28 SRの策略
陛下との謁見が終わり、王城での用事は残すところディーノ様への説明だけとなった。同時に褒賞金の受け渡しもするらしいので、俺たち5人は応接室でディーノ様がやってくるのをソファに座って待っていた。
「驚くことが多すぎて混乱してるんだが」
シンさんが神妙な面持ちで言った。
会話に参加するつもりはない。それどころじゃないほど、俺は『勇者』なんて肩書きを与えられたことに絶望していたからだ。
自由な異世界ライフを楽しみにしていたのに、気付けば拷問器具として有名なアイアン・メイデンの中に閉じ込められた気分である。自由に動けないうえ、中の俺は串刺しだ。どうしてこうなった。
脱力しきった表情のまま、4人を眺める。
スズさんとライカさんは2人で「どうしようどうしよう」と嬉しそうにはしゃいでいた。称号が嬉しいのか、大金が嬉しいのかはわからないが、シンさんの言葉が耳に入ってきていないのは見ればわかる。
俺もあんな風に喜べる褒賞が欲しかった。
セラさんはというと、頭を抱えて落ち込んでいた。
ぶつぶつと「なんで私だけ……」と呟いているのが聞こえたので、おそらく落胆している理由は、1人だけ称号が貰えなかったからだろう。
迅雷の軌跡は国のトップパーティだし、俺の実力は未知数なうえに、ダンジョンの単独踏破など、ある程度の実績を立てている。
だがセラさんは、最近までCランクダンジョンの踏破ができずに困っていた。その辺りが関係しているかもしれない。
だが、彼女も俺の教えた知識があるので、すぐに称号を貰えるような何かを成し遂げるだろう。なにしろBランクダンジョンの踏破で与えられるぐらいだからな。
「………………1つずつ整理しようと思う」
30秒ぐらい経っても誰もシンさんに返事をしなかったので、彼はとうとう1人で話を進めてしまった。
どうぞどうぞ。俺は自分のこれからを考えるので忙しいので。
「まず最初に、エスアール」
早速名前を呼ばれてしまった。ため息を吐きたい気持ちを我慢しつつ、仕方なく「なんでしょうか」と返事をする。
「お前さん『召喚された』とか言われてたよな? どういうことだ?」
やっぱりそこは突っ込まれるよなぁ。
陛下がそのことについて話をした時、彼らは驚いていたし。
「えー……簡単に言うと、王女様を救うために勇者を召喚しようとしたら、別に勇者でもなんでもない俺が、別の世界から来ちゃったってことです」
「その、別の世界ってのは、他の国ってわけじゃないんだよな?」
「そうですよ。文化とか全然違いますし、生物も違います。本当に困ったものですよ」
実際に困ってるのは召喚されたという部分ではなく、与えられてしまった『勇者』の称号だけど。
俺の発言に、先程までキャッキャしていたスズさんが「待ってくださいです!」と、会話に混じってきた。
「それはおかしいです。エスアールはこの世界のことを知りすぎてるです。それなのに、別の世界の住人なわけないです」
彼らにはこの世界の人がまだ知らないことを、結構詳しく話しちゃったからなぁ。でもそれに関しては、以前に話したはずだ。
「ギルドで話をした時に言いましたけど、『何故知っているのか』という質問に対しては、答えるつもりはありません。皆さんのご想像にお任せしますよ。神様でも未来人でも」
「……そう言えばそんなこと言ってたですね」
スズさんは不満そうにしながらも、引き下がってくれた。
視線を他の3人に向けてみると、シンさんやライカさん、そしてセラさんも俺の言葉は聞いてくれていたみたいだ。今後彼女たちから、同じような質問がくることはないだろう。
「エスアールのことはわかった。もしこの世界のことでわからないことがあれば、俺たちを頼ってくれ。お前さんがくれた知識は、俺たちの前にあった壁をぶち抜いてくれたんだ。必ず力になると約束しよう」
おぉ。シンさんなんだかリーダーっぽいぞ。無視されてた時は不憫な人に見えたけど。
「ありがとうございます。その時はお願いしますね」
「おう。で、次は称号に関してだが――なぜエスアールは嬉しそうじゃないんだ? お前さん、『勇者』の称号を貰ったんだぞ? 俺たちは全員驚きと嬉しさで、頭がおかしくなっちまいそうだっていうのに」
シンさんの言葉に、スズさんとライカさんが首をガクガクと縦に振る。
彼らにとっては、そんなに嬉しいものなのか。
「俺、さっき話した通り異世界人ですよ? 称号がなんなのかわかりませんし、それが原因で目立つことになるなら、陛下には申し訳ないですが称号なんていらないです……良かったらシンさんにあげましょうか? 勇者で先駆者とか素敵ですよ」
「貰えるかバカっ! というか、いらないってどういうことだよっ!」
