43 反撃するまでもない
俺たち4人はレーナスの街を散策し、昼食を食べ、それからまた街をブラブラと見て回った。
単なる時間つぶしの予定だったが、セラや俺はシリーさんと打ち解けるきっかけとなったし、自分で言うのも照れるが、ずっと俺と手を繋いでいたフェノンさんはご満悦の様子。
王都ではゆっくりと街を見る機会はなかったが、こうしてのんびりと街を歩くと、やはりこの世界の人はちゃんと生きて生活しているのだな――と感じられた。
レーナスの街は広く、全てを回れたわけではないが、それでも十二分に楽しむことができた。
和気あいあいとしたこの雰囲気は、俺が地球ではあまり味わったことのない、とても貴重なモノだ。
午後3時。
ギルドを訪れた俺たちは、そのまま建物の裏手にある訓練場へ案内された。
バスケットコート二面分ぐらいだろうか? とりあえず、建物よりは敷地が広い。
前もって人払いはされていたようで、その広々とした場所には探索者の姿が一人として見当たらなかった。
今この場にいるのは、ライレスさんと審判役を務めるギルドの受付嬢、そして俺たち4人のみだ。
審判役の受付嬢は、俺がギルドを訪れた時に窓口で対応し、ライレスさんを叩き起こした人だ。手には救急箱らしきものを持っている。
怪我をさせるような試合をするつもりはないが、それを言ったところで今の俺には説得力が少し足りないだろう。
「武器は剣でいいかい? といっても、それぐらいしか用意はないんだが」
そう言いながらライレスさんは、2本持った木剣の片方を手渡してくる。
以前セラと模擬戦をしたときは素手で戦ったが、今回は俺もライレスさんに合わせて剣で戦わせてもらおう。俺は剣を受け取り「これでいきます」と返事をした。
剣を振って感触を確かめていると、少し離れたところからフェノンさんが「エスアール様!」と声を掛けてきた。人前で俺のことを『様』付けで良いものなのか? 本当に自由だなこの人は。
俺は彼女たちが待機している場所に歩み寄る。
フェノンさんは「頑張ってください!」と俺に激励の言葉を述べながら、両手で俺の剣を持っていない左手を握る。
「ありがとうございます。頑張りますね」
照れくさくて木剣を持った右手で頭を掻く。シンの癖が移ったかもしれない。
「剣を使うんだな」
そう話しかけてきたのはセラ。
彼女は何かを考えている様子で、俺の頭の上でフラフラしている剣をじっと見つめていた。
「おう――ライレスさんが圧倒してくれと言っていたからな。期待に応えてやろうと思って」
ニヤリと口の端を吊り上げながら言うと、今度はフェノンさんが口を開く。
「エスアール様の戦う姿、とても楽しみにしています!」
「はは、ありがとうございます。たぶん、つまらないと思いますけど」
「どんな戦いであったとしても、つまらないはずがありません! エスアール様ですもの!」
信頼度がメーターを振り切ってるな。期待値が高すぎる気がするんだが。
「あまり無理はなさらぬようにしてくださいね。ライレスさんはBランクダンジョンの3階層まで到達していると言っていましたから、この国でも有数の実力者です」
「ありがとうございますシリーさん。だけど、心配は無用ですよ。俺も強くなりましたから」
「エスアールがあの時以上に強くなっているなど――想像するのが怖くなりそうだ」
セラが苦笑いを浮かべながら、冗談っぽく自らを抱く仕草をした。
「あのサイクロプスの時のように戦うのだろう? レーナスのギルドマスターは気の毒だな」
彼女が言っているのは、おそらくすべての攻撃に対して反撃する――シンが命名した俺の戦闘スタイル、全反撃のことだろう。
だが、今回は少し違う。
ライレスさんの職業は、シンと同じく剣豪のレベル80。今の俺と比べると、ステータスは劣っている。
何が言いたいのかというと、今の俺と彼では、実力差がありすぎるのだ。
☆ステータス☆
名前︰ライレス
年齢︰30代後半?
