44 セラの相談
10本勝負の最初の一戦。
俺はライレスさんの攻撃を封じると同時に、木剣という彼の攻撃手段を弾き飛ばし、勝利を収めた。
彼は飛ばされた木剣を拾いに向かっている。完敗といっていい負け方をしたはずだが、その後ろ姿を見る限り戦意は喪失していなさそうだ。
女性陣はというと、相変わずポカンとした表情を浮かべている。驚いてくれるのは嬉しいが、せめて受付嬢は勝利宣言ぐらいしてほしいんだが。
「続き、やろうか」
剣を拾い、再び元の立ち位置に戻ってきたライレスさんが言う。好戦的な笑みを浮かべて。
「えぇ。まずは俺の一勝ですね」
俺も笑顔で返事をした。
彼のやる気に満ちた表情は、俺が採点者ならば花丸をつけているところだ。
「勝てる気はしないけど、せめてヒヤリとさせたいな。僕も男だからね、負けっぱなしは嫌なんだよ」
「俺も負けるのだけは死んでもゴメンですね」
ここが地球なら話は別だが。
ゲームの外では、スポーツでも勉強でも仕事でも負け慣れていたし。負けたところで痛くもかゆくもない。
続く第二戦、第三戦。
彼は下から切り上げてみたり、足を使って翻弄しようとしてみたりと試行錯誤していたが、その程度の動きならばテンペストのトッププレイヤーなら談笑しながらでも対応できる。
死を厭わずにプレイしていた俺たちは、死線を潜り抜けてきた回数が彼らとは段違いだ。
そして、俺がその例に漏れるはずもない。
なんといっても、頂点だからな。データはないが、ゲームで死んだ回数もトップクラスに違いない。
四戦目以降も結果は同じだった。
どんな手でこようとも、俺の頭と身体はその対策方法を知っている。
欠伸をする際に自然と口を手で覆うように、身体が無意識レベルで最善の行動をとろうとするのだ。拘束されでもしない限り、俺が彼に負けることはない。
変化が起きたのは、十戦目だ。
「あーあ……」
彼がとった行動を見て、俺は思わずそんな声を漏らした。
いくら攻撃の動作すらとれないからといって、それは悪手中の悪手だろ。
彼は開始とともに後ろへ下がり、剣を大きく振りかぶったのだ。
確かに距離をとられてしまえば、俺はここまでの九戦のように攻撃を封じることができなくなる。
10メートルの距離を一瞬で詰められるような脚力は、今の俺は持ち合わせていないからだ。
振りかぶった姿勢で、俺を睨むライレスさん。
彼はスキル――飛空剣を使うつもりなのだろう。
飛空剣は剣豪のレベル40で取得できるスキルだ。
その名の通り斬撃を飛ばすことのできるスキルで、本人が『使用する』と意識すれば発動可能なアクティブスキルである。別に『くらえっ! 飛空剣っ!』なんて叫ぶ必要はない。
射程はジャスト8メートル。
剣から飛び出した斬撃は銀色に輝き、有効範囲は剣の振り幅に依存している。飛び出すスピードも本人の力量次第だ。
見た目は横に向かって落ちるギロチンみたいであまりかっこよくはない。それに加え、明確な弱点もあったからテンペストのプレイヤーからは不人気のスキルだった。
「ま、ライレスさんにはいい勉強になるだろ」
肩を竦め、そう呟いた俺はスタスタと彼のもとに向かって歩き出した。
徐々に距離がつまり、射程の範囲内である8メートルを過ぎた。
そして、7メートルを超えたあたりでライレスさんが「はっ!」というかけ声とともに、俺に向かって剣を横に振り抜く。
それと同時、俺は彼に向かって走りだし、斜め上に飛んだ。
俺の太もも目がけて放たれた斬撃を、右足で踏む。
この斬撃、実体を持っているから普通に踏めてしまうのだ。まさに飛ぶギロチンである。
「よっと」
足場にした斬撃を踏んで、俺は前方へ宙返りをする。
この隙に相手に攻撃を加えられる可能性は皆無だ。なぜならこの飛空剣のスキルを使うと、使用者に硬直が発生する。それがこのスキルの最大の弱点。
硬直時間は零コンマ8秒。
対人戦――しかも接近戦において、その無防備な時間は致命的だろ。
「終わりです」
着地すると同時に、俺はライレスさんの眼前に剣先を突きつけた。
ちょうどスキルの硬直から解放されたライレスさんは「無茶苦茶だね」と苦笑する。
そして彼は両手を上げ降参のポーズをとった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
公爵邸にある個室の一つ。時刻は夜の10時を過ぎた頃だ。
食事、風呂を済ませた俺は、部屋のベッドに横になって天井を見上げていた。
予定通りライレスさんを完封し、Bランクダンジョンの入場許可を勝ち取った俺は、セラたちと公爵家へ帰還した。
本音を言わせてもらうと、すぐにでもダンジョンに行きたかったのだが、今から潜るとなると深夜近くに帰宅することになってしまう。それは公爵家の方々に迷惑だろうと思い、泣く泣く断念したのだ。
