38 旅路
レベル80より上がある――その言葉を聞いたシンたちは、しばし呆然とした後に『どういうことだ!?』と前のめりになりながら疑問をぶつけてきた。
すぐに種明かしをするのもつまらないので、俺は「武闘大会が終わってからな」とお茶を濁し、彼らには帰ってもらった。
少し意地の悪いことをしてしまったという自覚はある。反省はしていない。恨むならこの世界を恨んでくれ。
その後、昼前にフェノンさんとシリーさんが姿を現した。
フェノンさんは黒い膝丈のスカートにグレーのYシャツ。髪は魔道具によって漆黒に染まり、うなじの辺りで一つ結びにされている。普段の彼女から考えると、全体的に正反対の配色となっていた。
セラの言った通り、これならば王女様とバレることはないだろうと俺も思う。
そして美人メイドのシリーさん。
彼女はいつものメイド服を身につけておらず、黒のホットパンツに、へそが見えるほど短いTシャツ、その上から黒いジャケットを羽織っていた。
メイド服を身につけている状態では見えなかった、ハリのある真っ白な太ももがなんとも犯罪的だ。視線を向けたら犯罪者になってしまいそうだという意味で。
フェノンさんと違い彼女は、もともと着ていたメイド服の色合いと比較すると、普段と大差ない。しかし、身につけている服のジャンルが違いすぎて、まったく雰囲気が違うように感じられた。
可愛らしい印象から、カッコイイ大人の女性という風に変化している。
その後、服装はいつも通り、髪色だけダークブラウンに変わったセラもやってきて、メンバーは全員集合。俺たちはシリーさんが手配してくれていた馬車に乗り、王都を出発した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「セラにしては遅かったな。いつも早くに来るイメージだったが」
「ギルドマスターに武闘大会のことを確認してから来たんだ。待たせてしまって済まない」
「それでも予定していた時間よりは早かったぞ。だから謝らなくていいさ、ご苦労さん」
シリーさんが用意してくれた馬車は、みすぼらしくはないが、貴族や王族が乗るとは思えないほど質素な造りをしていた。あまり派手なものだと、上流貴族だと気付かれてしまうからだろう。
とはいえ物自体はかなりしっかりしているようだし、馬車を引いている馬も陽の光を反射するほど毛並みが良く、上品な印象だ。おそらく御者のおっちゃんも、王城の関係者なのだろう。
馬車の中は片側5人、合計10人は座れそうなぐらい広々としていて、柔らかいクッションが敷かれていた。
俺とセラが隣に座っていて、向かいにはフェノンさんとシリーさんが座っている。
綺麗に整備された街道を進んでいるため、馬車の中の揺れも意識しなければ気にならない程度のものだった。
セラはおもむろにインベントリから一通の封筒を取り出すと、皆に見えるように人差し指と中指で挟んでから言った。
「ギルドに行った時に、手紙を預かってきたぞ。弟に渡してくれと言っていた」
「弟……? それは構わないが……セラの顔見知りか?」
いきなり弟に渡してくれと言われても、その人物の顔や名前がわからないと探すのは難しいだろう。
俺が首を傾げていると、シリーさんが補足するように答えてくれた。
「レグルスさんの弟――ライレスさんは探索者ギルド、レーナス支部のギルドマスターなんですよ」
「へぇ……兄弟揃ってギルドマスターなんて、凄いですね」
「2人とも人の上に立つカリスマ性と実力を兼ね備えておりますから。周囲の評判も良いみたいです」
「ギルドマスターの弟も、Bランクダンジョンの3階層まで行っていたらしいぞ」
そういえばレグルスさんも同じ階層まで行ったと言っていたな。
確か重騎士のレベル80だったか? もしかすると、一緒のパーティで潜っていたのかもしれない。だとすると、ライレスさんは攻撃職だろうか?
それはそうと、Bランクダンジョンといえば――、
「レーナスのBランクダンジョンが封鎖されてるってのはマジなのか? 俺、あそこに行きたいんだが」
迅雷の軌跡の話では『大丈夫だろ』とのことだったが、どうしてもその言葉だけじゃ不安は拭えない。この長い旅路が無駄になるのは勘弁してほしいのだ。
セラに向かって問いかけると、彼女はシンたちと同じようにニヤリと笑みを浮かべた。
「マーガス公爵が封鎖したと聞いているな――だが、エスアールなら問題ないはずだ」
なんで問題ないんだよ。それがわからんから聞いてるんだが。
「私もそう思いますわ。なんと言っても、エスアール様ですから」
セラに続き、フェノンさんまでそんなことを言う。
王女様よ……それなんの答えにもなってないからな?
