41 僕を圧倒してみせてくれ
エリクサーにより失った右手を取り戻したドラグ様は、フェノンさんの思惑通り、食事と宿を俺たちに提供してくれた。
シリーさんやセラは、相手が公爵家の当主ということもあり恐縮していたようだが、貰えるものは貰っておけ――と、俺は言いたい。ドラグ様も、俺だけじゃなくセラたちに対しても申し訳なさそうにしていたからな。
食事の席で、公爵夫人やその娘たちに感謝される場面もあったが、それ以外は特筆すべきこともなかったので省略。
日本のスイートルームが安っぽく見えてしまうほど豪華な個室で眠りについた俺たちは、翌朝、ドラグ様から預かった封書を手に、レーナスの探索者ギルドへと向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「手紙を2通、ギルドマスターへ渡したいんですが、ライレスさんはいらっしゃいますか?」
時刻は朝の8時を過ぎた頃。
王都のギルドと比べると人は確かに少ないが、それでも派生二次職の件で問い合わせが多いのか、建物の中は人の熱気で蒸し風呂のようになっていた。朝の通勤ラッシュを思い出すな。
女性陣をこの中に連れていくのも気が引けたので、彼女たちにはギルドの外で待機してもらっている。
もちろんフェノンさんとセラは、周囲にバレることのないよう魔道具によって変装済みだ。
新職業や規則の件ではなかったからか、受付の女性はキョトンと目を丸くする。額の汗をハンカチで拭ってから、彼女は口を開いた。
「失礼ですが、どういったご用件でしょうか? マスターも忙しい身ですので、こちらで一度内容をお伺いしたいのですが」
彼女の言いたいこともわかる。
探索者が『ギルドマスターを呼べ!』なんて言い出す度に、組織の長が出てくるはずもない。
「あまり口にできない内容なんですよ。この名前、ひょっとして聞き覚えありますか?」
そう言いながら、俺はインベントリから探索者ライセンスを取りだした。
そこには名前と、どのランクのダンジョンまで踏破できているかが記されている。
俺の場合、記されているローマ字はB。この世界では今現在、俺を含む5人のみがこの表示になっているはずだ。
俺が取りだしたライセンスカードを受け取った受付嬢は、目を見開いた。そして俺の顔とライセンスを交互に何度も見る。
「も、もしかして貴方様があの――『勇者』の称号をいただいたエスアール様ですか!?」
周囲に聞こえないようなささやき声でありながらも、彼女の声色からは驚きがにじみ出しているように感じた。
称号を呼ばれるのが嫌だったから、ブレスレットを出さなかったのに……意味ないじゃないか。
俺は小さく息を吐いてから、顎を引いた。
「はい。そのまま小声でお願いしたいんですが、手紙は王都のギルドマスターであるレグルスさんとマーガス公爵からのものです。俺もライレスさんと直接話をしたいので、お時間があればお取次ぎ願いたいのですが」
彼女は俺の言葉を聞いて、コクコクと首を縦に振る。
「おそらく今は仮眠をとっているはずなので、すぐに叩き起こします!」
「いや、それは――」
疲れてるのなら無理やり起こすのも可哀想だ。30分ぐらいなら待ってもいい。
そう思って受付の女性を引き留めようとしたのだが、彼女は敬礼のポーズをとると、すぐさま席を立ち奥の扉へと向かっていってしまった。
というか『叩き起こす』って――親しみやすいような人なんだろうか? それとも尻に敷かれやすいタイプ?
取り残された俺は「ははは……」と乾いた笑いを人知れず零した。
数分後、対応してくれた受付の女性から「すぐにお会いになるそうです」と返事を受け取った俺は、一度ギルドの外へ出てから、外で待機していた3人を引き連れて戻ってきた。
人混みを掻き分け、探索者たちから奇異の視線を向けられながら、受付嬢に2階にある個室へと案内される。
そして、ようやくご対面。
俺たち4人がソファに腰かけると、受付嬢が見覚えのある茶菓子と紅茶を持ってきてくれた。
彼女が部屋から退出したところで、さっそく向かいに座る男性が口を開く。
「待たせて済まないね、僕が探索者ギルドレーナス支部の長――ライレスだ。ここ最近ずっと忙しくてさ、部屋で休ませてもらってたんだ」
年齢は30代後半といったところか。
俺やシリーさんと同じ黒髪で、電波をキャッチしているかのように寝癖がついている。仮眠をとっていたらしいから、その時に型がついてしまったのだろう。
身体は細く、どちらかというと爽やか系。レグルスさんと兄弟なんて、言われないと気付けないな。目元が少しだけ似てるか?
