24 神回避ならぬ紙回避
戦闘が始まってから、かなり時間が経ったと思う。
はっきりとしないのは、今もなおサイクロプスから攻撃を受けており、ステータスウィンドウを確認する暇がないからだ。
やろうと思えばできるんだろうが、わざわざ危険なことをする必要もない。何時間経っていようと、結局は俺の体力が持つかどうかだからな。
サイクロプスの斧がうっとうしいので、俺は初めにサイクロプスの手を潰した。もちろん、今の俺にあのぶっとい腕を切り落とすなんて力はないから、握る力が入らなくなるよう、筋肉を傷つけまくっただけだ。
両手が機能しなくなったサイクロプスは、斧を捨て、素手で襲いかかってくるようになった。俺は次に足に狙いを定めた。
かなり削ったと思う。ゲームのように相手の体力がゲージで表示されてはいないが、もしあったとしたら9割以上は確実に減っている。
そして俺の体力も、限界に近づいていた。
「――きっつ。結構やばめだわ」
戦闘が始まってから――(というかこの世界に来てから)――ダメージは一度も貰っていないが、休み無しに回避と攻撃を延々と繰り返しているため、体力的に、そして筋疲労的に限界が近づいている。
力が抜けそうになる足と腕に活を入れつつ、いつも通り攻撃を回避、そして反撃を行う。動きに一切の迷いはない。
狙うのは足の腱、そして膝の裏。もう少しで、コイツも立てなくなるはずだ。
俺の体力が先に尽きるか――それともサイクロプスの足が使い物にならなくなるか――どちらが先だろうな。たとえ前者であろうと、負けるつもりはないが。
そんなことを考えながらも、体は無意識に近い形で動いてくれる。回避して、反撃。サイクロプスの足が、一瞬崩れかけた。俺はそれを見て、思わず安堵の息を漏らした。
「よーし。あと数発で終わりそうだ」
ようやくこの長い戦いも終わる――そう思って呟いた時、ふっ――と足から力が抜けた。サイクロプスの目の前で、こてん――と、だらしなく尻もちをついてしまう。
「おいおいおいおいおいっ! あとちょっとだろうが! 頑張れよ足!」
足をペシペシと手で叩くが、頑張ってくれそうな気配はない。まるで自分の足ではなく、義足でも履いているかのように力が入らなかった。
目の前では怒りの表情を浮かべたサイクロプスが、足を後ろに振り上げている。俺は慌てて刀を地面に突き刺し、それを第三の足として立ち上がった。
「エスアールっ!」
切羽詰まったような、セラさんの叫び声が聞こえた。
まさかとは思うが、緊急帰還を使うつもりじゃないだろうな? そんなの許さんぞ。
「いいから見とけ! 邪魔すんな!」
視線はサイクロプスの足に向けたまま、俺は声を張り上げた。言葉遣いがつい荒くなってしまったが、そんなもの気にしている暇はない。
この程度の修羅場なら、何度も何度も何度も何度も何度も経験してきた。
諦めるような状況ではない。
インベントリに黒刀をしまい、左腕を盾にして、さらにその左腕を右手で支える。そして俺は少しでも衝撃をやわらげるため、今できる全力で後方に跳びながら、サイクロプスの蹴りを正面から受けた。
「――ぅがっ」
ゴキ――と嫌な音が鳴り、体が宙を舞う。胃液が口から吐き出された。
後ろに跳んでなお、この反動かよ――。
この世界へとやってきて、初めて受けるダメージ。
ゲームじゃない、現実の痛みだ。
トラックに撥ねられたんじゃないかと思うほどの衝撃が、全身を襲う。
想像の何倍も何十倍も――苦しく、辛く、痛い。
もしかしたら、このまま俺は死ぬんじゃないか。そんなことも一瞬頭の中をよぎった。
空が見え、草原が見え、サイクロプスが見え、そして、セラさんたちが見えた。
このまま落下して、気を失えば、ゲームオーバーだ。
つまり俺は、負けることになる。この世界で、負けることになるのだ。
王女様は病で倒れることになるし、目の前で俺が死んだとしたら、迅雷の軌跡たちは心に傷を負ってしまうかもしれない。俺に気をつかっていた陛下やディーノ様は、申し訳ないことをした――と、悲しむかもしれない。そして俺を信じてくれたセラさんの、期待を裏切ってしまうことになるだろう。
だが、そんなことは二の次だ。
俺には負けられない理由が、別にある!