フェノンさんが「エスアール様の気持ちが最優先です!」なんて言って、ダンジョンへ行くことを推奨してくれたが、そこまで図太い神経は持ち合わせていない。今日は身体を休める日ということにした。
「明日は朝一番から潜ろう」
ベッドで寝がえりを打ちつつ、そんな独り言を漏らす。
レーナスのBランクダンジョンであれば、おそらく今の俺が一周するとなると、だいたい6時間弱の時間を要するだろう。休憩を挟んだとしても、朝の9時から潜れば夜の10時前には帰宅できるはずだ。
明日の朝、ドラグ様にもそのぐらいに帰宅すると伝えておくか。泊まる場所を提供してもらいながら図々しいとは思うが、食事だけは用意しておいてくれたらありがたい。
心配せずとも、彼はエリクサーのことで俺たちに感謝感激といった様子だから、二つ返事で了承してくれるだろうけど。
そんなことを頭の中でぼんやりと考えていると、廊下を歩く足音が聞こえてきた。
その足音はちょうど扉の前で消え、代わりにノックの音が部屋に響く。
「セラだろ? 入っていいぞ」
そう言いながら俺は身体を起こし、ベッドの縁に腰かける。
彼女がノックする音も、いつの間にか聞き慣れてしまった。これで間違っていたら恥ずかしい。
「夜分にすまないな。もう寝ていたか?」
扉を開けて入ってきたのは、俺の予想通りセラだった。
身につけているものは、王都にある俺の家で着ていたようなラフな部屋着――つまり短パンにシャツ。もう少し俺が年頃の男だということを意識してほしいものだ。精神年齢はかなり上なんだがな。
それに、公爵邸にいるのだからもうちょっと気を使ったドレスとかワンピースみたいなものを着たほうがいいんじゃないか?
セラが特別無関心なのか、このゲームの世界ではこれが普通なのか……どっちなんだろうな。
「明日からのダンジョン探索について相談があるんだが」
「おう。とりあえずどっか座れよ」
「そうだな」
そう返事をして頷いた彼女は、俺が使用する予定のないドレッサーの前の椅子に腰かけた。
化粧なんかしないし、寝癖なんて鏡がなくとも手で触ればわかるからな。
「明日から武闘大会までのダンジョン探索で、私にも戦闘をさせてほしいんだ。そして、ダメな所があればエスアールに指摘してもらいたい。この世界に、貴方ほど技量の優れた人間はいないからな。ダメだろうか?」
……強くなるためにはレベル上げが一番とはいえ、ずっと見てるだけはやはり暇だろう。
後々ステータスが上限に達したら、彼女がいま求めている『技量』が必要になってくるわけだし、別に断る理由はない。
俺は頭の中で彼女の実力とレベルを整理してから、彼女に「構わないぞ」と返事をした。
「俺だけで踏破した場合、二周しても夜の10時に帰宅できる。セラが一階層を担当するならば夜の11時――二階層までになると、深夜0時を過ぎるはずだ。三層までになると、一日に二周するのは難しくなるから、これは遠慮してもらいたいんだが」
今回俺が求めているドロップ品は、ドロップ率が低いからな。それは毎日ダンジョンを二周し続けたとしても、一ヶ月で一つドロップすれば御の字といったレベルだ。
「では、一階層だけでも戦わせてくれ。私の成長が見えたときは、二階層まで戦わせてほしい。フェノンやシリーには私から頼んでおく」
「あぁ。そっちのことは任せるよ」
王女様、俺が頼んだらなんでも肯定してしまいそうだし。セラが適任だろう。
「何か焦ってるのか?」
ここ最近の彼女の変化について、俺はそんな風にやんわりと尋ねてみた。
「…………そういうわけではないが――いや、なんでもない」
やや俯きながら、ぼそぼそとセラは口を動かす。
「別に言いたくないなら構わないさ。だが、無理だけはしないでくれよ。約束、忘れてないだろうな?」
「もちろんだとも。貴方を信用する、裏切らない、危険な真似はしない――だろ?」
「完璧じゃないか。ダメ出しをいっぱいしてやるから、覚悟しとけよ」
暗い雰囲気を打ち消すため、やや茶化すように俺が言うと、彼女もそれにつられて笑みを浮かべた。
「エスアールのダメ出しか……怖いな」
「怖くないさ、正論をぶつけるだけだ」
「それが怖いと言ってるんだ」
怖い怖いと言いながらも、セラの口元は笑っていた。
そして小さなため息が、彼女の口から零れた。俺に気付かれたくないのか、彼女は慌てた様子で背伸びをしたり、肩をもんでみたり、不自然な動きをし始める。
それで誤魔化せると思っている辺りが、セラらしいよなぁ。
彼女の抱える問題は、『家族』の問題であり、『実力』が関係しているようだ。
おそらく王国の騎士団に所属している、兄のレイさんと何かあったんだろう。それがわかったところで、俺にはどうしようもないが。
俺はあたふたするセラを眺めながら、彼女と同じように小さなため息を吐いた。




