25 帰還、そして
Bランクダンジョンのボス、サイクロプスを倒し終えた俺は、溜まりに溜まった疲労によってその場で倒れた――なんてことは無い。
骨折しているであろう左腕の痛みと、アドレナリンのせいで気づかなかった脇腹の痛みに苦しんでいた。
ポーションで早く治療を始めたいところだが、俺の目の前にはいつもの青白いウィンドウが出現している。
そこには30秒のカウントダウンタイマーと、1層から5層までのドロップ品――そして、エリクサーの文字があった。
「30秒なんか待ってられるか。……はよ帰ろ」
後ろからこちらへ駆け寄ってくる足音が聞こえるが、それは無視。こっちは怪我人なんだから、急いでダンジョンから出て、治療に専念したいのだ。治療中に強制帰還とかされたら面倒だからな。
俺は体に溜まった疲労を排出するかのように、息を大きく吐き出しながらカウントダウンタイマーの下にある『帰還』をタッチした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ダンジョンから出ると、外は真っ暗だった。
そりゃそうだ。まだ夜明け前だもんな。
いつも俺がダンジョンから帰ってくる時は、受付も暗くなっているのに、何故か今日に限って明かりがついている。もしかすると、Bランクダンジョンは特別なのだろうか? このダンジョンに来るのは初めてだからわからんな。
「エスアールっ! すぐに腕を見せろっ!」
声のするほうを振り向くと、セラさんが険しい表情で立っていた。俺が振り向くとすぐに、腕に液体を掛けられる。
中級か上級かは分からないが、おそらくポーションだろう。というかセラさんも怪我人だろうに。
俺が『セラさんこそ安静に』と口を開きかけた時、彼女は俺の左腕を両手で持って、ぐっと力を込めた。
「いで、いででで、痛いですよ」
「我慢してくれ、こうしたほうがポーションの効果も高い」
「な、なるほど」
そうなんだ。へ、へぇー。めちゃくちゃ痛い。
ポーションを振りかけたら、折れた骨も勝手に戻ってくれると思っていたが、きちんと場所を揃えたほうがいいらしい。てっきりファンタジーな世界だから勝手に戻ってくれると思っていた。万能ってわけじゃないんだなぁ。
「そのままにしとくです――ヒール!」
スズさんは俺の腕に手をかざし、回復魔法を掛けた。
淡く優しい光が、セラさんの手ごと俺の腕を包み込んでいく。体感としては少し温かい。セラさんの手も温かいけど、こちらはハロゲンヒーターみたいな温かみだ。もちろんそんなに熱くないけど。
というか、脇腹のほうはパッと見てもわからないが、左腕は血だらけだ。
ポーションが固まりかけた血と共に、地面にポタポタと垂れている。おかげでセラさんの手も汚れてしまった。申し訳ない。
「ありがとうございます、セラさん、スズさん。申し訳ないんですが、ここ――腹の辺りもお願いできますか?」
そう言って服を捲りあげると、彼女たちはすぐに治療を施してくれた。俺はそうされている間に、インベントリから中級ポーションを取り出して、それを飲む。
あー、痛みが和らぐわー。スズさんのINTを上げておいて正解だったな。
「まったく……無茶をしすぎだ。貴方が吹き飛ばされた時は、心臓が止まったかと思ったぞ」
「あはは。あれぐらいなら大丈夫ですよ。足じゃなくて斧だったら話は別ですけど」
素手でも十分死にそうだったとは言わない。だってせっかく倒せたんだし、最後までカッコつけたいじゃないか。
「心臓なら何度も止まりそうでしたです。エスアールの避け方は平常心で見れるモノではないですよ」
少し拗ねたような雰囲気で、口を尖らせたスズさんが言う。
「結構ギリギリを避けてますからね」
「ギリギリなんてレベルではないですよ。遠くから見たら、ほとんど当たっているように見えてたですからね!」
