56 王国トップの力
「こうしてお前さんと向き合うと、なんだか不思議な気分だ」
「新鮮だな。並んで戦うことはあっても、ちゃんとした模擬戦をしたことなかったし」
俺と迅雷の軌跡は、ざわつく観客を無視して会話をする。
騎士団によるパーティ戦のあと、迅雷の軌跡が優勝パーティと戦うのかと思っていたが、俺が試合をすることになったため、その試合は省略されたらしい。
騎士団の優勝者は迅雷の軌跡と戦いたくなかったのだろうか――、
俺がその機会を奪ってしまったのではないだろうか――、
と少々不安になったが、シンが言うには騎士団の人たちはむしろ迅雷の軌跡と戦わずに済んで安堵しているらしい。
彼らの強さは国中が認めているんだな――と、俺は改めて実感した。
「対人戦は得意なのか?」
「魔物相手に比べるとやりづらいが、その分考えることが多くて面白い――って感じだな。そっちはどうだ?」
「似たようなもんだ。ただ、魔物じゃなくて人間一人を相手にするのは初めてだからな……」
「エスアールは魔物と同列で大丈夫だと思うです」
「俺は魔物じゃないっての!」
憤慨する俺をよそに、スズはペロリと舌を出してから「冗談です」と言った。
それ、本当に冗談なんだよな? 本気で言ってないよな?
そんな他愛のない会話を繰り広げていると、大きくため息を吐きながら審判のハg――レグルスさんがやってきた。
「お前たちに緊張ってもんはないのか? 王族の方々が見てるんだぞ?」
「特に緊張はしてないですねぇ」
面と向かって話せ――と言われるとさすがに緊張するが、試合を観戦されるからといって萎縮するようなことはない。
なにせテンペストのゲームをやってた時なんて、闘技場にいる人だけじゃなく中継映像でも試合の様子が流れるから、見られている人数が桁違いだ。この程度で身体が強張るようではランキング上位にはなれない。
レグルスさんはやれやれ――といった様子で、陛下たちが座っている場所に視線を一瞬だけ向けた。
俺も彼の視線につられて、豪華な客席のほうに顔を向ける。陛下やディーノ様の姿はすぐに見つけることができたが、パーティメンバーであるお転婆王女様の姿がない。
どこだどこだと視線を彷徨わせていると、セラの隣に行儀よく座っているのを発見。俺が午前中に座っていた場所だ。セラが一人になってしまうから、フェノンさんが気を使ってくれたのかもしれない。
王族たちを含め、観客たちの視線は主に俺へと集中している――ような気がする。距離があるからはっきりとは言えないが、客観的に考えて『勇者』の称号を持つ人物が飛び入りのような形で迅雷の軌跡と試合をすることになったのだ。注目を浴びてしまうのも仕方がないだろう。
この試合を機に『勇者ってこんな感じの奴なのか、へぇー』と、正体不明の人物という状態を改善しつつ、適度に強さを示すことが今回の俺の目標だ。
「とりあえず、全力でかかってきてくれ。何かあってもエリクサーがあるから大丈夫だ」
「言われなくともそのつもりだ。お前さんが強いのは知っているが、あまり甘く見てると痛い目にあうぞ?」
「私たちだって成長してるんだからね」
「その余裕、いつまで保っていられるのか楽しみです」
おーおー。いい感じに高ぶってきているじゃないか。楽しみだなまったく。
俺はBランクダンジョンのボスを単独で討伐している。
つまり彼らは、サイクロプスよりも強い敵を相手にしなければならないわけだ。
だというのに、シンたちの表情からは諦めや怯えなど、負の感情が一切感じられない。嬉しいことだが、不思議だ。
「レグルスさん、早く試合を始めましょう」
「お前たちが話し終わるの待ってたんだが……」
「細かいことを気にする男はモテないわよ」
「俺は妻子持ちだ! もういいからさっさと距離をとれ!」
「「「「はーい」」」」
俺たち4人が揃って返事をすると、レグルスさんはひっそりとため息を吐いていた。
レグルスさんからルール説明を受け、後は試合開始の合図を待つだけとなった。
彼が『始め』と声を発した瞬間、迅雷の軌跡たちの攻撃が開始されるだろう。
試合が開始される雰囲気を感じとったのか、観客たちの声が徐々に小さくなっていく。やがて、ゆるやかな風の音さえ聞き取れるほど、辺りは静まりかえった。
「一つだけ言っておこう」
20メートルほど離れたところから、シンがやや大きめの声で話しかけてきた。俺は言葉を発することなく、視線で「なんだ?」と問いかける。
「俺たちはお前さんの人柄を信用している。強さを信用している。技術を信用している」
なんか急に褒められたぞ。
いまさら俺をおだててどうするつもりだ?
