54 女の敵?
セラとレイさんの試合が終わったあと、闘技場はしばらくのあいだ熱気に包まれていた。
闘技場の外にも響くような『剣聖! 剣聖!』というセラを称える叫び声。
シンから聞いた話では、遥か昔にBランクダンジョンを踏破したメンバーの一人が、当時の国王様に『剣聖』という称号を与えられたらしい。どうやら観客たちは、セラをその剣聖様の再来として見ているようだ。
俺はというと、その剣聖コールを聞いて……顔が引きつるのを必死に堪えながら、静かにパチパチと拍手をしていた。
だって剣聖の称号ってなぁ……ソレをもらってもなぁ。うわ、セラが落ち込む姿が容易に想像できるわ。慰める方法を考えとこう。もしくはセラに『剣聖』の称号が与えられないよう、フェノンさんに頼んでおこうか。
俺は盛り上がる観客たちとは対照的に、一人大きなため息を漏らした。
「セラのやつ、しっかり強くなってたな……」
歓声が落ち着いてきた頃、誰もいなくなったステージに目を向けながら、シンが感心するように言った。
「まぁな。シンたちも技術的な部分は知らないが、十分強くなっているぞ」
「んなことわかってるよ。強くなってなきゃ3人でBランクダンジョンなんて踏破できてない――が、セラに追い抜かれるのも時間の問題だろうな」
そう自嘲気味に言ったシンの背中を、少し強めにスズが叩いた――いや、殴ったのか? 結構重たい音がしたぞ?
ぐあ――と肺の空気を無理やり押し出されたような声を上げたシンに向かって、スズが説教をするかのように言う。
「セラさんが成長する分、私たちも強くなればいいだけです。リーダーがそんなに弱気でどうするですか」
「わかってるよ――だがセラといいエスアールといい、最近周りに強いやつが多くて……これでまだ王国ナンバーワンのパーティなんて呼ばれていいのかどうか――」
「エスアールと比べちゃダメよ。彼は化け物だから」
「ですです。彼は異常者ですから、気にするだけ時間の無駄です。彼がいるパーティも同様です」
「まぁそうなんだが」
「おいこらそこ! 俺の隣で何言ってやがる! 全部聞こえてるんだからなっ!」
俺がそう注意すると、迅雷の軌跡の3人はそろって俺からスッと目を逸らした。息ピッタリだなお前ら!
その後、シンは大して悪びれた様子もなく「悪い悪い」と言い、ソファに背を預けてから空を見上げる。俺も釣られて空を見上げた。まさに快晴――雲ひとつない青空だ。
「この後に俺たち試合があるのか……絶対に観客たちの期待度が上がってるぞ」
「ですです」
「手抜きはできないわね……」
まぁ……それはそうだろうな。
セラもそこそこ探索者として名が知れるようになったとはいえ、シンたちのほうが圧倒的に実力があることを知られている。他の探索者たちが迅雷の軌跡たちに向ける尊敬の眼差しを見れば、誰でもわかることだ。
セラが特別強い探索者だったと思う人物も中にはいるだろうが、それはおそらく少数派。
普通に考えれば、ネームバリューのある迅雷の軌跡たちのほうが強いと考えるだろうからな。
「ま、なるようになるだろ。それにシンたちの実力が観客の期待外れだったとしても、別に困らないだろ? それで国を追放されるわけじゃあるまいし」
「俺たちが無名の探索者だったら別に気にしないんだがなぁ」
「有名になった分、悪い噂もあっという間に広まるです」
「あぁ……それは確かに」
こういう余計なことを考えないといけないから、目立つってのはやっぱり面倒なんだよ。
もう取り返しのつかないところまできてしまった気もするが、俺は極力目立たないようにするスタンスを崩さないようにしよう。
手遅れじゃないと願うしかない。
迅雷の軌跡たちとそんな会話をしていると、試合を終えたセラが戻ってきた。
表情は満面の笑み。スキップでもしてるかのような軽い足取りだ。
「師匠! 勝ったぞ!」
まず第一に、彼女は俺に向かって勝利の報告をしてくれた。
試合見てたからそれぐらいわかってるっての。
「おう、おめでとう――あと師匠呼びはもう終わりだぞ。前の呼び方に戻してくれ」
そもそも元は『ダンジョン内だけ』って話だったんだが、まぁ今更指摘する必要もないだろ。俺も今のいままで忘れてたし。
