48 指輪
ダンジョン探索を終え、公爵邸へと帰宅。
ドラグ様たちは俺たちの帰宅が深夜近いため、先に夕食を済ませてしまっているので、俺たちはパーティメンバーのみで夕食を食べる。
たまにドラグ様が顔を出す日もあるが、だいたい3日に1回程度だ。わざわざ挨拶しにこなくとも、こちらは気にしていないからゆっくり寝ていてほしいんだが。
いつもならばこのあと、男女別に風呂を済ませ、各自割り当てられた寝室へと向かうのだが、今日は普段と少し違う。
俺は風呂へと向かおうとするパーティメンバーを呼び止め、寝室へと案内した。
武闘大会まで残り3日。
連日のダンジョン探索で疲れているとは思うが、どうしても彼女たちに話しておきたいことがあった。
「皆さん早く寝たいとは思いますが、手短に済ませるので、少しだけお時間をください」
3人をソファに座らせてから、俺もベッドに腰掛ける。
さすが公爵家とあって、個室といえどその広さは侮れない。軽く20畳は超えているだろう。
このソファが2つ向かい合っていれば話しやすかったのだが……まぁ、寝室にこれだけ大きなソファがあるだけでも感謝するべきか。
「私たちのことはお気になさらないでください。この中で一番疲れているのはエスアール様なのですから」
「そうですよ。あまりご無理はされないようにしてくださいね」
フェノンさんに続き、シリーさんも俺の体調のことを気遣ってくれる。昔の会社なら考えられないような温かさに、思わず涙腺が緩みそうになった。
一方セラ。
彼女は俺のほうにぐっと顔を近づけており、目を細めて俺の顔を観察しているようだった。
「……クマはできていないし、顔色は悪くないようだな」
どうやら彼女も俺の体調を気にかけてくれたらしい。
さっきまで食事で顔合わせてたんだから、じろじろと見なくたってわかるだろ。相変わらず戦闘面以外では少し抜けている。
「この程度でクマができてたまるかってんだ」
毎日毎日楽しいレベル上げ、しかも睡眠はしっかりと取れている。
派生二次職が告知される前の会議の日々のほうがよっぽどきつかったぞ。
「それなら良かった。あの時の師匠の顔は今でも夢に見るからな」
肩を竦めつつ、セラがそんなことを言ってきた。
彼女が言っているのは、おそらくシンたちと初めて会った日のことだろう。あの時は俺に不信感を抱いていたであろうシンにすら心配されていたからな。
フェノンさんが申し訳なさそうな表情をしていたので、俺はさっさと本題を切り出すことにした。
「今日はこれについてお話しします」
俺はインベントリから例のものを取り出して手のひらの上に乗せる。そして皆に見えるように腕を伸ばした。
「これは……指輪ですか」
「シンプルな見た目ですね」
フェノンさんとシリーさんが、それぞれ感想を述べる。
シリーさんが言ったように、この指輪はあまり特徴的な物ではない。
至って普通のシルバーリングで、米粒よりも小さな宝石が一つだけ埋め込まれているだけだ。
キラリと光るその宝石は、エメラルドとか翡翠のような色合いをしている。
キョトンとした表情をしているセラに向かって、俺はその指輪を山なりに放り投げた。
「――んなっ!? なっ! なっ!」
わたわたと手をせわしなく動かし、セラはなんとか指輪を宙でキャッチすることに成功した。
彼女は一瞬不満そうな視線を俺に向けたあと、手に取った指輪を人差し指と親指で摘み、色々な方向からソレを観察する。
「? この指輪がどうしたんだ? 宝石は確かに綺麗だが、大粒でもないし、リングも普通だ」
確かに、見た目ではわからないだろう。だが、それは良いモノだぞ。
「それは今日二回目のダンジョン探索のとき、ボスがドロップした指輪だ」
「!? ということは、これが師匠が求めていたドロップ品か!?」
「あぁ。運が良かった」
そう。
この指輪こそ俺が欲していた、ドロップ率わずか1パーセントの指輪だ。
指輪は全6種類。それぞれ1パーセントの確率で入手できるため、指輪自体は6パーセントの確率で手に入る。それでも全種揃えるとなると、十分難易度は高い。
セラたちパーティメンバーにも『欲しいドロップ品がある』とは伝えていたので、彼女たちは俺の報告を揃って喜んでくれた。
ただ、この指輪の何が凄いのかはまだ伝えていないので、ただ単に俺の願いが叶ったことを一緒に祝ってくれているような雰囲気である。
夜も遅いし、出し惜しみしてる場合じゃないな。
「その指輪は『器用の指輪』って名前だ。なんの捻りもないネーミングだが、効果は絶大だぞ。その指輪を嵌めるだけで、DEXが一段階上昇するからな」
「……一段階というと――まさか、壁を超えるということか?」
セラが恐る恐るといった様子で問いかけてくる。
この世界の人は、レベル10毎に訪れるステータスの増加のことを『壁を超える』と表現しているようだ。まだ発展途上の研究のようだが、探索者ギルドの中には職業毎にどのステータスが上昇しやすいのか調べている部署もあるらしい。
俺がもし全て教えたら大変なことになりそうだな。
