Aー136 バレないようにバレないように
長旅を予想して出発しているために、今回の探索の出発時刻は朝の八時と早めのものだった。ダンジョン外でパルムール王国を目指すとなると五日ぐらいかかってしまうけれど、魔物がいるこのダンジョン内でそんなに長い時間をかけるべきではない。
というわけで、適度に走りながら俺たちはダンジョン内を進んでいる。
「私も数度だけ野営というものをしたことがあるが、さすがにダンジョン内での経験は初めてだ。交互に睡眠をとって、危険を知らせるようにすべきだろう」
草原を駆けながら、セラがそんな発言をする。俺とノア以外は、彼女の発言に肯定の意思を示した。俺も一応、頷くぐらいはしておいたけど。
「ふふっ、しかしこのペースならば、目的の場所まで一泊もすれば辿りついてしまいそうだな。方向がこちらで正しいのかはわからないし、本当にパルムール王国と繋がっているのかはわからないが」
「エスアールさんがある程度方角を絞ってくれているみたいだし、きっと大丈夫よ」
「万が一迷ったとしても、緊急帰還がありますし、心配はいりませんよ」
セラに続き、フェノンとシリーも会話に混ざる。結構なスピードで走りながらの会話だけど、みんな余裕そうだ。成長したなぁ。ステータスのおかげもあるんだろうけど、ノアのしごきの成果のような気もするな。
「一時方向に見たことのある狼の魔物が三体いるっスね。私と姫ちゃんで狩ってきて良いっスか?」
「おう、よろしく。次は俺が行くから」
「了解っス! 姫ちゃん、行くっスよ!」
「はいはい、じゃあミカは右の二匹担当してね。じゃあSRさん、ボクも行ってきます」
「怪我しないようにな」
そう声を掛けると、翡翠は「はい」と短く返事をしてから、すでに加速していたクレセントを追いかけるようにスピードを上げる。俺たちはあまり体力を消耗しないようにとゆっくり目に走っていたから、クレセントたちとの距離はグングンと広がっていった。
その二人の背を眺めていると、セラの感嘆混じりの声が聞こえてくる。
「改めて、凄まじい速さだな……。なぁエスアール、二人の職業とAGIのステータスはわかるか?」
「うーん、いまの職業とか装備は聞いてないけど、いつも通りならクレセントが剣聖で、翡翠が魔王じゃないかな。たぶんあの感じなら、AGIはSSだと思うけど」
「なるほど……そしてそのステータスに追いついてからは、戦闘技術の勝負ということだな」
「うん、むしろそこからが本番だぞ。頑張っているみんなにこんなことを言うのは少々酷だが、本気で上を目指すのなら、ステータスボーナスのカンストはスタートラインだからな」
「だろうな……いや、しかしむしろやる気がでるというものだ。もともと戦いの道に終わりはないものだろう」
「そうね――エスアールさんたちに追いつけるよう、私ももっと頑張ります!」
「――わ、私も、です」
セラとフェノンはやる気満々――だけど、シリーは苦笑しながらの同意だった。表情や言い方から見るに、頑張る気持ちはあるけど、今以上に激しいトレーニングとかを想像していそうだ。ほどほどでいいんだよ。楽しめるぐらいにしておきましょうね。
と、そんなことをしているうちにクレセントと翡翠たちに追いついた。ちょうどいいタイミングで三匹の魔物の討伐を終えたようで、そのまま流れるように俺たちと一緒に走り始める。
「もうちょっと進んだら、一度休憩しないっスか? まだ私たちは疲れてないけど、一度方角とかの確認もしておいたほうが良いと思うっス」
「……そうだな、そうしようか」
クレセントに話を振られて思い出してしまった。パルムール王国までの距離が着々と近付いているということに。というか、たぶんあと五分も走ればパルムール王国近くにある住宅エリアが見えてきてしまいそうな気がするんだよなぁ。
――よし、しっかりと初めて見る反応をするぞ。大丈夫、みんなはみんなで驚きや新発見で意識がそちらに向いているだろうし、俺が演技しているなんて気づかないだろう。うん、そうだといいな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
結論から言おう、バレなかった。
しかも住宅エリアを発見した時点で、他のメンバー……主にクレセントや翡翠が『もしかしたら、ここはパルムール王国エリアの住宅街なのでは?』と予想を立て始めてくれた。それとなくノアがそんな話の方向になるように誘導してくれたということもあるが、たぶんそれがなくとも彼女たちはそういう感じで考えていたと思う。
で、せっかく魔物が侵入してきそうにないエリアに辿りついたということで、コインも足りないから住宅に入ることはなかったけれど、道端で休憩することになった。
走ることを予想していたので朝食は軽いものにしておいたから、少々腹が減っている人もちらほら。基本的には水分補給で、みんなもサンドイッチを一つだけとか、おにぎりを一つだけとか、そういう軽い感じの食事をしていた。
「うーん……でもやっぱり、ボクはここがパルムール王国の住宅エリアだと思うな」
「そうっスかぁ? だって、ここがパルムール王国の住宅街だとしたら、いくらなんでもちょっと近すぎるっスよ。それに、一つの国に対して家が四十九棟は少なすぎないっスか?」
「そもそもここまで来られる人がほとんどいないと思うけど」
「Sランクダンジョンをクリアすればいいだけっスよ? ステータスボーナスのこともみんなわかってるっスから、ここに人が増えるのもすぐじゃないっスか?」
「ボクらは最初からカンストしてからこの世界に来てるけど、この世界の人たちはレベル1の弱いころから、死と隣合わせのレベル上げをしなくちゃいけないんだよ?」
「でもSRさんはそうしてきたっスよ?」
「SRさんはちょっと特殊だから……」
「それもそうっスね」
なに二人で納得してるんだ。異議ありですよ俺は。
クレセントたちはあんなことを言っているが、さすがに一か国あたり五十パーティは超えてくれるだろ……たぶん。いや、案外難しいのか……? 五十人ならすぐに行けそうと思ってしまうけど、五十パーティとなるとちょっと難しそうに思えてくるな。
しかしみんながそれぞれ予想などをしながら話し合いをしてくれているおかげで、俺が何か隠し事をしているとは思っていないようだった。ノアだけは、時々俺と目を合わせてはニヤニヤとした視線を向けてくるけども。
「さて、そろそろ出発しよう。コインを手に入れて住宅を買えばわかるんだろうが、まだここがパルムール王国の住宅エリアと決まったわけじゃない。いまのうちに距離を稼いでおくべきだろう」
セラが立ち上がってそう発言すると、みんなも休憩モードを終える。
さて、あとはパルムールのダンジョンの入り口を抜けたあと、ネスカさんがしっかりと演技をしてくれることを願おうか……。俺がしっかり演技をしてみんなを騙せたとしても、彼女がバレバレな演技をしてしまえば、全てが水の泡だからな。




