Aー123 決着
俺とノアの戦闘に突如として乱入してきたクレセントと翡翠の二人。
てっきり俺の味方をしてくれるかと思ったが、彼女たちの判断は――敵対だった。
敵対することで、俺の味方をするというちょっとややこしい状況なのである。
というのも、彼女たちの思惑は俺に全力を出させること。ゲーム時代を思い出させること。なるほどたしかに、ノアとの一騎打ちよりも、複数人を相手取るほうが俺には慣れているといっていいだろう。
こんなややこしいことになっているが、俺が自分の首を切ればそれで済む状況なんだよな。だけどそれは、俺もノアもするべきではないと考えている。ゲームのような世界、ゲームのようなダンジョンの中にいるのだが、あくまでここは現実だから。
「ちょっと待て、装備を変える」
俺はそう言って、インベントリから服を取り出した。
『黒の棺』――俺がゲーム時代愛用していた上下の黒服である。魔法耐性物理耐性ともに低いが、AGIとDEXに補正のかかる、Sランクダンジョンのドロップ品だ。といってもSランクダンジョンに通い詰めて獲得したわけではなく、ベノム戦のときにノアにもらったものだけど。
「…………ごめん、あっち向いてくれる?」
緊迫した空気だったけど、ノアはともかく、クレセントや翡翠にお着換えシーンを披露するわけにはいかない。せかせかと着替えを完了して、その旨を伝える。手には当然白蓮を構え、職業は覇王から魔王に変更した。
強さ的には、きっと覇王のほうが強いだろう。基礎ステータスが他の三次職に比べて低いとはいえ、様々なスキルの恩恵を受けられるのだから。だけど、俺にはまだ練度が足りていない。
だとすれば、ここは戦い慣れた魔王のほうが良いだろう。
選択肢が多いということは、それだけ考える時間が必要なのだから。
「おー、その恰好を見ると、SRさんって感じっス!」
「ちょっとゾクゾクしてきたかも」
着替えを終えた俺の姿を見て、かつてのゲーム仲間たちはそんな言葉を口にする。ノアのほうは、好戦的な笑みを浮かべたまま口を閉ざしていた。
「さて、俺はいつでもいいぞ」
「僕も構わないよ」
ノアに続いて、クレセントと翡翠も準備オッケーであると口にした。
さぁ、思いっきりやり合おうじゃないか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「はぁーっ!? 絶対今の当たってたっすよ!」
「残念、外れだ。産毛ぐらいは刈れたかもなぁ」
「ノアさん、右から回って牽制してください!」
「口にしなくてもいいよ翡翠。僕は心を読むから」
「おう、口にしなくてもわかるぜノア。霊弓術士に変更して束縛の矢か? そしてそれがバレたら、ダミーの魔道矢にかぶせて普通に矢を射るつもりか?」
「――まったくっ! キミは本当に化け物じみてるよねぇ!」
「お前は思考が読めるような表情してんだよ! ちょっとは隠せ!」
そう叫んで、ノアの腹を蹴り飛ば――すと見せかけて、そのまま一回転して顔面に拳を叩き込む。迷うことなく腹付近を防御した彼女は、無防備に俺の攻撃を食らっていた。直前まで本気で蹴るつもりだったから、思考を読んでも仕方がないだろう。
左手に持った白蓮を右手に持ち直して後ろを振り返ると、そこには隙を見つけて流れ込んできたクレセントと翡翠の姿。
あーあー、そうじゃないだろう。そんな単純じゃないだろう。こんなにわかりやすい隙、俺が晒すわけないだろう。
白蓮を持ち替えると同時に左手に貯めていた魔法を放出する。火や風、水といった元素の魔法ではなく、単純な魔力砲だ。狙いは左から俺を狙ってきている翡翠。
彼女ならこれぐらいたやすく躱すだろう――まぁ逃げる方向は、わかるんだけどな。
「――翡翠は躱す方向がわかりやすいし、誘導されやすい。それに次の攻撃に対して身構える癖があるが、そこは治さないとな」
次の攻撃に備えると言えば聞こえはいいが、彼女の場合、固いのだ。柔軟性が足りない。
「だから簡単なフェイントに引っ掛かる」
パッと白蓮を彼女に向けて投げながら、それを上回る速度で突進。彼女を吹き飛ばして白蓮を回収したのち、背後から切りかかってくるクレセントの攻撃を避けながら、反撃。