「――はっ」
宙を舞いながら、思わず笑った。
この世界で俺が負けるなんて、他の誰でもない――俺自身が、頂きに立つ者としてのプライドが、許すわけないだろ。
地面に落ちる直前、体を強く捻り、落下の衝撃を転がることで緩和する。左腕に激痛が走るが、そんなことよりも『敗北』の2文字のほうが俺には断然きつい。すなわち、痛みに嘆いている暇などない。
頭がクラクラするのを気合いだけで我慢して、すぐに右手を使って身体を起こした。敵の位置を確認すると、サイクロプスとの距離は10メートル近く離れている。転がった距離も多少あるだろうが、かなりの威力で蹴られたらしい。
この世界でなく、地球での俺の身体ならあの世に行ってそうだな。
魔物がこちら目掛けて勢いよく走ってくる。
「――いいぞ。それでいい」
俺のスタイルは攻められてなんぼだからな。
相手の攻撃が全力であるほど、反撃の威力も上がる。
インベントリから黒刀を取り出し、震える足で立ち上がった。気力と体力を振り絞り、俺も前に出た。
そして声を張り上げることで、軋む身体の痛みを遠のかせる。
「――うっ、ごっ、けぇええええええええええっ!!」
迫りくるサイクロプスの右腕――もはや握りこぶしも作ることはできておらず、重量のみで俺を吹き飛ばそうとしている。
決して目は閉じない。見開き、観察する。
腕の動き、体重の移動、敵の視線、足さばき、負傷の状況――。
様々な要素から、俺は直感的に判断する。経験からもたらされる、最善の行動を。
「ぅおらぁあああああっ!」
前方へ走りながら刀を後ろに大きく引く、サイクロプスの大きな手が、俺の眼前へと迫ってくる。それはまるで、除夜の鐘を突き鳴らす撞木のようだった。
敵の攻撃は、横に向けた俺の顔のまつ毛に触れるようなそんな距離を通過していく。
VRMMOテンペストの雑談掲示板には、俺の戦闘を見たプレイヤーが『神回避ならぬ紙回避』と書き込んだほか、こんな風にも書いていた。
まさに紙一重――ゆえに、紙回避。
相手の突進力――そして俺の渾身の力を載せた刀が、サイクロプスの足首を襲った。その部分から、ブチッ――と、何かが切れる音が聞こえる。
「まだまだぁあああああっ!」
急ブレーキを掛け、身体を回転させながら次は膝の裏を斬った。
「ブォオオオオオッ」
魔物が悲痛な叫び声をあげる。
足が崩れ、バランスを崩したサイクロプスは、身体を捻りながら、こちらに向かって倒れ込んできた。それと同時に、俺を攻撃しようと両腕を大きく振り上げる。
イタチの最後っ屁ってやつか――上等じゃねぇか!
俺はサイクロプスを見上げ、刀を持つ手に力を込めた。
セラさんがやってしまった悪手――だが、状況と狙う部位によっては、それは最善の一手となるのだ。
振り下ろされる腕と腕の隙間に移動して攻撃を回避、そして刀を真上へと突き上げる。眼球、そして肉を貫く感触が、刀を通じて伝わってきた。
俺の攻撃は狙い通り、サイクロプスの眼と脳を貫き、頭を貫通したのだ。
その突きは完全な致命打となり、サイクロプスはサラサラと粒子となって消えていく。
本当にたまたま、俺は右手を天に突き上げる――勝利のポーズでサイクロプスとの勝負を終わらせたのだった。
これにて決着!
戦闘シーン難しかった!
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