26 綺麗な笑顔
王城へと連れてこられた俺たちは、まず広めの応接室のような場所へと案内された。そこで10分ほど待つと、怪我がまだ治りきっていないということで、俺とセラさんはそれぞれ別の個室に案内された。
別に『もしかして同じ部屋なんじゃ』なんて期待はしていない。
本当だからな!
迅雷の軌跡はおそらく、エリクサーを誰かに渡したか、直接王女様のところに行ったのだろう。無事、病気が回復してくれたらいいが。まぁエリクサーなら大丈夫か。なにせ部位欠損やどんな状態異常も治す完全治癒薬だからな。
「なんだか懐かしいなぁ」
俺が今いる場所は、初めてこの世界にやってきた日に案内された部屋だった。ベッドも、壁も、天井も、調度品も、全て見覚えがある。緊張していた割に、意外と覚えているもんだ。
現在俺はベッドに腰掛けており、室内は柔らかなオレンジの光で満たされていた。光源は壁に取り付けてあるブラケット。電気のないこの世界で、どういう仕組みで光を放っているのかはわからない。魔石の力とかだろうか?
傍にあるサイドテーブルの上には、濃い青色のポーション入りの瓶が3本置かれている。
この色合いは上級ポーションだろう。随分と太っ腹だ。
ここに置いてあるということは、好きに飲んでいいということだよな?
「――うん。中級ポーションより美味いな」
とりあえず1本飲み干した。
量としては200mlぐらいだから、ぐびぐびと一気飲みだ。
空になった瓶をサイドテーブルの上に置くと、俺はそのまま倒れ込むようにベッドで横になった。
「前来た時は、眠れなかったなぁ……」
明かりに照らされて、夕日色に染まった天井を眺めながら呟く。
あの時は右も左もわからないような状態だったし、死刑にされるかもしれないとビクビクしていたから仕方がないか。
だが、今は違う。
この世界に慣れてきたというのもあるし、俺は王女様を救ったパーティの一員だ。酷い扱いをされる心配はないだろう。
さらにBランクダンジョンの踏破という目標を達成したことで、気が緩んでいるのも理由の一つ。
そしてなにより、疲労の限界だ。
20日間ほど、全力で取り組んできたからな。いざ終わってみると、やはり楽しかったと思える。レベル上げ好きだし、格上とのバトルとか燃えるし。
まぁ今はそんなことより、
「……寝よ」
もはや疲れすぎて緊張も何も無い。
俺は半ば気を失うように、王城の一室で眠りに落ちた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
次に目が覚めた時、時刻は夕方の5時を過ぎた頃だった。
何時に寝たのかわからないから、どれだけ眠ったのかわからない。だが、高級なベッドで寝たおかげか、疲れはほとんど回復している。左腕と脇腹に関してはまだ本調子ではない感じだが、明日ぐらいには完治してしまいそうだ。
さすがファンタジー。骨折が全治2日とは。
腹部が痛みとは別に、空腹を訴える鳴き声をあげたので、俺はベルを鳴らして人を呼んだ。基本的にインベントリには、その日食べる分の食料しか入れていないから、食べ物が何も無いのだ。
しばらくすると、ノックする音が聞こえてきた。俺が「どうぞ」と答えると、静かに扉が開かれる。
「お呼びでしょうか? エスアール様」
現れたのは、懐かしの美人メイド――シリーさんだった。
前と同じ人が来てくれたので、つい嬉しい気持ちになる。美人だしな。
「お久しぶりです、シリーさん。何か消化のいい食べ物が欲しいんですけど」
図々しい気もするが、俺だって好きでここにいるわけじゃない。王城を抜け出していいのなら街の食事処にでも行くのだが、そうもいかないだろう。
俺の要望を聞いたシリーさんは、目と口を大きく開けた笑顔になり、手を胸の前で合わせた。
「私の名前、覚えておいでなのですね! 光栄です!」
もちろんですとも。美人さんですから。
「お腹に優しいお食事でしたら……果物か、おじやなどはいかがですか?」
あるのか、おじや。
ゲーム時代もカツ丼とか天ぷら定食とか普通にあったし、不思議はないんだが……もっとこう、異世界ならではのイモムシ料理とか、オークのステーキみたいなさ……出されたら困るけど。
「じゃあおじやをお願いします」
俺が言うと、シリーさんは「かしこまりました」と恭しく頭を下げた。彼女はすぐに退出しようとしたので、俺は慌てて呼び止めた。王女様のことと、これからのことを聞きたい。
「王女様のご病気は治ったんですか?」
「はい。迅雷の軌跡様、セラ様、そしてエスアール様のお陰です。本当にありがとうございました」
そう言ってから、シリーさんは深く頭を下げた。