「格下として挑む俺たちが、お前さんが今まで見てきた俺たちと一緒だと思うなよ?」
「……? わかった」
何言ってんだこいつ? よくわからんが、とりあえず頷いておこう。
俺とシンは剣を、ライカは拳を、少し下がったところでスズが槍を構えている。
息を大きく吸い込み、レグルスさんの胸が膨れ上がる。その動作が視界の隅に映ると、自然と剣を持つ手に力が入った。
そして――、
「――始めっ!」
武闘大会のトリを飾る、エキシビションマッチが始まった。
合図と同時、シンとライカが並んでこちらに向かって駆け出してくる。
やはり2人が前衛で、スズが遊撃の役割を果たすらしい。
シンが真っ先に飛び込んでくると思っていたが、最初に俺へと攻撃を仕掛けたのはライカのほうだった。
「はあっ!」
かけ声と共に、彼女は俺の喉元目がけて拳を放つ。
彼女の動きからは、きちんとレベルが上がりステータスが上昇していることが見て取れた。
「いいね」
単純だが、無駄のない良い動きだ。
ライカの攻撃を半身になって躱し、その腕を掴む。
そして刃の潰れた剣で彼女の足を払おうと、腕を交差させると、ライカがその場で飛んだ。
足払いを察知したのか? やるじゃないか。
そんな上から目線の感想を頭に思い浮かべていると、彼女は俺が掴んだ腕を、もう片方の腕で握ると空中でハリネズミのように丸まり、そのまま地面に落下。
「――うぉっ」
そんなことをされてしまえば、当然俺はバランスを崩して前のめりになってしまう。魔物相手だったら背中を攻撃されて死んでしまうだろうが、これは試合――それにパーティ戦だ。
俺がライカに対処するよりも早く――スズが飛び込んできた。
「ぬるいですよ。そんなものですか」
彼女の身体は赤く発光している――賢者のスキルである『身体強化』を使用しているようだ。
このスキルは常時魔力を消費する代わりに、STR、VIT、AGIのステータスが上昇するスキルだ。DからCに上がるといったような激しい上昇ではないものの、無視することのできない強化である。
彼女は俺の腰に向かって槍を突き刺そうとしてくる。回避しづらい場所を迷いなく狙ってくるのは、さすがとしか言いようがないな。
攻撃が当たったところで、剣と同じく先が潰れているから刺さらずに青あざができるぐらいなんだが。
スズの攻撃を右手に持った剣で弾くと同時、俺は彼女の腹に向かって蹴りを放った。
「――ぐぅっ」
うめき声を上げながら、スズが数メートル転がる。そこまで強く蹴っていないから、大したダメージにはなっていないだろう。こんなところでダウンしてもらっても困る。
攻撃後、地面に足を下ろすよりも先に背後から強い気配を感じた。
素早く身体を反転させると、腕を振り上げた状態のシンの姿。
「このスキル、どうせ知ってるんだろ」
そう言う彼の手の中には、武器はない――いや、見えていないだけだろう。
武闘剣士のレベル40で取得できるスキル『幻影剣』は、一時的に自身の持つ武器を透明化することができるからな。
彼は不可視の剣を俺に向かって振り下ろしてきた。剣は見えないが、腕の動きさえ見ることができれば、その軌道を予測するなど実に容易い。
俺はシンの攻撃を、自身の持つ剣で受け止め――られなかった。
「――は?」
彼の攻撃は文字通り素通り。俺の剣に一切の振動を与えることなく、彼の手は振り下ろされた。
――まさか、幻影剣を使っていると見せかけて、実は本当に剣を持っていなかった……?
本当に一瞬だけ、俺は意味がわからず呆然としてしまった。
その隙はまさに致命的。
「あまり迅雷の軌跡を舐めないことね」
そのセリフと共に、腹に鋭い衝撃。見なくてもわかる、これは剣で腹を殴られたのだ。しかも攻撃をしてきたのは、剣が苦手だと言っていたライカである。
彼女は地面に背をつけた体勢だったため、本気で剣を振るおうともそこまで大したダメージではない。
だが、目の覚める一撃だった。
俺はすぐにライカの肩を踏みつけ、なんとか拘束から抜け出すと、素早く彼らから距離をとった。
ライカの言う通り、俺は彼らのことを舐めていた。
「こりゃ認識を改める必要があるな……」
迅雷の軌跡は魔物と相対しているときと、全く違う動きをしている。
考えてみれば当然だ。ダンジョンで探索するとき、負けるということはそのまま死を意味する。つまり安全マージンを十分にとらなければならない。
試合前にシンが言っていた意味を、ようやく理解することができた。
『技術を信用している』
つまり、この試合で彼らの身の安全を保障するのは、ほかならぬ対戦相手の俺の仕事ということか。
俺ならば誤って大けがをさせるようなことはないと信用して、全力で挑んできてくれているのだろう。話術を使ったフェイクまで織り交ぜて、俺を倒そうとしてきている。
嬉しいことだ。
約束してくれたセラに続き、迅雷の軌跡たちも俺を信用すると言ってくれている。
「盛り上がってきたな」
期待には応えてあげたくなるのが、人間ってもんだろう?




