Aー144 初見殺し
というわけで、クレセントと翡翠と組んでの黒騎士戦である。
迅雷の軌跡と俺を除いたASRの面々は観戦だ。結界の外からわーわーと声援を送ってくれている。
「『挑発』――からの『絶界』!」
基本的に無言でスキルを発動している俺だが、今日は慣れていないチーム戦ということで、きちんと意思疎通を図るためにスキル名を口にしている。
ちなみに挑発は一次職の騎士のスキルであり、絶界は三次職の聖者のスキル。
対人戦だったらこのようなテレフォンパンチみたいなスキルの使い方はできないけれど、魔物相手なら別だ。
こいつらはスキル名を口にしようがしまいが、『感知できる魔物』と『感知できない魔物』に区別されている。まぁ細かく言うと、レベル差だったりステータスだったり、どのスキルかによっても変わってきたりするのだが、この黒騎士のレベルになってくると、発動準備段階ですでにバレている。
俺のスキルによってこちらに注意を引き付けられた黒騎士が、勢いよく広がる結界に弾かれる。こんなスキルの使い方をしていれば、魔力の関係で長期戦などできないが、今日は一気に攻めて第二形態の有無を確認したい。
勝つためでもなく、相手の手の内を探るわけでもなく、ただがむしゃらにダメージを与えるだけ。
「姫ちゃん!」
「わかってる――重力魔法」
結界に弾かれてよろめいた黒騎士に、すかさず翡翠がスキルをかける。それとほぼ同時、クレセントが接近して黒騎士を背後から切りつけた。すぐさま反撃の剣が振るわれるが、それを俺が白蓮で弾いて、一撃加える。その間にも、クレセントは二回敵を斬ってバックステップ、そこからさらに壊理剣で遠距離から攻撃を仕掛けていた。
「わかってたことっスけど、これだけ連続でダメージを与えても怯みがほとんどないっスよねぇ」
「VITが高いんだろうなぁ、二人とも三秒後に離れてくれ――『束縛の矢』」
「ッチ――すみません、一撃貰いました」
「かすり傷なら問題ないだろ。痛みで鈍るなら一旦下がって」
そんな風にちょこちょこと会話をしながら、黒騎士の体力を削っていく。
ちなみにこのダンジョン内では職業の変更は可能だが、さすがに黒騎士戦の最中には変更できないらしい。まぁ緊急帰還が使えない時点で、そうだろうなとは思っていたが。
「ある程度ダメージを食らうのは仕方がない。それよりも今日はダメージをできるだけ多く与えることを考えよう」
「オッケーっス」
「わかりました」
二人の返事を聞いて、さらに攻め込んでいく。普段なら俺が前衛で戦っていたところだが、今回は覇王のスキルを活かして遊撃みたいな形で戦うことになっている。翡翠は後衛でサポートが主だ。
「バテたら俺が前衛やるからな」
「SRさんやりたいだけっスよねぇ! 残念ながら私が死ぬまではお預けっスよ!」
「へいへい」
うん、正直ちょっとうずうずしちゃってました。だって攻撃を弾くより避けるほうが好きなんだもの。俺の得意分野だし。別に受け流しが苦手ってわけじゃないんだけどね。
「――はぁ、はぁ……こいつ本当に死ぬんすよねぇ!?」
「ベノムの体力を考えたらさ、まだ削り切れてない感じ、あるよね」
一番動き回っているクレセントはかなり体力が削られているし、翡翠も後衛だからといって常に安全地帯にいるわけではなく、二人ともそこそこダメージをもらっている。
ん? 俺? まだ無傷です。えへん。
「そろそろ俺と交代かなぁ? んー?」
すでに戦い始めてから三十分ぐらいは経過している。相手の動きがなかなか機敏だから、めちゃくちゃダメージを与えられているってわけでもない。まぁ、それでもソロでやるときよりは間違いなく多くダメージを与えられているが。
現状でいつもの三倍ぐらいは与えられてそうだ。
「――ん?」
遠距離から翡翠の射出魔法がチクチクとダメージを与えているところで、黒騎士が今まで見たことのない動きを見せた。牽制のための弱弱しい攻撃を受けて、片膝をついたのだ。
すると、俺が初期に使った絶界とまでは言わないが、結界術士の守護結界よりは大きい、直径五メートルほどの魔法の膜が黒騎士を覆う。
「初めて見るっス!」
「なるほど、これぐらいのダメージで変化が起きるんだね」
興奮した様子のクレセントと翡翠と同じく、俺も黒騎士の動向にワクワクしていた。
何より、まだこいつ、死にそうじゃないぞ!
もしここで戦闘が終わりだったら、黒騎士のソロ討伐もそう時間がかからずに攻略できてしまっていただろうから、安堵しながら興奮するという変な感情になっていた。
結界に守られ、片膝をついた黒騎士から紫色の靄が溢れてくる。念のため――という感じでクレセントが結界を斬りつけていたが、予想通り弾かれていた。まぁ変身中は無敵ってどこの世界でも常識みたいなもんだしな……。
さてどんな第二形態になるのか――行動パターンの変化なのか、使うスキルの変化なのか、それとも様相が大きく変わるのか。
「……おーまいがー……」
黒騎士の変化を見て、最初に口を開いたのは翡翠だった。俺の前ではあまり聞かせてくれないような戸惑った声に目を奪われそうになるけど、それよりも黒騎士の変化による視線の吸引力がすごい。そうくるか。
「……うわぁ、私としても難易度が高いほうが良いっスけど、これはかなり……」
クレセントも翡翠と同じくドン引きしたような声で言っている。
黒騎士が、分身していた。
紫色の靄が黒騎士を包んだかと思ったら、ピタリと黒騎士の型を取るように静止したのち、ズルリと横に動いて半透明の黒騎士を作り上げた。
本体の黒騎士は片膝をついたまま、そして半透明の黒騎士はゆっくりと立ち上がり、そのまま二体はおもむろに剣を横に振った。
片や膝の高さで、片や胸の高さで。
「――っ!?」
その剣から凄まじい勢いで跳びだしてきた斬撃は、黒騎士の回りにあった結界を破壊し、一撃で俺たちの命を刈り取った。
ゲームオーバーである。
のちに迅雷の軌跡たちから聞いた話だけど、どうやらこの斬撃、三百六十度、戦闘範囲全てが攻撃範囲だったらしい。
なるほど、あのモーションに入ったら、戦闘範囲ギリギリまで下がって、跳ぶか伏せるかで避ける必要があるらしいな。翡翠は咄嗟にジャンプして胴体を、クレセントはしゃがもうとして首を、俺は伏せようとしたけど間に合わず頭をやられた。
うん、いい勉強になったよ……次は絶対避けてやる。




