45 勇者の次は師匠かよ……
ギルドマスターと模擬戦をした翌日、俺はパーティメンバーである3人とともに、さっそくBランクダンジョンへと足を運んだ。
このダンジョンは街を出てから徒歩5分という、軽く散歩すれば辿りついてしまうような場所に位置している。
ダンジョン前にある受付には、ありがたいことに昨日の試合で審判役を務めた受付嬢がいてくれた。おかげで事情を説明する必要もなく、すんなりとダンジョンへ入ることに成功。
おそらく、ライレスさんが彼女に受付をするよう指示してくれたのだろう。
レーナスのBランクダンジョンは遺跡タイプだ。
迷宮のように入り組んだ形になっており、道幅は3メートルしかない。そのためパーティ戦には不向きで、俺みたいなソロプレイヤーからすれば戦いやすいダンジョンとなっている。
今朝、公爵邸を出る前に愛用していた黒刀に似た形の刀をドラグ様に渡された。
彼が言うには、赤黒い刀身を持っているこの刀はドロップ品などではなく、鍛冶師が打った一点物らしい。
試しにインベントリに入れてみると、赤刀と名前が表示された。
なんの捻りもない名前だが、公爵邸の庭で試し切りをさせてもらったところ、体感的にはAランクダンジョンのドロップ品レベルの切れ味と耐久性を持っている。ゲーム時代では店売りの武器なんてたかが知れていたが、これは嬉しい誤算だった。
それからドラグ様はセラに剣を、シリーさんには弓を、フェノンさんには短剣をそれぞれプレゼントしてくれた。
防具に関してはオーダーメイドで作成しているため、もう少し待ってくれとのこと。
彼女たちの分に関しては確かに頼んだが、俺は別に防具を必要としていないのだが……もう準備にとりかかっていたようなので、断るに断れなかった。
「とりあえず、今の実力でやってみろよ。修正したほうがいいところはその都度指摘するから」
「わかった」
レーナスのBランクダンジョン、一階層の魔物はゴーレムコングだ。体の形はゴリラそのものだが、地球で見るゴリラのような体毛は無く、身体にはゴツゴツとしたレンガ模様が浮かび上がっていた。
前傾姿勢でこちらに向かってくる魔物に対し、セラは真正面から斬りかかっていく。
「はぁっ!」
彼女の現在の職業は武闘剣士――レベルは1だ。
レベル1とはいえ、レベル30のプレイヤーボーナスが7つと、レベル60のプレイヤーボーナスが一つある。ここの一階層ならば、苦戦はしても負けることはないだろう。
フェノンさんやシリーさんを気にかけながらも、俺はいつでも参戦できる状態で彼女の戦いを見守っていた。
「一発一発に力を込めすぎだ! 倒すつもりじゃなくて、ダメージを蓄積させるつもりで攻撃しろ!」
「――くっ、わかった!」
「相手の攻撃から絶対に目を逸らすなよ! それがお前の隙になるからな! ――違うっ! 相手の腕だけ見るんじゃない! もっと全体的に攻撃を見ろ!」
戦いの最中にも、俺はセラに向かって叫び続けた。
もちろん、戦いが終わったらさらに細々と注意する。ただ、注意だけでも可哀想なので、良かったところ、できるようになったところは褒めるようにした。
元々、俺は人の指導をした経験が片手で数えるぐらいしかない。
リアルでは人に教えられるほど出来が良くなかったし、ゲーム内では基本的にぼっちだったからな。
そのため、これが本当に正しい指導方法なのかはわからない。
だが彼女は、俺の指導をなんの疑いもなく信用し、まるでスポンジのようにみるみる吸収していった。
結果として彼女は、最初のゴーレムコングを倒すのにかかった時間のわずか半分で、最後の魔物を討伐することに成功。
センスがいいというか、もはやその吸収力は天才の類だろう。もしくは、俺の指導がとてつもなく上手いとか――それはないか。
単純に俺とセラの相性が良いというパターンかもしれない。
もし彼女にまともな指導者が付いていれば、俺がこの世界を訪れたとき、彼女はすでにCランクダンジョンを踏破していて、ソロでBランクダンジョンに挑んでいたことだろう。
そうならずに済んだことを喜ぶべきだろうな。ソロなら彼女は今頃、この世にいなかったかもしれないし。
二階層へと転移し、セラとバトンタッチした俺は、その後の階層を淡々と作業をこなすように踏破していく。
