51 不安
リンデール王都にある闘技場。
この場所にはダンジョンの次ぐらいよく足を運んでいた。もちろん、ゲーム時代の話だけども。
見た目はあまり変わっていないから、新鮮味は感じられない。
すり鉢状になった観客席の中心に、直径50メートルほどの石畳で整えられた円形のステージがある。このローマのコロッセオによく似た形は、もはやゲームで登場する闘技場の定番といっていいだろう。
数万人の観客を収容できるであろうその闘技場は、もちろんPVPが主な使用目的だ。
今回のように、観客に披露する目的で使用するようなことは、俺がゲームをしているときでは無かったことだ。イベントの開催の告知などでは運営に使用されていたこともあるが、その時は無観客だったし。
観客として俺が闘技場に来たことは、おそらく2、3回ぐらいしかない。
なぜなら、テンペストのゲームをしている時は、メニュー画面からPVPの中継映像を見ることができたからだ。残念ながらその機能は現在使用できなくなっているが、やはりその場で見たほうがより臨場感を味わえるだろう。
俺は人混みが嫌であまり直で観戦はしていなかったが、他のプレイヤーたちは中継映像派のほうが少なかった気がする。
本当、懐かしいなぁ……闘技場に来るのは数ヶ月ぶりか?
最後のPVPランキングは、確か9位だったはず。
「あの魔法に気を取られなかったら勝ってたのに……」
試合を思い出したらムカムカしてきた。
ハンデがあったとはいえ、負けは負けだ。悔しすぎる。
「どうした師匠?」
「……あぁ、すまん。独り言だ」
俺の返答に隣に座るセラは訝しげな表情で首を傾げるが、追及するつもりはないらしく、視線を試合会場へと戻した。
ちなみにこの9位。
個人戦はつまらなくて出場しなくなっていたから、これはパーティ戦での順位だ。
パーティ戦での上限は、ダンジョンと同じく5人。
だが、下限は決められていなかったから、俺はいつも1人で出場していた。ハラハラする戦いがたまらなく好きなのだ。
勝ちがほぼ確定している個人戦よりは、パーティ戦のほうが断然楽しい。
朝早い時間に迅雷の軌跡、セラと一緒に闘技場へ行き、打ち合わせをしていたレグルスさんとディーノ様に俺が出場する旨を伝えている。
2人は喜んで受け入れてくれたので、後は出番がくるまでのんびり試合を観戦するだけとなった。
「思ったより本気でやってるなぁ。いいじゃないか」
「そりゃまぁ、お披露目とはいえ、これだけ大勢の前で負けたくはないだろ」
「その気持ちはわかる。俺も負けたら死にたくなるし」
思わず何度も頷く。あの気持ちは味わいたくないもんな。
「そこまでかよ……」
「師匠は負けず嫌いだからな」
「セラも人のこと言えないだろ!」
現在俺の左隣にはセラ、右隣には迅雷の軌跡が座っている。
俺たちがいるのはすり鉢状になった観客席の中腹あたり。通常の座席とは違ってフカフカのソファー席であり、試合が行われるステージが一番見やすい場所だ。
近くにはフェノンさんや陛下などの王家の方々がいるが、周囲に他の観戦者はいない。おそらく安全上の問題だろうけど、俺たちのことは警戒していないみたいだ。
しかし王族はわかるが、満員御礼のこの闘技場で俺たちまでこんな特別扱いされていいものなのかね。
称号やBランクダンジョン踏破というのが、俺の想像以上に特別なことなのかもしれない。
「……もうすぐセラの出番だな。優勝はやっぱりレイだったか」
試合をぼんやりと眺めながら、シンが言う。
午前中に個人戦があり、午後からパーティ戦。
現在ステージでは、騎士団長とセラの兄であるレイさんが決勝戦を行なっている。騎士団長も中々やるが、レイさんのほうが優勢だ。
