50 出場者、追加1名
日暮れ前――王都へと無事帰ってきた俺たちは、それぞれの都合により別行動をとることになった。
フェノンさんは陛下に帰還を知らせるため、シリーさんとともに王城へ戻り、セラは明日開催される武闘大会の最終打ち合わせということで探索者ギルドへ向かった。
俺も迅雷の軌跡やレグルスさんに一報入れようかと思ったが、どうせ明日顔を合わせるだろうから別に今日じゃなくていいか――という結論に至る。家族や恋人じゃあるまいし『ただいま』、『おかえり』なんてやりとりは不要だろう。
俺はフェノンさんたちと一緒に王城へと向かい、彼女たちはお城へ、俺は敷地内の犬小屋ポジションである我が家へと向かった。
「すげぇな……全然変わってない」
家の扉を開いて、俺は思わずそんな言葉を漏らした。
だいたい長い間家を空けていると、空気が淀んでいたりほこりが足元に積もっていたりするものだが、王城のメイドさんがしっかりと掃除をしてくれていたようで、部屋は一か月前に家を出た時となんら変わりはなかった。
帰宅してすぐに風呂で疲れを癒し、それからコーヒーを淹れ、インベントリに入れていたパンと一緒に胃に収める。大きな家に一人ぼっちだが、こういう寂しげな空気には慣れっこである。咀嚼音が、この部屋の音の全てだ。
そうやってだらだらと過ごしていると、あっという間に窓の外は真っ暗になっていた。
漫画もゲームもないからなぁ……娯楽に乏しい世界だ。いや、ダンジョンがあるこの世界自体、俺にとっちゃ娯楽そのものなのか?
「まぁ楽しんでるけども」
独り言を呟いてからソファでぐぐっと背伸びをしつつ、家に誰もいないのをいいことに俺は「んふぅーっ!」と少し大きめの奇声を上げた。
すると――、
「だ、大丈夫か師匠?」
困惑した表情のセラが、リビングの入り口から声を掛けてきた。
「んへっ――セ、セラっ!? いつの間にっ!? 家に入る時はノックしてくれって言っただろっ!」
「ノックはしたんだが返事が無くてな……」
気まずそうに頬を指で掻くセラ。
本当かよ――と疑いの眼差しを彼女に向けていると、彼女の背後から見慣れた3人組が姿を現した。
「セラはしっかりノックしていたぞ。久しぶりだな、エスアール」
「おかえりです」
「おかえりなさい」
ニヤニヤしながら登場したのは、シン、スズ、ライカ――迅雷の軌跡の面々だった。
俺はしどろもどろになりながらも「お、おう。ただいま」と返し、彼らをとりあえずソファに座らせる。俺の隣には当たり前のようにセラが座った。そこ、お前の定位置なの?
疑ってしまったことを心の中でセラに謝罪してから、俺はソファに背を預けた。
「明日は武闘大会だってのに、何しに来たんだ? 今日は早めに休んでおいたほうがいいんじゃないか?」
俺がそう言うと、シンが笑いながら答える。
「そんな冷たいこと言うなよ。友人が久しぶりに王都に帰ってきたんだ、挨拶ぐらいしないと薄情じゃないか」
それは俺に向かって『薄情者』と言いたいのか? 言いたいんだな?
どうもすいませんでしたぁ!
「それに、お前さんならわかるだろ? 騎士団との試合なんてお遊びみたいなもんだ。そもそも本気でやり合うわけじゃないしな」
「ん? 違うのか?」
「ギルマスから聞いていないのか? 武闘大会は新職業のお披露目が一番の目的だから、どちらかというと演武みたいなもんだぞ。一応試合形式ではあるが」
えぇ……なんだそれ。
そう言えばレグルスさん、そんなことを言っていたような気もするけど、つまらなさそうだな。
全身全霊で臨むような試合が見たかったのに。
詳しく話を聞いてみると、騎士団の人たちは派生二次職の強みである『2つの下級職のスキル』を試合の中で披露するらしい。
下級職のスキルはレベル25とレベル50で取得可能だが、最初に取得するスキルは魔法士の『射出魔法』や、僧侶の『ヒール』を除き、気配察知などの使用しているのかしていないのかわからないパッシブスキルだ。
つまり騎士団の人たちは観客にスキルを披露するため、元々レベル上げをしていた下級職とは別に、もう一つの下級職をレベル50まで上げていることになる。
新職業の告知から僅かな期間しか与えられていないのだから、派生二次職のレベルはまだ低いのだろう。俺たちみたいにBランクダンジョンでレベル上げをしていたとは考えづらいし。
「でもそれは騎士団の人たちの仕事だろ? シンたちはゲストなんだし、本気でやればいいじゃないか」