「――やっぱSRさん、背中に目が付いてるっス! というかこの状況で反撃しようとするバカは、世界広しと言えどあなたぐらいっスよ!」
「バカとは心外だな!」
剣をお互いに弾き、数秒切り結ぶ。すぐにノアと翡翠もやってきたが、俺がにらみを利かせると二人とも攻めあぐねた。
「のんびりはさせないぞ」
そう言って、ノアと翡翠がいる方向に向けて重力魔法を発動。クレセントが「私と戦っている最中なのに!?」と不満げな声を漏らしていた。
重力魔法から逃れるようにその場から駆け出す二人――では今度はノアを攻撃しようか。
どうやらまだ、俺の顔面パンチが尾を引いているようだしな。
「じゃあまたな」
「ちょ! 逃げる気っスか!」
「はい隙あり」
「――うぐっ、うっぷ」
ノアに向かって走ると見せかけて、即座にその身をひるがえし、クレセントの腹に一撃けりを加える。さらに白蓮で左腕を切りつけたのち、俺の背後から攻撃を仕掛けてきた翡翠を蹴り飛ばす。
そして左腕の痛みにひるむクレセントの同じ部位を、もう一度切りつけ、翡翠には重力魔法を最大で発動させ押しつぶす。
「じゃあこんどこそまたな」
「――目、何個あるっスか……」
「二つだよ。もっと五感を使え」
捨て台詞を吐いて、ノアがいる方向に目を向ける。彼女は長剣を二本もち、こちらに向かって姿勢を低くして疾走してきた。正面から戦おうってか? 上等だ。
「威勢だけで終わんなよ」
甲高い音を立てて、剣と剣がぶつかる。
「ははっ、どんどん口が悪くなってきてるんじゃないかい。テンペストのゲーム中はそんなことなかったのに」
「ランキング戦ではな。だけど対魔物相手はこんなもんだ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
そう言いながら、俺はノアの攻撃をさばいていく。そしてぬるい攻撃は避けながら、彼女の体に攻撃も加えていった。血はでない――彼女の体から光の粒子がこぼれるように浮かんでいくだけ。ノアの表情は苦痛に歪み、それでも手を止める様子はない。
「いまだ! 翡翠、クレセント!」
唐突に、それはもう唐突にノアが叫んだ。なんの予兆も感じさせず。
だが俺にはわかっている。クレセントもヒスイも、まだこちらまで駆けよってくるような状況ではないはずだ。足音も聞こえていない。
「バレバレだぜ」
俺にフェイクの言葉を叫んだと同時、大きく剣を振りかぶっていたノア。俺はその剣を弾いて追撃を加えるべく――剣を、剣を?
「……あーあ、すっぽ抜けちゃった。かなり痛いね、これ」
彼女は剣を後ろに放り投げるようにして、俺の白蓮の攻撃を胸に浴びていた。そして胸を押さえながらその場に崩れ落ち、小さく笑う。
「お前……それはわざとか?」
「何言ってるの、キミが僕の指を白蓮で切ったんでしょ。指が三本無いんだから、仕方ないじゃないか」
「……そうだった」
「だからこれはわざとじゃない。んー、痛みとしては、現実に比べては軽いけど、やっぱりそこそこきついね――。骨折とは言わないけど、激しい打ち身ぐらいの痛みはあるかな。おっと、絶対に回復なんてしないでよ。このダンジョンでの死後を確かめるんだから」
無意識に痛々しい表情をしてしまっていたのか、ノアが俺に手を伸ばして行動を制止してくる。まだ動いてもいなかったけども。
やがてノアの全身を光が包み、
「じゃあ、ばいばい」
そんな言葉を残して、光の粒子は天に昇って行った。
その光景を、俺は呆然と眺めていた。
「SRさん! 外! 外行きましょう!」
「私は一足先に出るっス!」
まず最初にクレセントが、そしてすぐに翡翠もダンジョンから出て行く。
「――そうだ、ノアの無事を確認しないと」
俺も彼女たちに続き、ダンジョンから脱出した。
そこで俺が見たのは、行くときに見た衛兵さん、そしてクレセントと翡翠の二人。そして、眠そうな顔で俺を睨むレグルスさん。
しかしそこには、肝心のノアがいない――――なんてことはなく。
「ダンジョンから出たら痛みも全部消えるみたいだね! これはありがたい!」
ニコニコした表情で、そんなことを言っていた。