ちなみに両者とも武闘剣士へと転職しているらしい。時間が足りなかったからか、2人ともレベルは20以下だそうだ。
しかし、やはりセラのお兄さんだなぁ。
俺に模擬戦を挑んだころのセラを思い出させるような戦い方だ。つまり、セラは彼から技量を吸収しながら育ってきたわけだ。
筋骨隆々――とまではいわないが、鍛えられていることが遠目で見てもハッキリとわかる。セラと同じ真っ赤な髪は、襟足が肩の辺りまであるウルフヘアーとなっており、顔つきもその髪型がよく似合う肉食獣のようなものだ。
「やはり……レイ兄さんは強いな」
決着しかけている試合を見て、セラが小さな声で呟く。
もし自分の試合を客観的に見たら、驚きで目玉が飛び出しそうだな。それぐらい彼女は成長している。
「自信を持つです。エスアールに鍛えられたセラさんはきっと強くなってるです」
「そうよ。それも、とんでもないレベルでね」
女性陣から励ましの言葉を掛けられたセラは、ぎこちなく顎を引く。
彼女たちの言う通り、心配せずともセラが兄をボコボコにするだけだと思うがね。
というか――、
「スズたちは実際にセラの成長を見たわけじゃないだろ? なんでそんなに自信満々に言うんだ?」
「「エスアールが師匠だから」」
「答えになってないだろ!」
人を異常者扱いすんな!
2人に聞こえるように「はぁ」と、声に出しながら大きなため息を吐くと、その声をかき消すような大きな歓声があがった。
どうやら試合が決着したらしい。
試合会場に目を向けると、そこには剣を杖にして片膝を突く騎士団長と、剣を天に向かって突き上げているレイさんの姿。
迅雷の軌跡やセラの予想通り、優勝者はセラの兄――レイさんのようだ。
「ほら、出番だぞ」
ポン、と軽く背中を叩く。
女性相手に少し馴れ馴れしいだろうか――と思ったが、セラは「う、うむ」と見るからに緊張しており、それどころではないみたいだ。
『それでは今から15分後、個人戦優勝者であるレイ=ベルノート様と、Bランクダンジョン踏破者――セラ=ベルノート様の試合を行います』
拡声器の魔道具を使い、試合の進行をしていた女性が言った。
王国主催だけあって、やはりどこか口調が堅苦しい。出場者が騎士団のみってのも、観戦している探索者たちが騒がしくない要因の一つだろうけど。
それでも、セラは探索者として活動していたためか、その名を聞いた観客たちは一斉にざわつき始めた。
よほどこの試合を楽しみにしていたのか、それとも兄妹での試合ということに驚いているのか――理由は定かではない。
どこからか『セラ様ぁーっ!』なんて野太い叫び声も聞こえてきた。
あれはきっと探索者の誰かだろうな。声に聞き覚えがある気がする。
ゆっくりとソファから立ち上がったセラは、大きな深呼吸を一つ。
シン、スズ、ライカ、そして俺。それぞれに視線を向けてから、ゆっくりとした動作で頷いた。
「行ってくる」
そう言って彼女は、中央ステージに繋がっている裏通路へ向かって歩き出した。
勝利したことのない対戦相手であるために、きっと弱気になってしまっているのだろう――やや猫背ぎみになってしまっているセラの背中に向かって、俺たち観戦側はエールを送った。
「おう、気楽にな!」
「レイなんかに負けるんじゃねぇぞ」
「セラさんなら大丈夫です」
「頑張ってね、応援してるわ」
はたして、俺たちの声はセラに届いたのだろうか。
……ここ最近のセラが覇気を失っている原因が、レイさんとの間にあったとして、彼女はきちんと実力を発揮できるだろうか。
心配しても、俺たちにできるのはここまでだ。
力量ではセラのほうが上回っているのだから、あとは彼女自身が自分の心に打ち勝てるかどうかだな。
セラの姿は徐々に小さくなっていき、角を曲がって、俺たちの視界から消えていった。