俺がむくれ顔をしていたからか、フェノンさんが「ふふ」と上品に笑ってから言葉を付け足す。
「ヒントを差し上げますと、現在マーガス公爵はある問題を抱えているのです。そしてその問題を、エスアール様はいとも容易く解決できるでしょう」
「俺がその問題とやらを解決すれば、Bランクダンジョンに潜ることを認めてくれると――?」
「えぇ、マーガス公爵は義理堅い御方ですから。エスアール様からお願いすれば二つ返事で許可すると思いますよ」
「……そうですか」
結局、シンたちと話した時と同じくモヤモヤが残ってしまった。
大丈夫ならいいんだけどさ、全然スッキリしないっ! むしろ聞かないほうが良かったとさえ思ってしまうわ!
「前にBランクダンジョンでレベル上げをするというお話をされておりましたが、レーナスのダンジョンでも大丈夫なのでしょうか?」
からかわれてしまっている俺を不憫に思ったのか、シリーさんが優しく別の話題を振ってきた。天使かよ。
俺は太ももに視線を向けないよう、グッと視線を彼女の顔に固定しつつ、平然とした口調で答えた。フェノンさんからの視線が鋭くなった気がしたが、気のせいだろう。
「本当はもう少しエリクサーをストックしておきたかったんですが、急ぎでもないですし、レーナスのダンジョンでも問題ありませんよ。魔物の種類は変わりますが、難易度は一緒ですしね」
「私も弓で援護いたします!」
気持ちは嬉しいが、それは無理だ。
「シリーさんは下級職のレベル1で潜ってもらいますから、Bランクダンジョンの魔物相手だとダメージにはなりませんよ」
「そ、そうでしたね……邪魔にならないようにしておきます」
「いずれ活躍してもらいますから、その時まではゆっくり休んでいてください」
「エスアール様! 私もいずれお力になれるよう頑張ります!」
「はい。フェノンさんにも期待していますよ――もちろんセラもな」
そう言って俺は隣に視線を向けた。
しかし彼女は焦点の合っていないような目で、ぼうっと前を見ており、俺の声に反応する気配はない。
「セラ?」
もう一度声をかけると彼女は「あ、あぁ……そうだな」と、話を聞いていたのかそうでないのか、よくわからないような返事をして、曖昧な笑みを浮かべた。
何か考え事でもしていたのだろうか? 家族の問題のことか?
王都から離れたら少しはマシになるかと思ったが……あまり変わらないな。
その後俺たちは、シリーさんが持ってきていたトランプで遊んだり、外の景色を楽しんだりしながらレーナス到着までの時間を過ごした。
ちなみにフェノンさんはババ抜きがめちゃくちゃ強かった。
彼女は俺に勝たせてくれるように立ち回っていて、俺がババを持つと、すぐさまそれを抜き取り、シリーさんに押し付ける。結局、シリーさんとセラが交互に負けるという形になっていた。透視能力でも持ってるのだろうか?
シリーさんは負けが続き半泣き状態となってしまい、セラは「シリーより私のほうが強い」とドングリの背比べをしていた。少し元気になったみたいでなによりだ。
シリーさんの涙目になっている表情を可愛いと思ってしまったのは、ここだけの話。
レーナスの街に到着したのは日暮れ前。
入口で警備をしていた衛兵に、立位体前屈をしてるのかとツッコミたくなるほど頭を下げられる一幕はあったが、それ以外は問題なく入場することができた。
フェノンさんが「いい宿がありますよ」と言って街を案内してくれたので、俺たちは彼女の後ろに付いて歩いていく。
「ここですわ」
フェノンさんはそう言って振り返ると、俺の顔を見て笑みを浮かべる。
うん。確かにとてもいい宿になりそうだな。きっとフカフカのベッドがあって、部屋も無駄に広いのだろう。
街の中心部に位置してるっぽいし、おそらく街の中で1番豪華で一番大きな建物だ。
ここ、公爵邸なのでは?