「セラたち風に言えば、そういうことだな。ステータスがダンジョンみたいにアルファベットで示されてるって話はしただろ? それが一段階上がるってことだ」
つまりDならCへ。CならBへと上昇する。
俺自身、覇王ベノム戦でも使用していたし、終盤まで使える超優秀なアイテムだ。この貴重なアイテムがBランクダンジョンで手に入るならば、取りに行かない手はないだろう。
「……それはまた、とんでもない代物ですね。エスアール様、こちらの指輪の個数に制限はないんでしょうか?」
「もちろん、制限はありますよフェノンさん。指輪を付けて効果が得られるのは一つだけです。二つ目以降はただのおしゃれですね」
「そうですか……ですが、一つだけでも十分すぎるぐらいの効果です」
「確かにな。また師匠はとんでもないことを……」
「おいそこ! 俺が悪いことをしてるみたいに言うんじゃない! 指輪やらんぞ!」
「なんだ? この指輪は私へのプレゼントだったのか?」
茶化すようにセラが言ってくる。
「プレゼント――というか、その指輪はドロップ品だからパーティ全員のものだろ」
現在、リーダーとして潜っている俺のインベントリにドロップ品は全て集まっているが、これはパーティの共有財産だ。シリーさんにきちんと取得物はメモしてもらっている。
「……だが、俺としてはセラに使ってほしいと思っている。フェノンさんとシリーさん、俺の独断ですがいいでしょうか? もちろん、お二人の分も入手でき次第お渡ししますので」
俺の言葉にフェノンさんは「エスアール様にお任せします」と笑顔で言い、シリーさんは恐縮した様子で手をブンブンと激しく横に振る。
「――ということだ。武闘大会も近いんだし、それを付けた状態での戦闘に慣れておけよ」
そう言うと、彼女は難しい顔でじっと指輪を見つめる。
つい先ほどまでは『プレゼントか?』なんておどけていたのに、本当に貰えるとなると少なからず葛藤があるようだった。
一分近く指輪を眺めたセラは、ゆっくりと顔を横に振った。
「私は師匠に知識を与えられ、師匠にレベルを上げてもらい、師匠に技術指導をしてもらっている。そのうえ、このような指輪までもらってしまって強くなったとしても、はたしてそれは私の強さなんだろうか? この強さを『実力』と言っていいものなのだろうか?」
俯きながら彼女はしおれたような声でそう言った。
その声を聞くだけでも、彼女の中にある不安がひしひしと伝わってくる。きっとそれを感じたのは俺だけじゃなく、フェノンさんやシリーさんも一緒なんだろう。その証拠に、困ったような視線を彼女に向けている。
俺はため息を吐いてからベッドから立ち上がると、ソファへと歩み寄った。
セラが不思議そうに俺の顔を見上げてくる。
まったく……何を悩んでいるかと思えばそんなことか。
この世界の住人がそのような悩みを抱えるなど、地球で暮らしていた俺からすると滑稽にしか見えない。
俺は彼女の額に、勢いよく手刀を振り下ろした。
「――んぁっ!? な、何をするっ!?」
両手でおでこを押さえて目を潤ませるセラ。
やば……少し強くしすぎたかもしれない、加減が難しいな。
過ぎたことを気にしても仕方がないと開き直って、俺は彼女に言った。
「借り物の強さなんてないんだよ。知識やアイテムだってそうだ」
そもそも、レベル制の世界で、力やスキルを『何者か』にすでに与えられているんだぞ? 自分の実力じゃないかなんて、いまさら過ぎるだろ。
それに俺のこの『目』だって、現実世界ではなかったものだ。
ゲーム外の俺は視力がそこまで良いわけじゃなかったし、動体視力も平凡そのもの。
仮にこの『目』を現実で持っていたのならば、きっと俺はスポーツ界で活躍していて、ゲームに没頭するようなこともなかったはずだ。自信はないが。
VR世界だけの俺の強みだったこの『目』は、今や現実となって俺の力になってくれている。
これを誰かのおかげだとは思いたくない。この『目』を含めて、俺の実力だ。
「知識だろうとアイテムだろうと、きちんと使いこなせばそれは立派なセラの力だ。自信を持て、胸を張れ――レベル上げや指導のことだってそうだぞ? 俺がアドバイスをするのは、頑張り屋のセラのことを俺が気に入ったからだ。誰でもいいわけじゃない、お前は特別なんだよ」
シンたち迅雷の軌跡も、もし俺が気に入らなければ目的を達成した後まで面倒を見なかっただろう。
少なくとも、ほいほいとエリクサーを渡したりはしない。
俺を味方につけたのもまた、彼らの実力の一つと言っていいだろう。
手刀を落とされたセラは、攻撃を受けたおでこではなく、なぜか耳を赤くしていた。
俺、何か変なことを言ったか? なぜここで照れる? 年下に説教されたことが恥ずかしかったのだろうか?
困惑する俺をよそに、セラは途切れ途切れの言葉を発した。
「あ、そ、その……だな。あ、ありがとう……エスアール」
「今の俺は師匠じゃなかったのか? ん?」
「……そうだったな。ありがとう、師匠」
セラは額をさすりながら、だけどなぜか嬉しそうにそう返事をする。その後、指輪を大事そうに抱きしめた。
フェノンさんは、微笑ましいモノを見るような視線を俺たちに向けていた。




