42 三股?
レグルスさんから預かった手紙には、『手加減してもらえ』なんて文章が書かれていたのだが、この文章だけで実力の証明にはならないんだろうか?
実の兄――しかも王都でギルドマスターに就任しているような、信用のおける人物である。その言葉には十分な説得力があるはずだ。
そう思ったのだが、
「……僕は探索者の命を預かるギルドマスターだ。万が一のことがあってはいけないし、自分の目で確かめさせてくれ」
悩んだ末、ライレスさんは俺と模擬戦をすることにしたらしい。
見た目はあまり似ていないが、性格は兄に似て熱いようだ。
「わかりました。どういった内容にしますか?」
「10本勝負で、僕が一度でも君に勝つことができたらこの話は無しということにしようか。つまり、ダンジョンへの入場許可は出さない」
「そんなっ!? 無茶苦茶ですっ!」
ライレスさんが口にした条件を聞いて、思わず声が出てしまった――そんな様子でシリーさんが叫ぶ。
「そうだね。本当に無茶苦茶なんだよ――彼が言った『Bランクダンジョンの魔物を一人で相手にする』っていうのは。それこそ、僕ぐらい軽々倒せるようじゃないと難しいはずだ」
彼はそう言って、俺の反応を確かめるように視線を送ってくる。
ふむ、こちらとしては何も問題ないな。
Bランクダンジョンの3階層が最高到達点なのであれば、実力はシンたち以下だろうし、勝つこと自体は簡単だ。
俺が考えているのは勝敗ではなく、どのようにして勝つかである。
全勝するだけでは足りない。
別にそうする必要があるわけじゃないが、圧倒してくれと言われたのならばやってやろう――そう考えてしまうのは、頂点に君臨していた者としてのプライドだろうか。
「いいですよ。今からやりますか?」
客観的に見ても、今の俺は闘争心に溢れていると思う。きっとギラギラした目付きをしていることだろう。
レベル上げとは違う――Bランクダンジョンで、王女様のためにサイクロプスと戦った時のような気分だ。
迅雷の軌跡たちに『狂ってる』なんて言われていたが――なるほど。確かに俺は戦闘狂なのかもしれない。
「いやいや、ちょっと待ってくれよ。僕は寝起きだし、新職業や規則の変更の件で仕事も溜まってるんだ。夕方の――いや、午後3時ぐらいでどうかな?」
「………………」
「そんな恨みがましい視線を向けないでくれ」
「………………」
「これでも急いだほうなんだよ?」
「………………わかりました」
しぶしぶ。本当にしぶしぶ了承の返事をすると、ライレスさんはほっとした様子で息を吐いた。
「納得してもらえて良かったよ。君たちはこの街に来たばかりなんだろう? 昼食を食べて、街を散策していたら4時ぐらいになってるさ」
「3時ですよ」
「――ダメだったか。わかった、3時までにこちらも準備を調えておくよ」
「よろしくお願いします」
頭を下げて、礼を述べる。
ライレスさん側からすると俺たちは、仮眠しているところにいきなりやってきて、特別扱いしてくれと我儘を言いだした迷惑な輩だ。しかも第一王女を引き連れているほか、公爵家の手紙まで持ってきているときた。
まさに権力にモノを言わせたゴリ押しだな。悪く思わないでくれ。
退出する時に部屋から聞こえた大きなため息は、きっと無意識のものだろう。俺たち4人は聞かなかったことにして、探索者ギルドを後にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「うーん……街を散策っていっても、気軽に出歩いて大丈夫なんですか?」
ギルドを出てから、フェノンさんに向かって問いかける。
名前を呼ばなかったのはもちろん、彼女が王女であると周囲に気付かれないためだ。
ギルドの個室を出る前に、フェノンさんとセラは魔道具によって変装済みである。
