36 未来の姿
喧騒の中現れたレグルスさんは、ドスドスと大きな足音を立てながらこちらへと歩いてきて、俺に絡んできた男の胸ぐらを掴みあげると、宙づりの状態で事情を聞き出し始めた。
その隙に周囲でヤジを飛ばしていた探索者たちは、そろそろ足音を殺してその場から離脱していく。
残ったのは俺とセラ、そしてレグルスさんとすっかり涙目になってしまっている宙吊りの男。それと、探索者ではない街の住人たちが、何事かと遠目でこちらの様子を窺っていた。
あらかたの事情を聞き終えたレグルスさんは、苛立った様子で男をポイッと道端に放り投げると、俺とセラに「悪いな」と謝ってからギルドへと誘導してくれた。
名も知らぬ探索者の男は、まるで腹を空かせた猛獣から逃げるように、慌ててその場から立ち去っていく。よっぽどレグルスさんが怖かったのだろう。街の住人は逃げていく探索者を見ながら、ケラケラと笑っていた。
俺はあんな風に怒るレグルスさんを初めて見たから、探索者の男を笑う余裕もない。ただただ呆然と事の成り行きを眺めていた。
そして俺たちは周囲の視線を浴びながら、人が大勢いる正面入口ではなく、裏口からギルドへと入っていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
やってきたのはいつもの個室。Bランクダンジョン踏破前に話した時も、会議の時も、ずっとこの防音の個室だ。
「すまないな。ウチを利用する探索者の連中は、こういうことのないように、しっかりと教育してるんだが」
俺とセラは隣り合わせ、向かいのソファにはレグルスさんが座っている。
テーブルの上には、相変わらず代わり映えのしない茶菓子と紅茶、それに、コーヒーが並んでいた。
俺がレグルスさんに「コーヒーが良いです」と抗議したら、あっさり要望が通ったのだ。もっと早くから言っておけば良かった。
「あまり見かけない顔ぶれでしたが、あの人たちは他の街から来たんですか?」
「だろうな。王都にはダンジョンが集まっているし、新しい職業のレベル上げには最も適していると言えるだろう」
確かにレグルスさんの言う通りだ。
何しろFランクダンジョンからBランクダンジョンまで、徒歩で問題ない距離にあるからな。
俺も転生した先が王都ではなく他の街だったなら、まず王都に移動しただろう。
「それはわかりますが……なぜギルドに押し寄せてたんですか? 彼らが向かうべきは宿かダンジョンのどちらかでしょう?」
俺がそう問いかけると、レグルスさんは俺にジト目を向けてきた。
「エスアールがそれを言うか? ギルドで許可証を発行するよう、一緒に決めただろうが」
レグルスさんが言っている『許可証』とは、探索者ライセンスとは別に、下級職でもFランクダンジョン以外に潜るために必要な物だ。
逐一ダンジョン前の受付で確認をするよりは、先に許可証を発行しておいたほうがいいと思ったからそう決めたのだが……、
「えぇ。ですがあれはどの街のギルドでも発行できるでしょう?」
「まぁな。探索者ライセンスを見れば踏破歴は一目瞭然で、ステータスを見ればレベルもわかる。許可証の発行自体は簡単だろう」
「だったら、なぜ王都のギルドに?」
わからん。
王都のダンジョンに潜りたいのなら、自分の街で許可証を発行してから来ればいいじゃないか。わざわざ人の多い王都で発行しようとすると、混雑するのは目に見えている。
俺の問いかけに、レグルスさんは大きなため息を吐いた。
そして、重々しい口調で言う。
「……他の街のギルドはな、ここよりもずっと小さいんだよ。おそらく昨日は、今のこのギルドぐらいに混雑していたはずだ。だから許可証の発行待ちをするよりは、先に王都へ行って宿を取ってから――って感じだろ」
「……なんとはた迷惑な」
しばらく俺たちの会話を黙って聞いていたセラも、レグルスさんの話に眉を寄せる。
俺たちの場合、許可証いらずで封書を見せれば良いだけだから楽なんだが、暴言を浴びせられたからか、どうしてもその行為自体に不快な印象を持ってしまう。セラもきっと俺と同じなんだろう。
「セラもすまなかったな。いくら探索者に身分が関係ないとはいえ、あれはいささか度が過ぎていた」
レグルスさんの言葉に、セラは首を横に振る。