ボッコボコにしてしまえ。別に騎士団に恨みがあるわけじゃないが。
「弱い者イジメは好きじゃないんでな」
「師匠! 私は本気でやるぞ!」
「セラは手加減しなさい」
俺の言葉に、セラがいじけるように顔を俯かせる。唇を尖らせ、膝の上に人差し指でのの字を書いていた。わかりやすいなほんと。
セラと俺を交互に見て「やっぱりやばいのか」と、よくわからないことを呟いたシンは、俺に視線を固定すると「ギルマスからこんな提案があってな」と話を切り出した。
「セラがゲストとして出場する個人戦のあとに俺たちのパーティ戦があるんだが、そこにエスアールが出場するのはどうかって話が出ている」
「はぁ? 俺が迅雷の軌跡のパーティに混ざるってことか?」
それにいったいなんの意味があるってんだ。
眉を寄せながら問うと、シンはニヤリと笑みを作り、「ちっちっ」と言いながら人差し指を振った。
「俺たちと、エスアール一人の試合だ」
何を言い出すのかと思えば……それはダメなやつだろ。
今回はギルドでやった模擬戦と違って、観客が多そうだし。
「……嫌だよ。目立ちたくない」
俺がそう言うと、シンだけでなくスズやライカもやれやれといった表情で肩を竦める。
「お前さんは目立ちなくないって言うがな、Bランクダンジョンの踏破と称号のせいで『エスアール』の名前はすでに国中に知れ渡っているぞ。それに、称号持ちの顔が世間に知られていないから『どんな奴だ』って逆に噂になってるみたいだ」
「………………言いたいことはわかるが」
転校生の顔が気になるのと同じ原理か? ちょっと違うか。
「大丈夫だって。俺たちは派生上級職のレベルが40を超えてスキルも手に入れたし、観客はお前さんより新スキルのほうに目がいくだろ」
シンとライカは武闘剣士、スズは賢者のレベル上げをしていたはずだ。
ということは取得したスキルは幻影剣と身体強化だな。
幻影剣は一時的に武器を透明にするスキルで、身体強化は効果が持続している間は体がほのかに赤く光る。どちらも観客にはわかりやすいだろう。
シンはセラにチラッと視線を移してから「それにな」と続ける。
「エスアールを尊敬してる身としては、お前さんが周りから『本当は弱いんじゃないか』なんて言われてるのを聞くと、腹が立って仕方がないんだよ。セラもわかるだろ」
声を掛けられたセラは「当たり前だ」と短く返答する。
そうだったのか?
「お前さんなら俺たちの攻撃を凌ぐぐらい、簡単にできるんだろ? それを見れば周囲は納得するしかないはずだ」
……ふむ。
確かに、迅雷の軌跡の攻撃を1人で対応するのは容易いだろう。
この先どうなるかはわからないが、現時点では余裕だ。
これ以上目立ちたくないとは思っていたが、シンが言った通り、すでにかなり目立っている気がしないでもない。現に、他の町からきた探索者やレーナスの受付嬢も知っていたしな。
腕を組んで、少しの間目を閉じて考える。
目立ち過ぎれば、俺の自由が制限されると思っていたが、思い返してみれば王都を出るようにレグルスさんに言われたのは、俺の実力が探索者に知れ渡っていなかったのが原因だ。
……中途半端に目立ってしまったが故に、こんなことになってしまっているのか。
セラを見ると、彼女は懇願するような視線を俺に向けていた。
そんなに俺が弱いと思われるのが嫌なのかね。
「……わかったよ、俺も出る」
最低限、異世界人であることと知識を知りすぎていることさえ隠しておけばいいか。迅雷の軌跡とセラにはいままで以上に目立ってもらいたいものだ。
「「本当かっ!?」」
セラとシンの2人は同時に喜びの声を上げ、スズとライカは俺に向けて好戦的な笑みを浮かべている。
「私たちも強くなったですから、楽しみにしておくといいです」
「上がったのがレベルだけじゃないってこと、証明してあげるわ」
楽しそうでいいですねぇ!
俺もそれぐらい気楽な気持ちで試合に出たかったわ!
試合は『ギリギリ迅雷の軌跡の攻撃を耐えている』みたいな雰囲気を出しておけば、適度に実力を伝えることができるだろう。
手続き等は不要で飛び入りの参加でかまわないようだし、特に準備は必要ないな。身体ひとつあれば俺は十分戦える。
1人だけ『勇者』なんて大それた称号を貰っているのだから、彼ら3人相手に善戦しても不思議はないはずだ。希望的観測なのかもしれないが、そう願うしかあるまい。
あとは試合に夢中になって、武闘大会の場であることを忘れないようにしないとな。気をつけよう。




