55 エスアールの想い
騎士団による試合という名の演武と、セラの実力を世に知らしめることになった個人戦が終了した。闘技場の盛り上がりとしては、この後に試合をする人たちが億劫になるレベルとでも言っておこうか。
この武闘大会の最後を締めくくる試合に出場する俺の作戦としては、セラと同じぐらいの強さで戦うつもりだ。
セラと強さの種類は違うが、迅雷の軌跡たちの猛攻を防ぐことができれば適度に実力を示すことができるし、一人だけ突出して目立つこともあるまい。
このあとの予定として、2時間という長すぎる昼食休憩を挟んでから、いよいよ俺や迅雷の軌跡が出場するパーティ戦となっている。
時間を持て余すことは明白なので、俺やセラは王城敷地内の自宅へと一旦帰ることにした。
闘技場から自宅までの距離としては、馬車で15分ほど。
王都は広いが、王城が街の中心部に位置しているため、どの場所に行くにもあまり時間を必要としないのがありがたい。
迅雷の軌跡も誘ったのだが、彼らは妹に完全敗北してしまったレイさんを慰めるべく闘技場に残るらしい。
シンは特にレイさんと仲が良いみたいだったし、もしかしたら一緒に食事を摂るつもりなのかもな。
代わりと言ってはなんだが、陛下など他の王族たちを放ったらかしにしたフェノンさんが俺たちの前に変装した姿で現れた。困った表情を浮かべるシリーさんもセットである。
王女様は本当に自由だな。周りを気にしている俺からすると、彼女の堂々とした生き方は眩しく見える。見習いたいものだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「んー! セラの作る炒飯はいつ食べても絶品ね!」
「あまり時間がないからな、簡単な料理にさせてもらった。手抜きですまないな」
「手抜きって言うけどな、かなり美味いぞこれ」
マジで美味い。めっちゃ美味い。ラーメン屋に是非とも『セラチャーハン』のメニューを追加してほしいぐらいだ。
ラーメン屋がこの世界にないというのが唯一にして最大の問題である。
「本来ならば私がご用意しなければならないのですが……すみません。美味しいですセラ様」
王城の犬小屋――いや、俺の家か。
結局いつものパーティメンバーが勢ぞろいし、レーナスの街で食事をする時と同じようになった。
ここのところこの4人で食事をすることが多かったため、なんとなく落ち着く。家族の団らんに近い和やかな雰囲気だ。
もう試合に行かなくていいんじゃないか? もうこのまま風呂に入って寝ようぜ――なんて言いたい気持ちにもなるが、そうはいかないよなぁ。あー、ダンジョンに潜りてぇ。
「エスアール様の試合、楽しみです。応援してますね」
試合が始まる30分前に家を出ることにして、食事を終えた俺たちはティータイムを取ることにした。俺の隣にセラ、向かいにフェノンさんとシリーさんといういつもの配置である。
「ありがとうございます。ただ、本気で戦うわけじゃないですし、いつも俺の戦いを見ているフェノンさんからすると、物足りないかもしれませんよ?」
ダンジョンの魔物を相手に戦う時は、素早く倒すことを心掛けているからな。少なくとも観客が大勢いる前でやる戦い方ではないだろう。
「そんなことありませんわ! エスアール様が動いているだけで、見ごたえはバッチリです! 満足です!」
動いているだけで満足って――俺はアイドルかよ!
なんとなくキャーキャーと歓声を上げているフェノンさんを想像してしまい、思わず「ははは……」と乾いた笑いを漏らしてしまう。
「そもそもエスアールが本気で戦うこととなれば、いくら迅雷の軌跡といえど相手をするのは難しいだろう。シンたちも強くなっているとはいえ、同じようにエスアールもレベルが上がっているわけだし」
「全員の攻撃をしのぎきればいい話なんだが……完全に防ぎきるのも問題だろうし、シンたちが強くなっていてギリギリの戦いになるのが理想だな」
「それはそれで大変そうですね……でも、エスアール様ならきっと大丈夫ですよ」
「ありがとうございます、シリーさん。できるだけやってみます」
迅雷の軌跡と打ち合わせをして、騎士団が見せたような演武をするという手もあるが、それはさすがにつまらない。楽しくない。面白くない。
俺は目立ちたくないと言っても、それが原因で何かを諦めたり、自分のやりたいことを我慢したくないのだ。
そんな性格だから、こうして称号を貰ってしまったり、武闘大会にでる派目になってしまっているのだろうけど……うん、自業自得だわ。
もし俺が本気で望むなら、名前を偽り、髪型や髪色を変えてこの国から抜け出して静かに暮らすことも可能であろう。
そうしないのは、俺がこの国を好きであり、セラたちと共に過ごす日々を失いたくないからだ。言ってしまえば、『あれも嫌だ、これも嫌だ』という俺のわがままである。
「どんな試合になるのか楽しみだな……3対1の試合などそうそう見る機会はないし、それが王国トップたちの戦いともなると尚更だ」
セラは腕を組み、視線を斜め上に向けながらそう言った。俺と迅雷の軌跡の戦いを想像しているのだろうか。
「楽しみなのは俺も同じだ。あいつらのレベルはだいたいわかるが、職業やスキルが変われば戦い方も自ずと変わるだろう。どんな風に連携してくるつもりなんだろうなぁ」
俺も彼女と同じポーズで、迅雷の軌跡との試合を予想する。
そうしていると、シリーさんが若干言いにくそうにしながらも「あの」と声を掛けてきた。
「エスアール様は不安になることはないのですか? 貴方様が強いのは知っていますが、相手は迅雷の軌跡の方々ですし……」
「彼らがどれだけ強くなっていようと、絶対に負けるつもりはないですから」
観客たちにどのような反応をされるかという不安はあるけどな。
万が一負けるようなことがあれば、俺は泣きながら王都を旅立つかもしれん。その時はセラたちを無理やりにでも連れていこう。
「どうなるんだろうなぁ」
誰に話しかけるでもなく、俺はぼんやりと呟いた。
迅雷の軌跡がどのようにして俺に挑んでくるつもりなのか楽しみで仕方がない。
はたして彼らはどんな作戦を組み立て、どのようにして俺を倒そうとしてくるのだろうか。
俺はゲーム時代のランキング戦のおかげで、大勢の観客の前で戦うことには慣れている。
そして迅雷の軌跡もこういった場は初めてではないだろうから、人前だからといってガチガチになるということもないはずだ。
全力で、そして死ぬ気で――むしろ殺す気で。
挑んできてほしいものだな。




