33 伝説の保険
時刻は朝の10時過ぎ。
セラと共に朝食で使用した食器を片付け、コーヒーで一息吐いていると、フェノンさんとシリーさんがやってきた。
「エスアール様っ! 本日はまだいらっしゃったのですねっ!」
お転婆王女様は俺の姿を捕捉するなり、トタトタと小走りで駆け寄ってくる。
王女様らしいドレスではなく、セラと似たような要所だけを守る身軽な防具を身に付けているため、カチャカチャと軽い金属音が鳴った。
「おはようございますフェノンさん。昨日で打ち合わせは終わりましたので、今日はのんびりしてるんですよ」
以前はフェノンさんたちが来る度に立ち上がって頭を下げていたが、今では彼女たちが玄関をノックすると「鍵開いてますよー!」とソファに座ったまま叫んでいる。
フェノンさんがそうしろというのだから、お言葉に甘えさせてもらっているのだ。
俺の言葉を受け、フェノンさんは――ぱぁっと笑顔の花を咲かせた。
「まぁっ! では本日はご一緒できるのですかっ!?」
そう言ってから彼女は、ぐいっ――と顔を俺に近づけ、くりくりとした目をさらに輝かせる。なんとなく、チワワとかそんな感じの小動物っぽい。
「こらこら、あまりエスアールを困らせるなよ。彼は今日迅雷の軌跡との約束があるらしい――それに、フェノンはもう少しダンジョンに慣れておけ。体力を付けておかないと、彼の足手まといになるだけだぞ」
セラがそうやってたしなめるように言うと、フェノンさんは小さく息を吐き、唇を尖らせつつも「それもそうね」と小さい声で言った。物分りはいいらしい。
「残りの下級職のレベルを30にできたら、一緒に潜りましょうか。それと、シリーさんも一緒に行きましょう。外で待つのは暇でしょう?」
俺がそう言うと、シリーさんはキョトンとした表情で「私もですか?」と首を傾げる。
「はい。シリーさんは弓が使えると聞きましたし、どうせなら一緒にレベル上げをしましょう。力を付ければ、それだけフェノンさんを守ることができますよ」
最後に付け加えた一言は、少々ずるいなと自分でも思う。
だが今後のことを考えると、遠距離で攻撃できる人材を確保しておきたい。セラは接近戦だし、フェノンさんはスズと同じように回復兼補助に回ってもらう予定だからな。
何より見知った顔だし、フェノンさんもやりやすいだろう。
シリーさんは「皆様がよろしいのでしたら……」と遠慮気味であったが、フェノンさんやセラが好意的な反応を見せると、彼女は嬉しそうに「頑張ります!」とやる気を見せていた。
やはり、外で待つのは暇だったのだろう。もしくは見かけによらず、ダンジョン探索が好きなのかも。
3人を玄関で見送り、ソファで寝転がってダラダラしていると、お待ちかねの迅雷の軌跡がやってきた。
彼らと会うのは、Bランクダンジョン踏破後に打ち上げをして以来になる。
扉の前で簡単に挨拶を交わしてから、俺は彼らをリビングに案内した。
「お前さん、こんな良い所に住んでるのか……」
「広いわね。お貴族様の家って感じがするわ」
「ですです。お掃除で一日が終わりそうです」
3人は家に入るなり、無意識に漏れ出たような息を吐きながら、辺りを見渡していた。こういう無駄に広い家を見るのが初めてなのかもしれない。
王城のほうが圧倒的に豪華で広いのだが、生活感があるから珍しいのだろう。というか金はあるんだから、シンたちも買えばいいのに。
ちなみに俺が最初にこの家を案内された時は、終始顔を引き攣らせていた。いらねぇ――というのが、俺の第一印象である。
「掃除は俺が出ている間に、王城にいるメイドさんがやってくれてるみたいだぞ」
プライバシーもへったくれもない家である。
紋章の入った短剣や、忌まわしき『勇者』の称号を示すブレスレットなどの貴重品は、インベントリに入れて持ち歩いているから特に問題はないけど。
俺としてはメイドさんたちに掃除の給料を払いたいのだが、誰も住んでいない時も掃除はしていたようなので、その必要はないとのことだった。
しばらくシンたちの好きなようにさせ、家の中を見てもらった。
どうやらシンたちはダンジョン探索だけでなく家屋の探索も好きらしい。リンデール王国ナンバーワンに恥じない探索っぷりだ。
冗談はさておき。
「レベル上げは順調か?」
彼らをリビングのソファに座らせ、俺もテーブルを挟んだ対面に腰を下ろした。
「あぁ。エスアールに言われた通りの職業をレベル30まで上げてきた」
「へぇ、意外と早かったな」
「これぐらい朝飯前だ」
口角を上げ、シンはニヤリと笑みを浮かべる。
そこにすかさずライカさんのツッコミが入った。
「あら、貴方『こんなの絶対無理だ』って弱音吐いてたじゃない」
「ばっ――そういうことは言うんじゃねぇよ!」
「確か『エスアールのやつ覚えてろよ』とも言ってたです」
スズは器用にシンの声真似をして言った。結構似ている。
「だからそういうことをっ――い、いや、これは違うんだエスアール! あ、あれだ! この恩は絶対忘れない――って意味だからな!」
俺は漫才を見せられているのか?
