんどん上を目指してもらいたいものだな。




