Aー128 テンション爆上げ
洞窟に入ってから三体のゴブリンと遭遇し、魔物の強さを確認してから約一時間後。
正式な魔物の名称はわからないものの、俺たちは適当に『ハイパーダンゴムシ』とか『モジャモジャアント』など命名しながら探索を続けた。
最初のゴブリンに遭遇したときから――いや、このイデア様が用意したダンジョンに入り、魔物と戦ってからすでにわかっていたことだが、なかなかに強い。
とはいえ、ボスじゃない魔物は一匹一匹がSランクダンジョンのボスに匹敵するような強さでもなければ、テンペストのランカーたちと比べて突出している部分があるわけでもない。
さらに言えば、ノアのおかげでこのダンジョンでの死がゲームと同じ仕様であることが判明している。
となると、どうなるか。
「ひゃっはぁあああああ!」
「わるいごはいねぇ~が~っス」
「そのテンションに合わせるのはつらいなぁ……」
俺とクレセントはダンジョン内で暴走し、爆走していた。翡翠という保護者がいるのをいいことに、それはもう好き勝手に暴れまわっていた。気配察知などもはや意味を成しておらず、突き進んで見つけた敵をただ屠るのみ。
だって久しぶりにゲームと同じ感覚……それも同じテンペストを経験してきた人とダンジョンで遊べるんだぜ? いままでこのテンションにならなかったほうがおかしいってもんだ。
たぶん、クレセントは俺のノリに合わせてくれているだけである。
元々ソロプレーヤーである俺は、こんな風に和気藹々とダンジョン探索をすることがなかったのだ。この世界に来てから、セラたちと一緒に探索することはあったけれど、やはり俺は彼女たちを守る立場だった。そして自分自身も含め、絶対に死んでは行けないという恐怖を抱えての探索である。
表面上は『問題ないだろう』と思いつつも、心のどこかで『万が一があってはいけない』と感じていたと思う。
それがいま、解き放たれているのだ。
クレセントも翡翠も、俺が守る必要なんてない強者だ。放っておけば勝手に勝利しているような奴らなのだ。そんな奴らと一緒に、これまで見たことない魔物、それもなかなかに強い魔物を倒せるのだ。
何度でも言おう、テンション上がらない今までのほうがおかしかったのだ。
「あー、楽し。ボスはどこだぁ~?」
「通りすがりにボスを殺していてもおかしくないぐらい暴れてましたよ」
「メダルが落ちてないからボス級とはまだ出会ってないっスね」
一息ついたところで、そんな会話をする。ちなみに俺の体は現在ずぶぬれだ。なんでかって? テンション上がって川に飛び込んだからだ。ただ濡れただけだった。タオルで体を拭くなんてことはせずに、動き回って体を乾かしているところである。
水も滴るいい男状態なのだ。
「苦戦はないけど、いい塩梅の敵だよな。気を抜いたら怪我ぐらいしていたかもしれないし、一撃で倒せる敵はほぼいないし」
「これでお金も稼げれば言うことないっスけどね~。まぁないものねだりって奴っス」
「家が貰えるんだから稼げてるようなもんじゃない?」
「エリクサーとかポーションの売価と比べると微妙っスね~」
それはそう。いまでこそエリクサーの供給量がかなり増えて値段も下がってきているけれど、それでもBランクダンジョンのドロップ品としては破格の値段が付いている。おそらく、需要もまだまだあるのだろう。
「たしかに、それもそうだね。まぁセラさんたちみたいに、レベル上げ目的だったらいいんじゃないかな?」
「まぁなぁ。俺もステータスボーナスは全部とったけど、一次職とか二次職とか、ステータスボーナスだけ取って放置してる職業があるから、スキル取るために全部カンストさせないと。Sランクダンジョン周回するよりはたぶん効率よくしてくれてるだろ」
同じ階層には同じ魔物しか存在しないという仕様かつ、これまで何度も周回してきたSランクダンジョンよりも効率的でないと、このダンジョンでレベリングする意味がないし。イデア様もその辺りはきちんと考えてくれているだろう。
「あまり長居をしたらセラさんたちが心配しますし、そろそろボスを見つけないとマズいですよ? 正直僕、このダンジョンがあった位置あまり覚えてないですし」
「俺も」
「私もっス~」
みんな緊急帰還で帰るつもりだから適当だ。まぁ遊びみたいなもんなんだし、それぐらい気楽でいいと思うけどな。
クレセントたちとのだらだらとした会話が終わり、探索を開始してからわずか十分後――俺たちはようやくボスらしき魔物と遭遇することができた。
「はい翡翠の負け~! 命名よろしく!」
ドラゴンとカメを足して二で割ったような黒い魔物だ。敵の吐く毒々しい紫のブレスを躱しながらジャンケンをして、翡翠にこの魔物の名付けをお願いすることになった。
「う、う~ん、ドラゴンガメじゃだめですか?」
「ひねりが無さ過ぎっスよ姫ちゃん! それじゃ他にも似たような魔物がいるっス! もっと特徴掴んで!」
その場で高速回転を始めた魔物に、壊理剣で攻撃を放ちながらクレセントが言う。ちなみに俺は天井の岩を攻撃して落ちてこないかなぁとチャレンジしていた。ビクともしてない。
「ミカがつけた『ハイパーダンゴムシ』別のダンジョンにいるじゃん! パルムール東のCランクダンジョンに!」
「ちっちっち、あっちは『スーパーダンゴムシ』っスよ」
「一緒だよ!」
「違うっス!」
なんと不毛な争いか。というかSランクダンジョンを超えるボス相手に暢気なものですね。俺も人のことは言えないけど、セラたちが見たらお小言を言われそうな戦い方だ。
「じゃ、じゃあ、ウルトラブラック竜タートル!」
「じゃあそれで」
俺は翡翠に撤回させないよう、敵に攻撃をしかけながらも即座に賛成の意を示した。
「いいっスね~幼稚園の子供が付けたような雑なセンスって感じが最高っス!」
「もぅやだぁ……」
命名、ウルトラブラック竜タートル。俺も人のことを言えないけど、翡翠のネーミングセンス、やばいな。帰ったらセラたちに教えてあげよう。ギルドに報告して正式名称にしてあげたいぐらいだ。