ちぃっ。ダメもとで言ってみたがやはり無理だったか。
「言葉通りですよ。だいたい称号ってなんの役に立つんですか?」
「役に立つって――お前さんなぁ……称号ってのはこの国に住む人にとっちゃ夢のまた夢、間違いなく王国の歴史書に名前が載るような、栄誉あるものなんだぞ。探索者だけじゃなく、商人や貴族なんかにも一目置かれるようになるはずだ。それに、伯爵家と同等レベルの権力がある。きっと色々都合が良い」
どうだ――と、言いたげにシンさんが胸を張る。
Bランクダンジョンの踏破ごときで栄誉と言われても困るし、称号に伯爵家と同等レベルの権力が備わっているとしても――俺にはアレがあるしなぁ。
俺はインベントリからまだ一度しか取り出していなかった、短剣を取り出し、シンさんへと見せる。
「それって、これと比べてどうなんですか?」
「――おまっ、それ、王家の紋章だとっ!?」
「はい。この世界に召喚したお詫びみたいな感じで貰いました」
俺がそう言うと、シンさんは胸の辺りの服をギュッと掴み、苦しそうに眉を寄せた。
「もうこれ以上俺を驚かさないでくれ……お前さんの戦闘からずっと、心臓に負担がかかりすぎなんだ」
結論、やはり王家の紋章のほうが強いらしい。
ただ、いつまでも王家の庇護に頼るのも嫌だし、いずれ役に立つ時がくるかもしれない。うん、無いよりは有ったほうがいいはずだ。
……そうでも思わないとやってられないんだよ。
シンさんが落ち着いたところで、話題は次に移る。
内容は、ディーノ様へどのように説明するべきか――ということだ。
今考えれば、これを最初に話し合うべきだったと思うんだが……俺を含め、全員が冷静じゃなかったからな。
切り替えて早急に話を進めよう。
「まず、例のボーナスについては黙っておくとして、俺はもちろん、皆さんも下級職でダンジョンに潜ってる話は、ディーノ様に伝わっちゃってると思うんですよね」
俺の場合、レグルスさんがディーノ様に確認をとっていたから確実だし、迅雷の軌跡やセラさんに関しても、王女様の希望として要注目されていたみたいだから、彼らの動向にはディーノ様も気にかけていたはずだ。
「じゃあ例の派生上級職とやらのおかげってことにすればいいんじゃねぇか?」
「それは無理だろう。何せ我々はそちらの職業のレベルを上げていない。ステータスを確認されたら一発でバレるぞ」
セラさんの言う通り。彼らの派生二次職はレベル1のままだからな。
「では、エスアールがただ強すぎたってことにすればいいのではないです? 宰相様もエスアールのダンジョン踏破の実績を知れば、納得しそうです」
「そんなこと言ったら、俺がまた目をつけられちゃうじゃないですか。これ以上目立ちたくないです」
すでに手遅れな気もするけど。
皆で腕組んで考える。
ああでもない、こうでもないと意見を交えているうちに、俺は段々とイライラし始めてきて、『なぜ理由を説明してやらなきゃいけないんだ』という感情が湧いてきた。
別に話したくないんだから、黙ってりゃいいじゃないか。
俺たちは他の人ができないことをやったんだ。
誤魔化すなんて逃げるような考え方をせずに、もうちょっと強気になってもいいのでは?
そう考えると、直ぐに1つの案が思い浮かんだので、早速発言する。
「提案があるんですが」
この方法なら、皆それぞれにメリットがあるだろう。セラさんだけまた蚊帳の外になってしまうが。
「なんだ?」
「俺はシンさんたちをまだ強くすることができます。もちろん、前人未到のAランクダンジョンも踏破できるようになるでしょう。稽古を付けてほしければ相手になりますし、これからもアドバイスや知識を与えます」
「それは、お前さんに弟子入りするってことか……?」
「そんなかしこまった関係ではないですけど、似たようなもんです」
俺がそう言うと、シンさんはスズさんとライカさんに目を向ける。彼女たちはコクコクと頷いていた。俺の勘違いでなければ、その反応は弟子入りに賛成ということだろう。
シンさんも彼女たちと視線を合わせたまま、ゆっくりと頷く。そしてまた俺に目を向けた。
「エスアールは強い――それはここにいる全員が認めている事実だ。俺たちにとっちゃ、それでAランクダンジョンを踏破できるなら願ってもない話だが……何が望みだ?」
さすがシンさん。話が早くて助かる。
急にこんな話を始めたのだから、何か裏があってしかるべきだ――彼はそう考えたはず。
実際、それはシンさんの予想通りで、俺は弟子入りの為の交換条件を用意していた。
「それはですね――」
俺は口角を釣り上げて、頭の中で作り上げた計画の説明を始めた。




