Aー138 飴担当のシリー
ネスカさんも俺も、自主的に仲間たちの前で正座することにした。
ネスカさんに関しては完全に俺に巻き込まれた形なので謝罪の必要もないと思うのだが、俺が止めても頑なに俺の隣で反省のポーズをとっていた。本当にごめんよ。
フェノンは怖いぐらいの笑顔で、シリーは困ったように苦笑しつつ、そしてセラは拗ねたような表情を浮かべて、俺の自白に耳を傾けている。
ちなみにクレセントと翡翠、それからノアの三人は、俺が事情を話してから内容を理解したあと、セラとフェノンによる説教が始まったタイミングでこの辺りの探索に出かけたようだ。といっても、目で見える範囲ぐらいにしか行っていない。俺が怒られている間にもチラチラと視界の中で三人が走っている姿が見えていた。
兵士たちは事情を理解しているので、元の持ち場に戻っている。彼らも一応同罪だから、フェノンたちの気配を察して逃げたのかもしれない。
「……まったく、私は今日の探索を宝探しのように楽しみにしていたんだぞ? それなのにエスアールは一人で先走って――」
「いやほんと、こんな簡単に見つかるとは思ってなくてだな」
「そ、そうですよ! ダンジョンの中で繋がっているというだけでも驚きなのに、こんなに近くにあるだなんて普通思いませ――騙してしまいすみませんでした」
ネスカさんが俺を援護してくれているが、セラから目を薄くした視線を向けられると、すぐに謝罪する方向に転換していた。空気の読める人である。
「ま、まぁまぁセラさんも落ち着いて。エスアールさんもわざとじゃないんですし、皆さんが楽しみにしていたことをわかっていたから、良かれと思って黙っていたんだと思いますよ。騙そうとしたわけじゃなくて、楽しませようと考えた結果でしょうから」
「シリー……! そう言ってくれると助かる! ありがとう!」
やはり彼女は女神か。
彼女とは今でこそかなり親密に――それこそセラやフェノンと同様、一生をともに過ごすことを考えているぐらいだが、最初はお城のメイドという印象がとても強かった。
だけど、俺がこの世界にやってきて、一番に好感を抱いたのは彼女だろう。
勇者でもなくレベル1の俺が、『もしかしたら処刑されるんじゃないだろうか』と怯えている時に、『その時は一緒に逃げよう』だなんて言ってくれた。その優しさは、今でも俺の心の中にずっと残っている。
お礼の言葉を受け取ったシリーは、照れ臭そうに頬をピンクに染めてはにかんでいた。俺のせい?で今では国で最上位に位置する探索者となっているが、普通に可愛くて綺麗な女性なんだよなぁ。
もちろんそれは伯爵家の令嬢であるセラも、そしてリンデール王国の第一王女であるフェノンも。
この世界では、探索者として生活しているのであれば――純粋な強さの前では、あまり立場なんてものは関係ない。フェノンの第一王女という肩書ももちろん大きいのだけど、世間的には『ASRのフェノン』という方が今では大きくなっているように思える。
だってねぇ、この世界にフェノンに勝てる探索者、何人いるのかな?
以前はシリーもフェノンも遠距離主体で、魔物との近接戦闘をほとんどセラや俺にまかせっきりになっていた。だから、一対一の対人戦となると不安もあったのだけど、それも今では解消されている。殴る蹴る、刀剣を用いた攻撃も彼女たちは使うし、全距離に対応できるようになっていた。まぁ、俺がそうしたほうが良いとアドバイスを送ったのだけど。
そんなことを頭の片隅で考えつつ、ペコペコとASRのメンバーに頭を下げる。
「とりあえず、レグルスさんには黙っておく方向にしない? 面倒くさそうだし」
フェノンたちが落ち着きを取り戻してきたところで、そう提案する。セラから呆れたようなため息が聞こえてきた。
彼女たちにバレたのは仕方がない、もう過ぎたことだ。
しかしレグルスさんにはまだバレていない……! レグルスさんに見つかったら俺は再度数時間に及ぶ説教を受けなければいけないだろう。ここは皆に媚を売ってなんとか回避したいところである。
「フェノン、お願い」
果たして俺の上目遣いに需要があるのかわからないが、正座したままチワワになったつもりで目をうるうるとさせてみる。
そんな俺を見て、フェノンは笑った。
「ふふっ、それはもちろんですよ。エスアールさんが黙っていてほしいというのなら、私は何も言いません。そんなことより、私たちに隠していたことが問題なんです。なんで相談してくれなかったんですか?」
「だってみんな楽しみにしてたみたいだし――セラとかみんなで野営することにワクワクしてたみたいだったから」
「それは否定しないがな。エスアール、別に知っていても野営はできただろう? 隠し事をされたら、やはり寂しいぞ」
「すみませんでした」
再度頭を下げる。釣られるように、隣のネスカさんも頭を下げていた。本当に付き合わせてごめんよ……。
「フェノン様もセラさんも、エスアールさんとネスカさんは反省しているようですし、この辺りで終わりにしておきませんか? あ、もちろん私はエスアールさんの言葉に従いますから、レグルスさんには黙っておきますよ。あの人、怒ったら怖いですもんね」
シリーさんはそう言ってクスクスと笑う。
元はフェノン付きの待女であるけど、今はASRのメンバーの一人。フェノンに対する様付けとかは相変わらずだけど、だからと言って彼女に対して気後れしている様子もない。
そんなシリーは、セラとフェノンからジッと目を向けられて戸惑った様子を見せていた。
「え、えっと、お二人とも……? どうされましたか?」
「なーんかシリー、最近エスアールさんに対して甘いというか、なんだか飴と鞭の飴の部分を持って行っているような気がするのよね」
「そう言われてみればたしかにそのような気もするな……」
「そ、そんなことはありませんよ!? わ、私は元からこんな感じですよね!?」
いつの間にかフェノンたちの矛先がシリーに向いている。
はっ! まさかシリーはこうして自分にヘイトを向けさせることで、俺への攻撃を無くそうとしてくれているのでは!?
「ん~、最近シリーはもっと甘くなったんじゃないかな? 僕が見ている限り、お兄ちゃんの後姿とかニコニコ見てたりするし。やっぱり恋する乙女って感じだよね~」
フラッと姿を見せたノアが、唐突に会話に乱入してくる。シリーはぼっと顔を真っ赤に染め上げた。
「の、ノアさん! 私も怒る時は怒るんですからね!」
「わー! シリーが怒ったーっ!」
ノアがからかうようにそう言ってから逃げ出し、シリーがそれを追いかける。そのスピードに衛兵たちがドン引きしている姿が目に入って、俺もセラもフェノンも、みんな笑ってしまった。
ちなみにネスカさんも、ドン引き側だった。