職業︰剣豪
レベル︰80
STR︰C
VIT︰D
AGI︰E
DEX︰F
INT︰F
MND︰F
スキル︰気配察知 飛空剣 逆境 (二連斬)
ライレスさんのステータスに対し、現在の俺のステータスはこんな感じだ。
☆ステータス☆
名前︰SR
年齢︰18
職業︰武闘剣士
レベル︰34
STR︰C
VIT︰D
AGI︰D
DEX︰F
INT︰F
MND︰F
スキル︰気配察知 見切り
ほとんど似たようなステータスだが、AGIでは俺のほうが上回っている。
セラと戦った時、俺のステータスはほとんどがGの状態だった。あの時は攻撃を入れても気絶で済んでいたかもしれないが、今回はそこまで強い攻撃はできない。大けがをさせてしまう恐れがあるからだ。
しかし、勝負では圧倒したい。
「反撃をするまでもないと思うぞ」
「どういうことだ?」
「まぁ見てろって」
その言葉を最後に、俺は彼女たちから距離をとり、軽く素振りをしていたライレスさんのもとへ近づいていく。
「すみません。お待たせしました」
「気にしなくていいよ。仲が良いんだね」
「えぇ。知り合ってまだあまり時間は経っていませんが、仲良くしてくれています」
フェノンさんに関しては『仲良く』を通り越す勢いでぐいぐい来ているが。
「ふーん……そういえばこの国に来て間もないって聞いたけど、どこかで修業でもしてたのかい?」
探るような視線とともに、そんな言葉が投げかけられた。
この人は俺が異世界から召喚されたということは知らないもんな。ふらっと現れた正体不明の人間って感じだろう。詮索したくなる気持ちはわかる。
「その辺りは秘密です」
もちろん、軽々しく教える気はないが。
俺の答えに、ライレスさんは子供っぽく「ちぇー」と言って笑う。
地球にいた頃の俺よりも年上に見えるが、精神年齢はあまり高くないのかもしれない。
受付嬢を挟んで、俺とライレスさんは10メートルほど距離を取る。
俺たちがそれぞれ剣を構えたことを確認すると、彼女は息を大きく吸った。
「では、これより模擬戦を開始いたします。相手を重傷に追いやるような危険行為は禁止です。血が出るような戦いも止めてください」
「君が血を見たくないからだろう?」
「そこ、お静かに!」
「………………」
ライレスさん……やっぱり尻に敷かれるタイプなんだろうか。それとも彼女の気が強いだけ?
彼女たちのやりとりを苦笑しながら見つつも、身体は勝負の時が近いのを感じ取っていた。自然と膝が曲がり、臨戦態勢に入る。
「降参、気絶、その他私が続行不能と判断した場合、勝敗を決します。では――始めっ!」
合図とともに駆け出し、攻撃を仕掛ける――ということは、俺もライレスさんもしなかった。
地面の砂を踏みしめながら、にじり寄るように距離を詰めていく。
ふむ――。中々に隙がない構えだ。
シンには劣るが、シリーさんの言っていた通りそこそこの実力者なのだろう。
俺は自身の『目』、そして数多の戦闘経験を頼りに相手の行動を推測する。
俺の得意技は、確かに反撃だ。
相手が攻撃に使う力をこちらの攻撃に上乗せすることで、通常よりも威力を出すことができる。
俺は相手に向けた剣先を、ほんの少しだけ動かした。
「――っ!」
俺の動きに反応して、ライレスさんは目を見開き、すぐさま剣を斜め上に振り上げた。
あぁ遅い遅い。そしてその動きはあまりにも素直で単純だ。
そう動くように俺が視線や動作で誘導したのだから、彼に非はないんだが。
弓や拳、そして剣――どんな戦い方をするにしても、攻撃に移る際には必ず『予備動作』というものが発生する。
弓ならば弦を引く必要があるし、拳なら肘をバネのように曲げる。剣ならば振り上げたり、自分の身体より後ろに下げなければ、十分な威力は発揮できない。
俺は彼が動き出すと同時に、剣を前に構えたまま地面を蹴って走り出していた。
ライレスさんが剣を振り上げたことにより、剣の底――木剣だから柄頭と言っていいのかはわからないが、そのわずか直径3センチの部分が、俺に向いている。
俺は相手の攻撃の予備動作に、自身の攻撃を重ねた。
剣を後方に引くライレスさん――それを押し出すように、俺は突きを放つ。
「――よっ」
俺の持つ剣の切っ先が、ライレスさんが振り上げた剣の柄頭を正確に捉えた。
傍から見れば単純な動作かもしれないが、無駄を極限まで減らし、神経を研ぎ澄ませた一撃である。簡単にできるわけじゃない。できたら困る。
俺だって何千、何万と練習したからな。
ライレスさんの持った木剣は宙を舞い、カランカランと寂しげな音をたてながら、彼の遥か後方へと転がっていった。
剣が飛ばされた方向を見ながら呆然としているライレスさんの首筋にそっと木剣を当てると、彼はゆっくりと両手を上げ、降参のポーズをとる。
「参った……」
乾いた笑いとともに、ライレスさんは言う。
彼は驚愕や呆れ、色々な感情が混じったような表情をしていた。
「あと9本ですね」
俺はそう言いながら剣を引き、また最初の立ち位置に戻る。俺を見守っていた女性陣3人は、歓声を上げることもなく立ち尽くしていた。
興奮するような戦いではなかっただろうが、驚いてくれたようで何よりだ。
さぁライレスさん。
残りの試合、はたして俺相手に攻撃が仕掛けられるかな?