「現在は大事をとって安静にしておりますが、さすがは伝説の秘薬です。昔の元気な王女様に戻っておられますよ」
昔がどうだったのか、俺は知らないんだが……とりあえず元気になったようで良かった。
「それはなによりです。それで、俺はこれからどうしたらいいんでしょうか? 何も説明を受けていないもので」
「はい。セラ様とエスアール様は怪我のこともありましたし、なにより皆様大変お疲れのご様子でしたから、陛下との謁見は明日となりました。内容に関しては、私も詳しいことは聞いておりませんので……」
シリーさんはそう言って、はにかみながらも眉を寄せた。
ダンジョン攻略の詳細を聞かれるんじゃないかと思ってたけど、まさか陛下と話すことになるとは。かしこまった雰囲気は苦手だが、こればかりは我慢するしかないか。
何か要望はないか聞かれた時のために、少し考えておこう。
あと、俺は彼女にどうしても言わなければならないことがあった。
退出するために扉を開いたシリーさんに「すみません!」と声を掛ける。気持ちがこもり、自然と声が大きくなってしまった。
彼女は「いかが致しましたか?」と可愛らしく小首を傾げた。
整った顔立ち。
メイド服の上からでもわかる、まるでグラビアモデルのような男の本能をくすぐる体型。
そして1つ1つの可愛らしい仕草が、俺に言葉を発するのを躊躇わせる。
だが、もはや限界だった。
「――トイレ、貸してください!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その日の夜10時前。俺がベッドに寝転がりながら、溜まりに溜まったインベントリ内のドロップ品を確認していると、扉がノックされた。
こんな時間に誰だろう?
俺は慌てて体を起こしてからベッドに腰掛け、そして「どうぞ」と返事をした。すると、見知った女性が部屋の中に入ってくる。
「夜分に済まない。体調はどうだ?」
声の主はセラさん。
室内だからか、いつもよりラフな格好をしていた。彼女が身につけているものは、真っ白なレース地のワンピース。普段と雰囲気が違いすぎて、何故か緊張してしまった。
「はい。ゆっくり休むことができましたから、だいぶ良いですよ。セラさんこそ、もう大丈夫なんですか?」
「私は問題ない。表面的な怪我がほとんどだったからな」
彼女はそう言ったあと、わざとらしく大きなため息を吐く。
「私のことよりも、エスアールだ。人に無茶をするなと約束させておきながら、自分は随分と無理をしたようだが?」
おそらく、サイクロプスの攻撃を正面から受けた時のことを言っているのだろう。倒せたのはいいけど、大怪我しちゃったからな。
「うっ……。返す言葉もありません……」
精神年齢でいえば、10以上も年下の女性に怒られてしまう。
人によってはご褒美と受け取るかもしれないが、俺はそんな特殊な性癖は持ち合わせていないので、単純に情けない気分になった。
彼女はそんな俺の縮こまる様子を見て、クスリと笑う。
「ボスを単独で討伐した英雄とは思えないな」
「英雄なんかじゃないですよ。あれぐらい、すぐにセラさんでもできるようになりますから」
「だといいんだがな」
セラさんは苦笑しながらそう言うと、俺のすぐ目の前までやってきて、膝をついた。それから、おもむろに俺の右手を両手で握り、その手を自身の額に付けた。
え? なにしてんの? 本当になにしてんの?
突然のことに困惑する俺のことなどお構い無しに、その姿勢のまま彼女は話し始める。
「先程、フェノン――王女殿下と話してきた。とても、元気そうだった」
彼女はそう言いながら、鼻をすする。手を握る力が少し強くなった。
「あの方を救ってくれて、本当にありがとう。彼女は、私のかけがえのない友人なんだ。貴方がいたから、彼女はこれからも生きていける。私も笑っていられる」
嗚咽の混じったような声で、彼女は言う。
そんな真剣に感謝されると恥ずかしい。俺としては『ありがとねー』『ええでー』ぐらいのテンションでも構わないんだが。
俺はその慣れない雰囲気に身体中がムズムズしてしまい、つい茶化すように言った。
「セラさん本当に笑ってますか? なんだか鼻をすするような音が聞こえるんですが」
「……ばか」
彼女は、聞こえるか聞こえないかぐらいの声量でそう言うと、顔を上げる。赤く充血した瞳、そして頬には涙が流れた跡が残っている。
だが、彼女は笑っていた。
それは俺がまだ見たことの無いような、満面の笑み。
「ありがとう、エスアール」
照れくさくなって、俺は頬を指で掻く。
寝不足を我慢してレベル上げを進め、痛い思いをした甲斐があった――彼女の表情はそう思えてしまうような、綺麗な笑顔だった。




