47 成長
王都で開かれる武闘大会の開催まで、残り15日。
俺たち4人はライレスさんが許可を出してくれた翌日から、毎日かかさずBランクダンジョンを2周している。だが、お目当てのドロップ品はまだ入手できていない。
簡単に手に入るものではないとはわかっているけれど、武闘大会までに1つぐらいはドロップしてほしいんだがなぁ。やはりそう上手くはいかないか。
しかし、レアドロップが無いからといって成果が0というわけではなかった。
俺は戦闘をしても無傷だし、たとえセラが怪我をしたとしてもフェノンさんの『ヒール』で十分治癒できるため、ボスドロップの上級ポーションは溜まる一方。
それに、パーティメンバーのレベルも徐々に上がってきているから、ダンジョンに潜っている成果はきちんと出ている。
そこにドラグ様が用意してくれたオーダーメイドの装備品も加わり、パーティの戦力としてはかなり強化されたと言っていいだろう。
まずシリーさん。
彼女は一次職全てのレベルを30に上げ、現在は魔弓術士のレベル上げにとりかかっているところだ。あと数日すればプレイヤーボーナスを得られるところまで到達するので、他の二次職のレベル上げに移行してもらう。
膝上まであるブーツと、黒のジャケットが新調されているのだが、正直見た目はあまり変わらない。
相変わらずのへそ出しスタイルだし――眼福でございます。
次にフェノンさん。
万が一のことがあってはならない――という俺の不安を解消する目的と、彼女のパーティ内の役割から考えて、防御面を優先的に鍛えることにした。つまりVITとMNDの強化である。
といっても、MNDに関してはいますぐに上げられないので、重騎士と結界術士でVITを上げてもらうことにした。現在は重騎士をレベル30に上げ終えて、結界術士のレベル上げをしてもらっている。
彼女はドラグ様から魔法耐性のあるインナーを貰っていたので、シリーさんと同じく外見に変化はない。おそらく変装中だということを考慮してくれたのだと思う。
そしてセラ。
フェノンさんや俺と同じく二次職業のレベル上げをしており、先日武闘剣士がレベル30に到達したので、今は神弓士のレベル上げをしていた。もちろん弓などまったく使わず、慣れた剣のほうで戦っている。
彼女は胸当てなどの装備が外れ、上はワインカラーのナポレオンジャケット。そしてなぜか膝上20センチほどのスカートを身に着けていた。
防御力というか、ガードが薄くなってませんかね? 下にはスパッツ的な物を履いているから下着が見える心配はないらしいが、前衛で戦う身としてどうなんだそれは?
――と、俺が疑問に思っていたら、フェノンさんの入れ知恵であることが判明。
セラはまんざらでもなさそうに見えたから、とりあえず『似合ってるぞ』と言っておいた。すぐに耳が赤くなったので、おそらく照れていたのだと思う。
一応、防刃の役割を果たしているニーソックスを身に着けているらしいが、怪我には注意してもらいたいものだ。女性のおしゃれに対する執着は恐ろしいな。本当に。
俺は拳闘士の上位職である豪傑をレベル30に上げてから、今はセラと同じく神弓士の職業に就いている。
弓士でありながらインベントリの中ですら弓はないが、テンペストでは別に珍しいことじゃなかった。自分の得意分野で戦ったほうが楽しいし、強いからな。
ドラグ様が俺に用意してくれた装備は、男用のチャイナ服みたいなものだった。カンフー映画とかに出てきそうな感じ。
色は下が黒で、上が白のモノクロ配色。ズボンはゆとりがあるように作られているが、上着は戦闘の邪魔にならないように、そこそこタイトな形状となっている。
布製だが、耐刃性能と、多少の耐魔性能があるようだ。質感と性能から、かなりの高級品であることが窺える。
新たな装備と、上昇した職業のレベル。
今やっているような個人によるゴリ押しではなく、4人で協力して戦う日もそう遠くないだろう。
俺たちのパーティは着実に成長してきている。