「……別になんと言われようと気にしないが、そうだな――シンには少し厳しめのメニューを考えておこうか」
俺がそう言うと、シンの顔からみるみる血の気が引いていく。きっと今以上に忙しくなるスケジュールを想像したのだろう。
そんなシンとは対照的に、スズとライカは楽しそうに笑っている。彼らの力関係がハッキリと見えてくるな。
さすがに可哀想だったので、すぐに「冗談だよ」とシンに伝えた。
先程の自信満々の表情はどこへいったのやら……彼は胸に手を当ててホッと安堵の息を吐いていた。
俺が彼らにだした課題は、一次職を1つ――そして二次職を2つ、プレイヤーボーナスが得られるレベル30まで上げてくることだ。
シンとライカは、騎士、重騎士、武闘剣士。
スズは、騎士、重騎士、賢者の3つ。
彼らには十分な実力があると判断し、どれもCランクダンジョンでレベル上げをするように指示した。少しは手こずるかと思っていたが、どうやら俺は彼らの力量を少し見誤っていたらしい。
「じゃあ次の段階だな。シンは豪傑、ライカは剣豪、スズは結界術士のレベルを30まで上げて、それから3人でBランクダンジョンを踏破だ。もちろん、レベル80の職業で挑めよ」
「……3人でか?」
「心配ないさ、シンたちなら十分勝てる」
なにしろプレイヤーボーナスの存在を知らない時点で、3階層で戦えていたんだ。このレベルやステータスがものを言う世界で、だ。
そんな彼ら――例えばシンのステータスなら、以前はこんな感じだった。
☆ステータス☆
名前︰シン
年齢︰27
職業︰剣豪
レベル︰80
STR︰C
VIT︰D
AGI︰E
DEX︰F
INT︰G
MND︰F
スキル︰気配察知 飛空剣 逆境
ちなみに一次職はレベル50まで上げていないらしいので、剣士レベル50で取得できるスキル『二連斬』は覚えていないようだ。
そして現在、新たに3つのボーナスを獲得した彼のステータスは、こう変化しているはず。
☆ステータス☆
名前︰シン
年齢︰27
職業︰剣豪
レベル︰80
STR︰B
VIT︰B
AGI︰E
DEX︰F
INT︰G
MND︰F
スキル︰気配察知 飛空剣 逆境
このステータスにプレイヤーボーナスが1つ加わったとしても、Bランクダンジョンに挑むボーダーラインの『B1つ、C2つ以上』には達することはないが、それは彼らの技量が補ってくれるだろう。
それに、俺は彼らのために保険を用意しておいた。
俺は不安そうな表情を浮かべているシンたちの前に、インベントリから取り出したある物を並べた。それはガラス瓶に入った、エメラルドグリーンの液体だ。
「そうビビるなよ。危なくなったらこれを使っていいから」
俺がそう言うと、シンはテーブルの上に並べられたソレを指さしながら、砂浜に打ち上げられた魚の如く口の開閉を繰り返す。お前、エラ呼吸なのか?
「――お、おま、これもしかして……」
「おう、エリクサーだ。俺も会議の合間にダンジョン行ってたからな」
ほとんど時間が取れなくて、シンたちと同じく一次職1つと、二次職2つしか30まで上げられてないが。
ちなみにレベルを上げたのは魔法士、剣豪、結界術士の3つだ。
時間のあった彼らと、合間にしか行けなかった俺のペースが同じなのは、単純に倒すスピードと、ソロで潜っているということ――それに加えて、剣豪レベル30のプレイヤーボーナスであるSTRを上げてからは、Bランクダンジョンでレベル上げをしていたからだ。
たまにある会議が休みの日は、朝から晩まで潜っていた。エリクサーはその時に入手したものである。
やはり確定ドロップは美味いんだよなぁ。
「セラさんと踏破したですよね……?」
恐る恐る――といった様子でスズが質問してきた。
「ソロだぞ。セラにはフェノンさんのレベル上げをしてもらってるからな」
俺がそう言うと、ライカがジト目を向けながら口を開く。
「前から思ってたけど、エスアールって少ぉーし、イカれてるわよね」
「少しじゃないだろ。かなりイカれてるぞこいつ」
おい、何好き勝手言ってるんだ。そのエリクサー没収するぞ。
肩を竦め嘆息してから、俺は話の軌道修正を試みる。
「金はいらない。有り余ってるし、どうせ派生二次――派生上級職の情報が広まれば、そのうち手頃な値段で買えるようになるからな」
本当はもう少し先――三次職の話を出してからになるだろうけど。
「伝説の秘薬が普通に買えるですか……」
「信じ難いが……現にこうして目の前に並んでるもんな、それも3つ」
「有り得ないわね」
「すぐに慣れる――で、シンたち以外はどうだ? 派生上級職の情報を得たら、Bランクダンジョンを踏破できそうな奴らはいるか?」
俺がそう問いかけると、シンは腕組みをして唸った後「探索者じゃなくていいなら」と前置きをしてから言った。
「王国の騎士団だろうな。アイツもいるし」
「アイツ?」
「俺の友人でな、1対1でも俺の勝率は6割7割ぐらいだ。王国の騎士団には先に情報が回っているだろうし、中々強いぞ」
「シンがそこまで言うか」
それならば確かに、Bランクダンジョン踏破の見込みがあるな。
派生二次職をレベル最大まで上げれば、スキルを駆使して踏破も可能だろう。
いったいどんな人なんだろう? 筋骨隆々なレグルスさんみたいな人なんだろうか?
俺の表情を見て、シンどころかスズやライカもニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
「何笑ってんだよ」
何かおかしい所があったか?
俺の不満顔を見て、シンは「はははっ」と声に出して笑った。先程の仕返しか?
「その友人の名前はな、レイっていうんだ。――レイ=ベルノート、セラの1つ上の兄貴だよ」
「へぇ……」
セラのお兄さん――ね。
彼女が家に帰りたがらないことと、騎士団に所属する実力派の兄――はたして何か関係があるだろうか?