「セラ=ベルノートだ」
俺の左どなりに座るセラは、名乗りを上げてから髪に取り付けてあった魔道具を外す。ダークブラウンの髪が、あっという間に元の深紅の色に変化した。
ポカンとした表情を浮かべるライレスさん。
俺は彼が何かしらの反応を示すより先に、セラの後に続いた。
「俺は探索者のSRです」
そして、王女様やシリーさんも自分の名前をライレスさんに伝えていく。
「フェノン=フォン=リンデールよ」
「フェノン様にお仕えしております、シリーです」
魔道具を外したフェノンさんは、セラと同じように元の髪色へと戻った。
しばらく驚愕の表情で固まっていたライレスさんは、慌てたようにフェノンさんに向かって頭を下げた。
「気付かずに申し訳ありません、王女殿下」
わからないのも無理はない。
街の人々も、誰一人として彼女に気付けなかったからな。
どちらかというと、視線を浴びていたのは俺のほうだ。
美人と美少女に囲まれているのだから、妬みの視線が集まってしまうのは仕方がないことだろう。逆の立場だったら眼力で人を殺せていたかもしれない。
「今の私は探索者よ。かしこまる必要はないわ」
「王女殿下が、探索者――ですか?」
「えぇ。もしかすると、手紙に何か書いているかもしれないわね――エスアール様、預かった封書を先に読んでもらいましょう」
「それもそうですね」
どんなことが書いてあるのか、俺も知らない。
ドラグ様の手紙はおそらくBランクダンジョン関連のことだと思うが、レグルスさんの方はどんな内容なんだろうか?
二通の封書をテーブルの上に置くと、ライレスさんはまず、ドラグ様から預かったほうの手紙を読み始めた。
視線の動きで、彼が文字を追っているのがわかる。
「Bランクダンジョンへの入場許可が欲しいのかい?」
「はい。現在は封鎖されていると聞きましたから。一応、ドラグ様には許可をいただいてます」
「あと、手紙には実力に問題がないか確認してほしい――と書いてあるんだけど」
「そんなことも言ってましたね」
俺の返事に、ライレスさんは考え込むように「ふむ」と言ってから顎に手を当てる。
「4人で潜るのかい?」
「はい」
「それぞれの役割は?」
その質問に対して、俺は咄嗟に答えることができず硬直してしまった。
俺一人で全部倒す――そんなことを言ったとしたら変な目で見られてしまいそうだし、また口止めのために誓約書を書いてもらったりしないと――、
「魔物は全てエスアール様一人で対処できるわ。それに護衛もセラとシリーがいれば十分よ。言っておくけど、このことは口外禁止だから。もしうっかり他に漏らしたりなんかしたら、リンデール王家が相手になるわよ」
おーい……俺の悩んだ時間を返してくれ。
まぁ、口止めしてくれるんならいいんだけどさ。
「一人でBランクダンジョンの魔物を? さすがにそんな荒唐無稽な話は信じられませんよ殿下。だとしたら、噂になっている話と正反対じゃないですか」
噂っていうのはたぶんアレだな。俺やセラが迅雷の軌跡にくっついてBランクダンジョンを踏破したっていう話。
「信じられないのも無理はないと思うが、事実だ。その身で自身の無力を体感してみるといい」
セラが追撃するように言う。
まるで『私が味わった苦悩をお前も味わえ』と言っているかのようだ。
ライレスさんは眉を寄せるが、すぐに「わかった」と了承の返事をしてくれた。
「ギルドマスターの地位にはいるけど、僕は現役の探索者でもある。いままでの最高到達はBランクダンジョンの3階層だ。入場を認めるとしたら、僕を倒すだけじゃ足りない。エスアール君一人で僕を圧倒してみせてくれ」
なんとなく予想はしていたが、やはり戦うことになるのか。
実力を証明するにはこの方法が一番だとは思うが、できるなら話し合いで終わらせたかった。早くダンジョンに行きたいし。
まぁ、受付の彼女がライレスさんを無理やり起こしてくれた分、時間は浮いてるからいいか。
「……いいですよ。ただし、無観客でお願いします」
俺がそう答えると、ライレスさんは呆れたようにため息を吐いた。
「大した自信だよ、まったく。さすがに称号持ちは違うね」
苦笑しながら、ライレスさんはもう一つの封書へと手を伸ばした。彼は首を傾げながら封を開ける。
「兄さんとは通信で数日前に連絡をとったばかりなんだけどな……」
そう言いながら、彼は取り出した手紙を広げた。
中身を見た彼はピシリ――と、まるでメデューサに睨まれて石化してしまったかのように硬直する。手の中から手紙がするりと抜け落ちた。
まるで意思でも宿っているかのように、その手紙はヒラヒラと宙を舞い、表を向いた状態で俺たちの前に滑りこんでくる。
折り目のついたA4サイズの紙には、慌てて書いたような、お世辞にも綺麗とは言えない文字。わかりやすい大きな字で、こんな文章が書かれていた。
『ないとは思うが、エスアールの力試しをしようなんてバカなことは考えるなよ。もし一騎打ちをすることになったなら、十分に手加減してもらえ!』
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