1人だけ、成長の度合いが桁外れの人物がいるが……いったい彼女はどこまで伸びるのだろう。
以前、セラに『才能』と言われ怒りを覚えてしまった俺だが、彼女のソレを言い表すのに的確な言葉を、俺は他に思いつくことができなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「セラ様ってここまで――いっ、いえっ! もちろん元から探索者として優れているのは知っていたのですが……」
「言いたいことはわかるわシリー。私もこれほどセラが強くなるとは思っていなかったもの」
レーナスのBランクダンジョン2階層。
当初は1階層だけをセラに任せ、残りの階層は全て俺が担当していたのだが、数日前からは2階層まで彼女に任せることにしていた。
俺の決定に、セラは実力を評価されたのが嬉しかったらしく、こちらが『お、おぅ……良かったな』と若干引いてしまうぐらい大喜びしていた。
喜んでくれるのはいいんだが、抱き着くまでしなくてもいいだろう。俺が女性の持つ特有の柔らかさに慣れていないということを考慮してほしいものだ。
セラの視界から外れたところで、フェノンさんがこっそりとガッツポーズしていたのは、おそらく俺と話す時間が増えるからだと予想している。
友人が想い人に抱き着くことに関して何も思わないのか――と問いたいが、恋愛云々の話は俺の苦手分野であるから、なるようになれと俺は思考を放棄した。
まさかとは思うが、フェノンさんはその『セラが俺に抱き着く』という行為に対してガッツポーズを取っていた――なんてことはないよな? もしそうだとしたら謎すぎる。
「強くなった――と言うべきでしょうね。俺の指導のおかげとは言いませんが、彼女の成長速度はすごいですよ」
俺が彼女の特異な部分に気付いたのは、レーナスのダンジョン探索が始まってから、3日目ぐらいだっただろうか。彼女がゴーレムコングと戦闘している最中に、ふと気づいたのだ。
そういえば――同じ注意を一度もしてないぞ、と。
俺が一度言ったことをきちんと守っている。
日常生活ではたまに――いや、わりと『セラって、もしかしてバカなのか?』と思ってしまう時もあるが、こと戦闘においては優秀以外の何物でもない。
目まぐるしく変化する戦況の中であるのにもかかわらず、彼女が俺のアドバイスを忘れることはなかった。
同じミスを二度しない。
口にすれば簡単そうだが、実際に――それも戦闘においてソレを実行するのは、かなり難しいことなのだ。
セラは2階層の魔物――30匹のサンドウルフを全て粒子に変換させると、やり切った表情でこちらへと歩いてきた。
「終わったぞ。待たせてすまないな」
まずフェノンやとシリーさんが「お疲れ様」「お疲れ様です」とねぎらいの声を掛ける。
セラは彼女たちにお礼の言葉を口にしてから、こちらを向いた。俺も「おつかれ」と軽く手を上げる。
「どこか改善点はあったか? あれば教えてくれ」
「んー……今回は特に問題点は見当たらなかったから、次に潜ったときは戦い方の種類を増やしていこうか。ワンパターンだと魔物相手なら大丈夫だが、対人戦だとすぐに対応されてしまうぞ」
傍から見たら、俺との違いは多々あるのだろうが、鏡を見ながら戦ったり戦闘風景を録画したことはなかったから、今の戦い方だけだと――これ以上のアドバイスは難しい。
「確かにそれもそうだ……わかった。では残りの階層はよろしく頼む」
「おう、ゆっくり休んでくれ」
俺がそう言うと、彼女はニヤリと口角を上げ、
「疲れたらいつでも替わるから、遠慮なく言ってくれ」
自信満々に、そんなことを言ってきた。
随分と頼もしくなったもんだ。それに、少しだけ以前の元気なセラに戻った気がする。
だが、俺の楽しみは奪わせんぞ。
「――はっ、この程度で俺が疲れるわけないだろ。というか疲れていたとしてもやらせねぇ」
ここから先に出てくる魔物は全て俺の獲物だ。たとえセラであろうと、手出しは許さんからな。