それに、彼女は後でひどく落ち込むことになるだろうから、今はできる限り優しくしてあげよう。
「そうだったな――世話になったエスアール。だが、これからも指導はしてくれると嬉しい」
「おう。どんどん強くしてやるよ」
「頼んだ」
ニコニコ顔で頷いたセラは、ふう――と息を吐きながら俺の隣の席に腰を下ろした。
そのタイミングで、シンから声が掛かる。
「お前さん、随分と強くなってたな。これからさらに強くなるのを想像すると恐ろしいんだが」
「なに、シンたちもエスアールの指導を受ければすぐに強くなる」
「だといいんだがな……お前さんのようにはいかねぇだろうなぁ」
苦笑いするシンを見て、セラはキョトンとした表情で首を傾げる。天才は自分の特異さに気付きにくいものなのかね。
「私は、エスアールから力を貰っていたからな。あんなにすんなり試合が運んだのは、コレのおかげでもある」
そう言いながら、セラは左手の中指に嵌まる指輪を撫でた。
話をしていたシンと、隣で会話を聞いていたスズとライカの視線が一斉に彼女の指輪に集まる。
「……え? お前さんたち、そういう関係だったのか?」
「パーティ内での恋愛はあまりおすすめできないですが――おめでとうです」
「今夜は赤飯ね」
へぇ……この世界には赤飯もあるのか――ってそうじゃなくて!
「違うわっ! 何を勘違いしてるか知らないが、これはすごく貴重な物なんだぞ!」
どうせ迅雷の軌跡には話す予定だったので、俺は多少早口になりつつも、この『器用の指輪』の取得方法からドロップ率、効果に至るまで全てを話した。照れ隠しじゃないからな!
最初はニマニマとまるでのろけ話でも聞いているかのような表情をしていた3人だが、話が進むにつれてだんだんと表情が険しくなっていく。困惑や驚き、呆れ、色々な感情が渦巻いているような表情だ。
「お前さんはまたとんでもないものを……そうか、それが例のドロップ品か」
「別に俺が1から作ったわけじゃない。ボーナスのこともそうだが、指輪だってこの世界に元々あった物だぞ。シンたちが気付かなかっただけだ」
「そりゃそうなんだが……知れて嬉しいような知りたくなかったような……」
何かと葛藤するように頭を抱えるシン。
これから訪れるであろう新たな時代の幕開けでも想像しているのだろうか? まだまだ序の口だぞ。
「良かったらこの指輪使ってみるか? 少しは観客からの見栄えもよくなるだろうし」
「なんだ? セラが付けているやつ以外にもあるのか?」
「まだ集めるつもりだが、今のところはこれ一つだな」
最終的には全ステータス分、つまり6個集める予定だ。どれだけ時間が掛かるのかは神のみぞ知るってやつだな。運だし。
「つまり、セラの付けてるそれのことか……?」
「? そうだって言ってるだろ」
俺が答えると、迅雷の軌跡の3人は「うわぁ」と残念なモノを見るような視線を向けてくる。特に女性陣の表情がやばい。あれは黒光りする例のアイツ――Gに向ける嫌悪の目つきだ。
セラはというと、まるで子供が駄々をこねるかのように首をブンブンと横に振りながら、自分の左手を抱え込んでいる。絶対に指輪を渡さないという意思表示なのだろうか。
別にシンたちにあげるわけでもなければ、後からいくらでも同じものが取得できるというのに、なぜそこまでその指輪にこだわるのか。
所有欲? わからんな。
「……指輪は別にいい、あと、そいつはセラから取り上げてやるな」
「いや、別に取り上げるつもりは――」
「貸すのもダメです」
「そもそもセラにあげたのなら、エスアールが勝手に貸すなんて決めたらダメでしょ」
この指輪はセラの持ち物であると同時に、パーティの物という認識だったんだよ……もちろん、そんな反論できる雰囲気ではないが。
女性陣の鋭い剣幕に若干後ずさりすると、隣に座るセラにぶつかった。謝ろうとして俺が振り向くと――、
「この指輪は私のだ……」
ムスッとした表情で唇を尖らせるセラがいた。そんな表情をするほどこの指輪を手放したくないのかね。
「わかったよ……もう貸せなんて言わないから、元気だせ」
「うむ……元気だす」
まるでおもちゃを取り上げられそうになっている子供みたいだ。22歳とは思えない。
まぁ、彼女のそんなところも俺は気に入っているんだが。




