Aー152 新たな町、アール
致命傷を負って、『クソが』と子供たちには絶対に聞かせられない暴言を口にしたのち、今日の反省点を思い返していく。
黒騎士の第一形態と第二形態まではいつも通り問題なかった。相変わらず、第二形態戦においては、一度のミスが命とりになるので、無傷か死かみたいな二択だけど、本日は無傷のほう。
分身が継続し、漆黒の羽を生やした第三形態でずっと手こずっているわけだが、そろそろ終わりが近い気もするんだよなぁ。敵の強さ的にも、第四形態はないと思う。
クレセント、翡翠、ノアの三人も俺と同じぐらいのところまで体力を削っているけれど、正直俺の進捗とどっこいどっこいといった感じだ。あいつらに抜かれないためにも、継続して挑み続ける必要がある。
テンペストで負けるのは、相変わらず嫌いなのでね。
「「「「おかえりなさーい!」」」」
死亡してダンジョンの外にでると、転移陣の外で俺の子供たちが声をかけてきた。その傍には妻たちも一緒にいる。どうやら今日は俺が出てくるのを待ってくれていたらしい。ノアの姿が見えないが、あいつはたぶんクレセントたちと一緒にいるんだろう。
「ただいま、みんな」
苦笑し、頭を掻きながらステージから降りたところで、セラが「お疲れ」と話しかけてきた。子供たちはワイワイと俺の傍によってきて、足にしがみついたり、体にしがみついたり、よじ登ってきたりしていた。
「その表情はあまりうまくいかなかったようだな」
「まぁな~。でも今日は学びがなかったわけじゃないし、黒騎士戦の経験値は積めたと思うよ。そろそろ倒せるかもしれない」
「ふふっ、エスアールは何年経っても戦闘狂だなぁ」
「クレセントさんたちと協力すればもう倒せるんじゃない? エスアールさん、ソロじゃなければ私は倒せると思うんだけど」
「私もそう思います。あの黒騎士を倒したら、なにか景品とかあるんですかね?」
「まぁそれは倒したときのお楽しみってやつだな」
セラ、フェノン、シリーの三人は、相変わらず若い容姿を保っている。
昔と比べると、セラは髪を結ぶようになったし、フェノンは長かった髪をバッサリ切って、肩にかかる程度になっているし、シリーは逆に、つややかな黒い髪を腰あたりまで伸ばしている。
ただ、本当に見た目は若いままなんだよなぁ。もしかしてこの世界では、レベルが上がると老化が遅れるみたいなこともあるんだろうか? シンたちも、全然老けた感じはしないし。
まぁ二十代から三十代に移行したところで、レベルに関係なく大差はないか。
外見以外の部分で言えば、この数年でフェノンが俺に砕けた口調になってくれたり、シリーがフェノンに対して『様』を付けなくなったりと、ちょっとした変化はあるけど。
「せっかくここまで来てくれたし、どこかでご飯食べて帰るか?」
俺がそう聞くと、子供たちが一斉に『行くー!』と元気な声を上げる。よろしい、ならば行きましょうか。セラ達も元々そのつもりだったらしく、『エスアールならそう言うと思った』みたいなことをみんなが笑いながら口にした。
昔と違って、ここSSランクダンジョンはただ道沿いにあるわけではなく、その周囲に小さくて豪華な町が出来上がっている。
本来なら、ドロップ品のあるダンジョンなどは換金のしやすさや、利用者の多さを鑑みて、そのダンジョンを中心に町が発展する――ということはあるのだけど、SSランクダンジョンだけはリンデールだけでなく、どこの国も特殊だ。
ドロップ品はないし、利用者も少ない。一つの国辺り、百人前後といったところだろうか。六か国の中ではリンデールが一番多く、SSランクダンジョンの利用者が百五十人を突破している。まぁ俺としては『少なっ!』って感じだけど。
ゲームと違い、強くなるのに固執する人も少ないし、Bランクダンジョンをクリアできる実力があれば豪華な暮らしができるぐらいに収入を手にできるから、まぁこんなもんだろう。
で、このダンジョンの周囲になぜ町ができているか。
単純に、SSランクダンジョンに通う探索者たちが『町が欲しい』と思ったからである。
街にある店はどこも高級店ばかり――ってわけでもないが、普通の串焼きでも、すぐ近くの王都の二倍ぐらいの値段がする。
だが、俺を含め、SSランクダンジョン利用者たちの金は有り余っている。だから値段はまったく気にならない。お店としても、回転数が少ない代わりに、値段を高くして採算を取っているというわけだ。
ちなみにこの町の名前は『アール』という名である。
俺とは関係ないですよね……エスアールのアールとか言わないよね……?
「あ、どうもこんちわっす! 今日は黒騎士どうでした?」
家族でぞろぞろと街を歩いていると、通りすがりの探索者が声をかけてきた。
名前はシュウくん。SSランクダンジョンに通っている中では、一番若い。まだ二十歳である。
「おっす。今日も負けたよ、シュウくんは今から?」
「今日は休みっすね~。明日の朝から潜ろうと思ってるんで、こっちの家で夜は過ごそうと思って」
「なるほどな。頑張れよ」
「うっす! 引き留めてすいませんっした! みなさんもお疲れっす!」
シュウくんはそう言うと、俺だけでなく妻や子供たちにもペコペコと頭を下げて、歩いて行った。話しかけてくる人は限られているが、シュウくんだけでなく、この街にいる人はだいたい顔見知りである。
「相変わらず彼は元気だな。ガツガツ行くタイプだと思うが、よくSSランクダンジョンに辿り着くまで生き残ったものだ」
「何度か指導してるけど、ああ見えてシュウくんはわりと堅実派だよ。一割でも負ける可能性があったら、緊急帰還してたみたいだし。自分の実力がどの辺りなのかしっかり理解してる」
「このダンジョンに辿り着けているんですもんね。運だけというわけではないでしょう」
シリーの言う通りである。
彼のパーティメンバーも堅実派のようだし、どのダンジョンに行っても死ぬことはないだろう。
シュウくんたちについて妻たちと話していると、セラと俺の子、双子の姉であるエリエラが「私は三下の最年少記録破るんだ~」と口にする。
「エリエラ、その『三下』って呼び方、止めてあげな」
いちおうこの世界ではトップランカーみたいな存在だぞ、彼は。
まぁ、最年少記録とはいっても、ASRは例外としているような記録だが。だってノアなんて、当時十二歳だったし。
「でもシュウくんが『それでいいっす! 自分は三下っす!』って言ってたもん」
「マジか」
そうだったのか……子供の教育に良くないし、今度シュウくんにあったらその辺り改めてもらおう。