選択した職業は拳闘士の上級職である豪傑。
レベル30で得られるプレイヤーボーナスはAGIで、これは素早さに補正がかかるステータスだ。
豪傑をレベル30まで上げ終えたら、次はVITを得られる重騎士を選択する予定である。
俺は魔物を倒しながら、セラに向かって『いいか? こうだ! ここを、こうだからな!』と、指導者とは思えないような教え方で戦闘方法を伝授していった。
戦いながらだと、人に教えるのは中々に難しいことを俺は学んだ。彼女の理解力を頼るしかない。
ボスを倒し終えたとき、時刻は夕方の5時を過ぎていた。
ボスのドロップ品は上級ポーション2つ。残念ながら俺の求めていたドロップ品ではなかった。これはこれで使えるからいいんだが。
んー……こりゃもう一周するのは厳しいかな。予想以上に時間がかかってしまった。
原因はセラに教えるのが意外と楽しかったことと、俺の戦いに声援を送るフェノンさんやシリーさんにいいところを見せたくて、無駄にパフォーマンス染みた戦い方をしたためだ。自業自得すぎる。
「今日は初日ですし、これで帰りましょうか。明日からは2周するので、そのつもりでいてください」
「すまないな……明日はもっと早く倒せるように努力する」
謝らなくていいんだぞ。
大半は俺が原因だし、セラはよく頑張ったと思う。
「わかりました! それにしても、今日のエスアール様は本当にかっこよかったです! まさに勇者様といった感じでした!」
「エスアール様は、普段と戦っている時では随分と雰囲気が違いますね。初めてお会いした時は、とても穏やかな方だと思いましたが、魔物を相手にしている時はやんちゃな少年みたいです――あっ、これは悪い意味ではなくてですね! 褒めているんですっ!」
「ははは、2人ともありがとうございます。もうしばらく暇をさせてしまいますが、よろしくお願いします」
「とんでもないです。エスアール様には感謝してもしきれません。必ずお役に立てるよう、戦いを見て学ばせていただきます!」
フェノンさんがそう言うと、同意するようにシリーさんがコクコクと首を縦に振る。
そう言ってくれるとありがたい。俺は一人でダンジョン探索を楽しみまくってるから、罪悪感がすごいのだ。
魔物と戦うのはもちろん楽しいし、ドロップ品が表示される瞬間は何度経験してもワクワクする。それに、指導も思った以上に面白い。
飲み込みが良いセラが生徒だからってのもあるだろうけど、人が成長していくのを間近で見られるのは良いものだな。
受付の女性に「今日は帰ります」と告げて、俺たちは4人並んで公爵邸へと向かう。
その帰路で、ふと思いついたようにセラが言った。
「武闘大会までだけでも、エスアールのことを師匠と呼ばせてくれないか?」
突然そんなことを言い出すものだから、俺は驚いて立ち止まってしまう。
そう言えば前にBランク踏破祝いをした時に、ライカさんも師匠とかふざけて言っていたな。その真似か?
「えぇ……師匠ってなんか面倒くさそうじゃん」
「今日のような指導で十分ありがたい。そう呼んだ方が、私も修業に身が入る気がするんだ」
修業て……もっと気楽にやればいいのに。もしかしてセラは形から入るタイプなのだろうか?
まぁ、呼び方一つでやる気が出るなら安いもんだな。
「……わかったよ。だが、その呼び方は武闘大会までだけだぞ? それと、ダンジョンの中だけだからな」
「それでいい! ありがとう師匠!」
「ダンジョンの中だけって言ったばかりだろうが!」
俺がそう言うと、彼女は慌てたように両手で口を押さえる。そしてその状態のまま「ふああい」と言って頭を軽く下げた。
おそらくだが、彼女は「すまない」と言ったのだろう。聞き取れたのは奇跡だ。フェノンさんとシリーさんはそんな彼女の様子を見て笑う。
こんな感じで、俺たちの武闘大会までダンジョン籠もりの日々が始まった。エリクサーの時ほどハードスケジュールでもなければ、危機が迫っているわけでもない。
親交を深めつつ、実に楽しくダンジョンを探索することができた。
この指導の中で、彼女が才能の片鱗を見せていたことに俺が気付くのは、それから数日後のことだった。