「あははは。それは申し訳ないことをしました」
スズさんは「本当に思ってるですか」と、ムッとした表情で呟いてから、再び俺の腕のほうへヒールを掛けてくれた。
「シンさん。インベントリにエリクサーが入ってますよね?」
治療をしてくれている彼女たちの向こう側――そこで棒立ちになっているシンさんに声をかけた。だが、彼は俺の言葉にすぐに応答せず、隣のライカさんに耳元で「シン!」と叫ばれて、ようやく反応を示す。
「あ、あぁ。悪い。未だに信じられなくてな――俺たち、Bランクダンジョンを踏破、したんだよな」
「ほとんど彼のお陰だけどね。私たちだけじゃ絶対に無理だったわ」
ライカさんが自嘲気味に言う。
だが、それは少し違うぞ。
「俺のお陰――と言いましたが、俺だけでも無理でしたよ。迅雷の軌跡がいて、そしてセラさんがいたからこそです。だからこの勝利は、全員の勝利ですよ――で、シンさん、エリクサーを確認してくれますか?」
俺が先程口にした内容はどうやら伝わっていなさそうだったので、もう一度言った。
ダンジョンはパーティで入る時、1人だけ特別な石柱にライセンスカードをはめ込む。その窪みにライセンスカードを嵌めた探索者に、ドロップ品が集まる仕組みになっている。今回はシンさんがそれに該当していた。
俺の言葉を受け、シンさんはステータスウィンドウから、インベントリ内のアイテム一覧を確認しはじめた。
「……あった。マジで、エリクサーだ……」
彼は目をまん丸にして、ウィンドウを凝視している。
その横からはライカさんもウィンドウを覗き込んでおり、セラさんやスズさんも、治療中だが見に行きたそうにソワソワしていた。
驚いたり感傷に浸りたい気持ちもわからないでもないが、こうしている間にも王女様は苦しんでいるはずだ。早急にエリクサーを届けたほうがいい。
というかこの時間って、王城に行っても大丈夫なんだろうか? 緊急事態だし、なんとかなるよな?
そう考えていると、聞きなれた「おーい」という野太い声が、受付のある方角から聞こえてきた。
「お前ら、まさか本当にやり遂げたのか?」
顔を向けると、月?明かりに反射する丸い球体――スキンヘッドのレグルスさんがいた。その後ろにはディーノ様の他、3名の兵士の姿もある。
レグルスさんがいるのはまだわかるが、ディーノ様は完全に予想外だった。俺は思わず姿勢を正す。
「はい。エリクサーはシンさんが持っています」
俺がそう言うと、レグルスさん、ディーノ様、それに兵士たちまでもが、時間帯など無視して喜びの声を上げた。
街中じゃなくてよかった。これが王都に隣接したFランクダンジョンなら、近所迷惑になっていたところだ。
中でも兵士ABC君たちの喜びようが凄かった。お互いに抱き合ったり、大声で泣いたり、このまま命が尽きてしまうんじゃないかと思うほど、身体全体で喜びを表していた。大人気だな王女様。
ひとしきり喜んだ後、ディーノ様が口を開く。
「よくやってくれた、エスアール殿、セラ=ベルノート、そして迅雷の軌跡よ。疲れているところ悪いが、早速王城へと来てほしい」
ディーノ様からお褒めの言葉を頂いた。
こういう時は膝を突いて『ははー! ありがたき幸せ!』なんて言ったりしたほうがいいのかな――なんて考える暇もなく、ディーノ様は身を翻して兵士たちに何かの指示を出していた。
「馬車を近くに停めてある。すぐに向かうとしよう。王女様が心配だ」
ディーノ様は俺たち全員に向けてそう言った。こんな大人数が馬車に乗るのかと聞くと、どうやら兵士さんたちは馬車の外を走ることになるそうだ。
彼らが身につけているものは重装備ではないし、距離がめちゃくちゃ離れているわけでもない。頑張ってくれ兵士さん。
こうして俺たちは、問答無用で王城へと連れていかれることになったのだった。
もちろん、物語はまだ続きますよー( ー̀∀ー́ )




