46 絶対やばい
迅雷の軌跡、シン視点のお話です。
エスアールたちが王都をたって2週間が経過した。
あいつがもたらした派生上級職の情報は多くの探索者に知れ渡り、ギルドもようやく通常営業ができるぐらいには混雑が解消された。
それでもやはり以前と比べるとギルドを訪れる探索者は多く、窓口はいつも長蛇の列ができてしまっている。受付嬢やギルマスはまだ気が抜けない日々を送っているのだろう。
この頃になると、探索者の中でも実力があるやつらは派生上級職への転職を果たし、レベル上げに取り掛かり始めていた。
かといって、その事実を知っても焦ることはない。
なにせ情報を与えた本人から直々にアドバイスをもらっているのだから、俺たち迅雷の軌跡が他の探索者に追い抜かれるようなことはないだろう。下級職のレベル上げに取り掛かったのも、俺たちのほうが早かったし。
追い抜かれる懸念があるとすれば、セラや王女様、それにメイドのシリーだろうか。
あいつとともに王都を出た彼女たちが、普通に帰還するはずがないと俺は思っていた。
時刻は午後10時。
Bランクダンジョンから帰宅しながら、俺は両隣を歩く仲間に向かって「やばい」を連呼していた。
「エスアールと一ヶ月近くダンジョンに潜るんだぜ? 絶対やばいだろ」
あいつの指導はかなりやばい。要求してくる内容もスパルタだが、ついてくる結果がさらにやばいのだ。
「彼の言った通り、私たちだけでBランクダンジョンを踏破できちゃったしね」
「ですです。以前なら考えられなかったですよ」
そう――俺たちはついに、エスアールやセラ抜きでBランクダンジョンを踏破することに成功したのだ。
彼が教えてくれたステータスボーナスによって自身が強化されていたこともあるが、ボスの動きを間近で――しかも長時間観察していたのが良かった。全部エスアールのおかげだな。
「王女様やメイドのことは知らないが、セラは間違いなく化けるぞ? あいつはCランクまで上がってくるスピードも異常だったし、俺たちの連携に合わせるのもあっという間だった。エスアールっていうバケモノが指導してみろ、絶対やばいぞ」
またやばいと言ってしまった。しかしその言葉以外にどう言っていいのかわからない。
俺の言葉を聞いたスズとライカは「やばいです」「やばそうね」と同じような語彙力で返答してくれた。
さすが長年ともに過ごしてきただけあって、連携のとれたプレーである。少し違うか。
その後、2人と王女様たちがどのような進化を遂げて帰ってくるかを予想し、話が一段落したところで、ライカが言った。
「そういえばセラさん、レイと喧嘩中って言ってたわね。シンは何か聞いてる?」
スズやライカは、セラから直接話を聞いたらしい。女同士だから話しやすかったのだろう。と言っても、詳細は話してくれなかったそうだが。
「あぁ……俺もレイからも話を聞いたが――というかライカ、なんで兄を呼び捨てで妹が『さん』付けなんだ?」
そう言えばスズもセラのことを『セラさん』と呼んでいたな。
「だってレイはシンと仲良かったから、私たちと話す機会も多かったし、あの人って少しバカっぽいじゃない? 敬称を付けるのが似合わないっていうかね」
ライカが言うと、同意するようにスズもコクコクと首を縦に振った。
レイは一応王国の騎士団の中では最強の剣士なんだが……事実であるがために反論ができなかった。
俺から言わせてもらえば、セラも少し抜けているような気もするんだが――彼女たちは俺に比べてセラとの関わりが少ない分、兄に似ているその部分に気付けていないのかもしれないな。
俺はライカに「なるほどな」と話を流すための適当な相槌を打ってから、セラとレイの間で起きた事件の顛末を説明することにした。
その場で見ていたわけではないから、事実かどうかは知らないぞ――と前置きをしてから話し始める。
「レイは、Bランクダンジョンを踏破した実力を確かめたかったと言っていたな。あいつはセラが知らない間に強くなったことが嬉しくて、負けるつもりで模擬戦を挑んだらしいんだが、呆気なく勝ってしまったらしい」
「「あー……」」
二人そろって、そんな声を漏らす。
セラも確かに強くなっているが、俺から見てもレイのほうが経験も実力もまだ上手だ。
「でも、それで喧嘩になるの? 悔しいとかならわかるけど……」
「それがな、試合が終わった後にレイのやつ『今の俺なら行ける気がする!』っつって、Bランクダンジョンに単独で潜ったらしい。セラに止められたと言っていたが、振り切って突撃したそうだ」
「「あー……」」
「そして案の定ボロボロになってダンジョンから出てきたら、半泣きのセラが外で待っていてな。レイはセラに『セラが強くなったわけでもなければ、俺が強くなったわけでもないのか』と言ってしまったらしい」
「「あー……」」
俺もレイからこの話を聞いた時は、彼女たちと同じような反応をした。そして脳天に拳を落とした。
称号を得た俺たちは、レイよりも立場が上になっているから何も問題はない。まぁ、以前から同じように拳骨を落としていたが。
「セラのほうも、俺たちの中で一人だけ称号がもらえてなかったしな。実力に関しては思うところがあったんだろ。そこに兄からそんなこと言われりゃ、腹も立つさ」
腹が立つのは、おそらくそれがセラにとって図星だったからだろう。
顔を引き攣らせていたスズは、その表情のまま「でも」と口を開く。
「エスアールがセラさんたちを鍛えてるですよね? しかも、武闘大会の個人戦で優勝するのは間違いなくレイ。最後に彼とセラが戦うことになるです」
「あぁ、そうなるだろうな」
個人戦に関してはエスアールが辞退したというか、セラが出場を希望したらしい。兄とリベンジマッチの機会が欲しかったのだろう。
エスアールと同じで負けず嫌いな性格だ。
そんな兄妹による試合――俺たちが心配するのは、もちろん兄のほうだ。
「レイ、大丈夫かしら?」
「ですです。異常な成長スピードを持つセラが、異常な実力のエスアールから指導を受けるですよ。やばいです」
「そんときゃエリクサー使えばいいだろ。死ななきゃなんとかなるさ」
「それもそうね。片腕が無くなるぐらいなら」
「ですです。きっとマーガス公爵もエスアールにエリクサーをもらって復活してるです」
人のことは言えないが、こいつらも中々に酷いな。
俺は2人の言葉に苦笑してから言った。
「エスアールがいくらバケモノっつったって、俺たちにだって意地がある。明日も朝からダンジョンでガンガンレベル上げだ!」
「もちろんよ。負けてられないわ」
「ですです。エスアールたちを武闘大会で驚かせてやるです!」
気合十分――俺たちは星の瞬く空に向かって拳を掲げた。
陛下からもらった『先駆者』の称号に恥じぬよう、他の探索者たちが進むべき道を俺たちが照らしてやろう。
まだまだこの世界には先があると、彼らに示してやろう。
エスアールが言っていた、世界全体のレベルアップ――そしてエリクサーの価値の暴落。
聞いた当初は『そんなバカな』――と思いながら聞いていたが、どちらも現実味を帯びてきた。実際、やろうと思えば俺たちは毎日一本のエリクサーを確保できてしまう。
もはや伝説の秘薬と言っていいのか疑問だ。
エスアールはおそらく、俺たちが知らないこの世界の秘密をまだたくさん握っている。
次はいったいどんな爆弾発言をするつもりなのだろうか。
楽しみだな――
武闘大会後、エスアールから新たな秘密を明かされるまでは本気でそう思っていた。
そう――エスアールの目指している場所について聞くまでは。




