Aー146 SR=R
「しゃあおらぁっ! 第二形態行ってやったぞクソがっ!」
おっと長期間に溜まった鬱憤のせいでお口が悪くなってしまった。反省反省。
クレセントたちとチームを組んだあの日から数えると三か月――最初に黒騎士と出会ってから数えると、四か月も経過してしまった。
あれからというもの、俺、クレセント、翡翠の三人は、隔日で黒騎士に挑み続けた。俺はデスペナルティさえなければ毎日でも潜っていたかもしれないから、セラたちのことを考えると、やはりこれでちょうど良かったのだろう。
さすがにダンジョンに熱中し過ぎたらダメでしょう。結婚してるんだから。それに例のこともあるし。
一日休みで新ダンジョンに潜っているから、休みの時間を利用して父さんと母さんのレベリングもできたし、セラたちとの交流の時間も十分にとれている。彼女たちと過ごす時間も楽しかったからか、その時は別にダンジョン欲はそこまで強くなかった。
ある種、脳がこの習慣に慣れたのかもしれない。一日休んで、一日ダンジョンに熱中して――という流れが、体に染みついたのかもしれない。
それはさておき。
「おー! ついにやったっスね!」
「うわぁ……本当にソロでここまできた――すご」
本日はクレセントと翡翠は観戦のターンである。二人の感想を耳に入れつつ、視線は黒騎士から離さない。まずはあの初見殺しの二本の刃を避けなければ。
黒騎士が第二形態の移行を始めてから、即座に俺はエリクサーを飲んでいる。左腕が切り落とされていた状況だったが、これで完全回復。まだまだ戦えますよ俺は。
エリクサーの特性により、向こう二十四時間は再使用できなくなるが、どうせ死ねばデスペナルティを受けるから関係ない。
「下ぁ!」
ジャンプも考えていたけれど、俺が選んだのは地面に這いつくばる形。
二体の黒騎士から飛び出した初見殺しの斬撃は、俺の頭上スレスレを通過した。そしてその姿勢になった俺に向かって、即座に半透明のほうの黒騎士――黒騎士Bが駆け出してくる。
駆け出してくる――とは言っているが、もはや一歩で距離を詰めてくるような、そんな素早さである。目が慣れていないと、気が付いたら目の前にいる――みたいな状況だろうな。
「――っ」
振り下ろされた蛇腹の剣を白蓮で逸らしつつ、その力を利用して、転がって態勢を整える。そしてその流れに乗って、黒騎士Aに牽制のための魔導矢を放ち、跳びはねるようにして二体と距離を取った。
「よーしよし、とりあえずここまでオッケーだな」
二体になった直後の動きはこれで問題ないだろう。まだ効率の良い避け方もあるだろうから、これも探り探りだな。
「まぁゆっくりさせてはくれないよなぁ!」
しばらく頭の整理に時間を使いたかったのだけど、俺の気持ちなんてお構いなしに、二体の黒騎士は俺に迫ってくる。どちらかが弱体化していれば儲けものだが、スピードや動きに違いは見られない。耐久力が下がっていることを祈るばかりである。
「――ふっ、ふっ、ふっ」
リズムよく呼吸をしながら、避ける、避ける、避ける。
幸い、一体の時と剣の振り方や足運びに違いはない。行動パターンは二体になったことで多少の違いは出ているが、これならば回避するのは問題ない――問題、ない……?
「いや無理無理無理無理」
そりゃ無理ですよね。一体相手でヒーヒー言っていたのに、二体に増えているんだから。全く攻撃する暇が全然なかったよ。一体目の時と同じようにカウンター決めようとしてたんだけど、その隙を埋めるような動きをしてるんだもの。いくらなんでも強すぎるわ。
もしかしてこれ、ソロでクリアってできない仕様なんじゃね? と思ってしまった。
そしてその後、俺はあっさりと黒騎士Aから単純な足払いを食らって、黒騎士Bに首チョンパされちゃいました。
☆☆ ☆ ☆ ☆
さて、黒騎士に負けてからパーティハウスに帰ってきた。
ASRの四人から「お疲れ様」とねぎらいの言葉を受け取ってから、ソファに腰掛ける。
「今日はついに第二形態まで行けたよ」
「本当ですか!? おめでとうございます! ついにやりましたね!」
まずはフェノンがまるで自分のことのように喜んでくれて、続いてシリーが「エスアールさんはどこまでも成長し続けますね、おめでとうございます」と苦笑。
そしてセラはというと――、
「ふふ、お前のパパはとんでもない人なんだぞ~」
自らのお腹を撫でながら、和やかな口調で言った。
……うん。そうなのだ。
というか、セラだけじゃなくて、フェノンもなんですけどね。
ようやく、と言えばいいのか、ついに、と言えばいいのか。
セラとフェノンの二人が妊娠した。
二人はその事実に気付いてからというもの、もちろんダンジョンには潜っていない。
新ダンジョンならばもしかしたら危険はないのかもしれないが、わざわざ危険な橋を渡る必要もないだろうということで、今は安静にしてもらっている。
このパーティハウスに滞在する使用人の数も増えているし、セラもフェノンもダンジョンに潜らない分、実家に帰る機会が増えていた。
「そういえばフェノン、家名は結局どうすることになったの? 動きがあったんだよな?」
俺の家名について。
フェノンやセラと結婚した際に、俺は地球で生きていた頃の六道という苗字をそのまま引用する形を希望したのだけど、同時に爵位を与えられそうになった。――が、俺はそれを断っていた。
「はい――私は正式に『フェノン=フォン=リンデール=リクドウ』となりました。セラも『セラ=ベルノート=リクドウ』といった複合名を使う感じで、どちらも両家の名を入れることになりました。エスアールさんは貴族位を望まれておりませんから、家名はあっても爵位はないのですが、もはや『リクドウ』の名が世界的に見て爵位のようなものですからね。エスアールさんだからこそ、この要望が通ったとも言えます」
俺は王族に名を連ねるような柄でもないし、貴族になって領地を貰う――なんて絶対管理できない。名ばかりの貴族――という案もあったけど、どこかの国に属するとややこしそうだったので、止めた。
というか、俺は貴族じゃなくて探索者であり続けたい――そう嘆願した結果が、これである。
フェノンの父――リンデールのゼノ陛下だけでなく、六か国合同での話し合いなんかもあったらしい。面倒を掛けてごめんなさい。
「そんなに大それたものではないと思いたいが」
「まぁ無理だよね~、世界最強なんだから。というか、SR=リクドウって、名前がダブってるよね」
「うるせぇクソガキ」
いまさら『エス=アールです』だなんて言えないだろ。