ギルドの周囲ほどではないが、さすがは商業都市と言うだけあって、人通りが多い。ゲームをしていた頃の街とは随分と雰囲気が違う。
街の造り自体はほぼ一緒なのだが、建物の材質から種類まで、俺の知らないレーナスだ。
「問題ありません。病気のせいで最近は来ていませんでしたが、昔から私は変装して街に出かけていましたし」
俺はシリーさんに向かって、視線で『そうなんですか?』と問う。彼女は苦笑いをしながら頷いた。苦労しているようだ。
「セラはどうなんだ?」
「私は父や――兄、とよく買い物に来ていたな。ここは王都にない品物も各地から集まってきているし、掘り出し物もある。まぁ、昔の話だが」
「ふーん……兄ってのはレイさんのことか?」
「? なぜエスアールが知っている? 話した覚えはないが」
「シンから聞いてたんだよ。この国で他に強いやつはいるか――って聞いた時に名前が出てきたからな」
俺が答えると、セラは苦笑しながら「なるほど」と呟いた。
セラと二人でそんな会話をしていると、お転婆王女様が俺の右手を手に取った。慣れないぷにぷにとした感触に、一瞬で弛緩していた身体が強ばる。
「ど、どうされました?」
「お話でしたら、街を見物しながらにいたしましょう。私がご案内します」
そうじゃなくてですね。そんなにぐいぐいこられても、俺は女性慣れしているわけではないから困ってしまうんですが!
それに、二人の時ならまだいいが、ここにはシリーさんもセラもいる。
いちゃいちゃしているのを見せられる側の気持ちも考えてあげてくれ!
そう思ったのだが、
「セラは左手ね」
なんとフェノンさんは、俺の空いたほうの手を友人に握らせようとしたのだ。なんだこれ? 彼女は二股を推奨でもしてるのか?
彼女のように急に握られてはまずい、俺は慌てて左手の汗をズボンで拭う。
――だが、セラは俺の手をとることはなかった。
「私の手はゴツゴツしているからな、遠慮しておく」
そう言って苦笑いを浮かべる友人を、フェノンさんは「ふーん」とまるで反応を観察するように見ていた。
なんだか振られた気分だ。別に告白したわけじゃないけどさ。
「じゃあシリーは?」
「私ですか!? そ、そんな、恐れ多いですよ」
メイド服を着ていない美人メイドさんは、ブンブンと顔の前で手を振る。その単純な仕草も、彼女がするだけでとても愛らしく見えるから不思議だ。
「私と手を繋ぐことはあるじゃない」
「それはフェノン様がすぐにどこかへ行ってしまうからであって――」
「ふーん。そんなこと言うのね」
「――はぅっ、ち、違います! 私が不安なので、手を繋がせてもらってました!」
「冗談よ」
慌てるシリーさんの様子を見て、クスクスとフェノンさんは笑う。
王女様よ……権力を持つ人が軽々しく冗談を言うもんじゃない。
彼女を見てみろ。額から暑さとは別の汗が流れてるぞ。
シリーさんは王城にいた時、もっとしっかりした女性の雰囲気を持っていたが、こちらが彼女の素なのだろうか?
少しずつ、俺やセラに気を許してきたのかもしれないな。
それが彼女にとって良い変化なのか、悪い変化なのかは俺の知るところではないが。
微笑ましく思っているのか、手を繋ぐ俺たちを穏やかな表情で見るセラ。
冷や汗を流しながらも、安堵の息を吐くシリーさん。
楽しそうに笑みを浮かべ、俺の手をギュッと握るフェノンさん。
そしてそんな3人を眺めながら、苦笑いする俺。
さぁ、午後3時までレーナスの街をブラブラと観光しようか。
見ようによってはデートのようだが、もし仮にこれをデートと称するのならば、俺はきっと地獄に落ちるだろう。
こんな美人と美少女に囲まれているのだから、仕方のないことだ。
閻魔大王に頭を垂れ『三股してごめんなさい』と謝る未来を妄想しながら、フェノンさんに手を引かれ、俺は商業都市レーナスの街を歩きだした。