「ギルドマスターが謝ることではない。それに、私も探索者として活動すると決めた時、これぐらい受け入れる覚悟はしている」
おぉ……セラ、なんだかかっこいいぞ。
レグルスさんも感心したように「そうか」と呟いた。
それから彼は紅茶を一口飲んだ後、さらに話を続ける。
「あいつらを黙らせる、手っ取り早い方法がある」
先ほどまでの困ったような表情から一変、レグルスさんは楽しそうな顔で言った。なんとなく、面倒くさいことになりそうな予感。
俺が頬を引き攣らせている横で、セラはなんの躊躇いもなく「なんだそれは?」と質問した。
「いまから1ヶ月後に、この王都で新職業お披露目のために武闘大会が行われることになっている。とはいっても、参加するのは先んじて新職業の転職に取り掛かっている騎士団だけだがな」
へぇ……そんなイベントみたいなことをやるのか。
ゲームでも対人戦のイベントはちょこちょこ開催されていたが、まさか現実となった今も行われるとは思わなかった。
しかし、話の繋がりが見えないんだが。
「騎士団だけなら、俺たちには関係ない話じゃないんですか?」
だって俺たち、騎士団じゃなくて探索者だし。
俺の問いかけにレグルスさんは「お前たちが普通の探索者ならな」と前置きしてから話始めた。
「派生上級職の発見者として告知された迅雷の軌跡は、武闘大会のパーティ戦における優勝者たちと戦うことになっている。個人戦に関してはまだ決まっていなかったが……どうだ? お前たちのどちらか、優勝者と戦わないか? 観客も大勢いるから、実力を披露するにはもってこいの場だぞ?」
ほう。
つまりBランクダンジョンを踏破した俺たちが、特別ゲストみたいな形で武闘大会に出場するということか。
騎士団の中で勝ち上がってきた猛者に勝利することができれば、あのアホな探索者たちも黙るしかないだろう。俺は別にいいが、セラに対しては土下座で謝らせてやりたい。
で、どちらか片方という話だったが――俺としては遠慮させていただきたい。
ギルドで行なったセラとの模擬戦程度ならば構わないが、イベント事のように、大勢の観客の前でやるとなると後々面倒くさいことになりそうだからだ。
とはいえ、勝利するためには俺が出たほうが確実なんだろうけど、彼女としてはどうなんだろうか? どうしても出たくないというのであれば、俺が適当に実力を誤魔化して戦っても構わないが。
そう思ってセラのほうに目を向けると、彼女もちょうどこちらを向いたところだった。視線が重なる。
「すまないエスアール、できれば私に出場させてくれないか?」
真剣な眼差しを向けながら、彼女はそう言った。
てっきりセラのことだから『実力のあるエスアールが出るべきだ』なんて言いそうだと思っていたんだが……俺もまだ彼女のことをよくわかっていないらしい。
「もちろん構わないぞ。こういうイベント事、好きなのか?」
「別に好きというわけではないが……」
セラはそう言ってから、視線を下に落とす。
何か言いたげに見えるが、彼女の口からは後に続く言葉がなかなか出てこない。
何か声をかけたほうが良いのだろうか――と考えていると、
「セラが出るってことでいいか? それならばこちらもそれで話を進めるが」
レグルスさんがちょうど良いタイミングで話に入ってきてくれた。
体格や顔つきに似合わず、空気の読める人だ。
「えぇ、それでお願いします」
「よしわかった。……エスアールはほどほどにな」
レグルスさんはなぜか出場する予定のない俺のほうを向き、苦笑いを浮かべながらそう言った。
まったく……勘の鋭いギルドマスターだ。
テンペストをプレイしていた頃は、トッププレイヤーたちは全てのステータスボーナスを得たうえで、その技量を競い合っていた。
俺からすればこの世界の住人たちは、まだスタートラインにすら立っていない。なにしろ基盤が出来上がっていないのだから。
この世界の住人はいずれ三次職へと辿り着き、誰に教わらずともステータスボーナスの存在に気付くことになる。その頃になってようやく、自分たちがどれほど無力な存在だったのか知るはずだ。
その未来の姿は、1ヶ月後の武闘大会でセラが体現してくれることになるだろう。
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