Aー122 敵になることで
「ほらほら、ちょっと臆病になりすぎなんじゃない? 僕が見ていたテンペストのSRくんとは同一人物とは思えないね」
「うるせぇボケ!」
ステータスに物を言わせて、ノアを力強く白蓮で吹き飛ばす。後ろへ飛びながら俺の攻撃を盾で受け止めた彼女は、空中でくるりと回って平然とした表情で着地した。
攻めきれない。
原因はわかっている――彼女の言う通り、俺が怯えているからだ。
このダンジョンがいくら仮想世界っぽい状態になっているとはいえ、ゲームとは現実感が違いすぎる。ゲームと認識するには、リアリティがありすぎるのだ。
「この調子なら、本当に僕が勝っちゃうかもね~。勘弁してよ、僕はお兄ちゃんに殺してほしいんだけど」
「せめて『負け』とかそういう言い方にしろ、物騒すぎる」
ノアとの戦闘が始まってだいたい三分ぐらい経っただろうか――未だにお互いダメージを入れられていない。彼女の読心術のやっかいさがはっきりとしてきたって感じだろうか。
しかもどちらかがこのダンジョン内で死亡するような戦いだ――体と頭、どちらが先に動くかなんて、火を見るより明らかである。ただでさえ極限状態で同時になるぐらいだというのに……なかなかきついなぁ。
しかし、どう攻めたらいいものか――っち。この考えもどうせ読み取られているのだろう。ノアの勝ち誇った顔を見れば嫌でも理解できてしまう。考えるだけ無駄だと。
俺にできることは、これまでに培った経験による直観のみでの戦闘。そうすれば、ノアの読心術をほぼ無効化することができる――らしい。どんな風にノアに俺の考えが伝わっているのか定かでない以上はっきりなことは言えないのだ。
「もう考えをそのまま口に出してやろうか……あーあ、めんどくせえことすんなよなノア。見た目がロリだから余計にやりにくいっての。まぁそういう感じで見た目をいじっているプレイヤーもいたけどさぁ、なにそれ? 趣味?」
「す、好き勝手に言うねぇ」
「だって心で思ってもどうせ読まれてるなら意味ないし」
開き直ったっていいじゃない。余計なことを考えずに済む。読まれている前提で動くことができる。
「読まれている前提での行動か――相手の読心術を踏まえた上での行動……ふむ」
「んー、かっこいい案だけど、結局その考えも僕に読まれてるから、無意味だね」
苦笑しながら言うノアは、一瞬目を見開いて、肩を竦めた。視線は俺――ではなく、その後ろ。
「ありゃ、援軍が来ちゃったみたいだね」
ノアがそんなことを言って、顎で俺に後ろを向くように仕向ける。
するとそこには、
「テンペストパーティ戦ランキング一位、『月』のクレセント、参上っス!」
「同じく『月』の姫スキー、参上――ねぇミカ、なんで姫スキーって言わなきゃいけなかったの? ボク、せっかく翡翠呼びで浸透してきたのに」
場の空気にそぐわない暢気なやり取りをしている、最強の二人がいた。
「ところで何してるっスか? こんな深夜に二人で」
「なんでお前たちにバレてんだ……宿とってたはずだろ?」
「屋根の上に登って姫ちゃんと話してたら、SRさんが屋根の上を走ってるのが見えたっス」
なんでそんなとこに登ってるんだよ。しかも深夜に。
屋根の上を走っていた俺が言えたことじゃないけどさ。足音はしないように走ってたから許してください。
「殺し合いだよ。僕がお兄ちゃんを殺すか、お兄ちゃんが僕を殺すか。お兄ちゃんは僕を殺したくない、僕はお兄ちゃんに殺してほしい――だから戦っているんだ」
ノアが端的に説明すると、クレセントは顎に手を当てて眉を寄せる。考えた結果、「変なことになってるっスね!」と『あ、こいつよくわかってないな』という雰囲気がありありと見える表情で言った。
「なるほど、お二人とも、このダンジョンでの死亡を確認しにきたんですか。それならボクが――」
「余計にややこしくなるからやめい!」
挙手をして『やりまーす』と意思表示をした翡翠を叱責。普段あまり叫ばないからか、彼女はシュンとしてしまった。怒ってるわけじゃないからそこまで落ち込まないでいただきたい。
「二人とも、ダメだよ。僕はこの死を譲るつもりはない。もし僕の邪魔するというなら容赦はしないよ。もう神としての力はないけど、キミたちなら意識を刈り取るぐらい他愛ない」
真剣な風に言っているけど、これって所詮はただのテストなんだよなぁ。
誰かがゲームオーバーになって、『こんな感じだったよ』と報告すればそれで終わりの話である。なんでこんな真面目な雰囲気になってしまったのか。
それぐらい、俺を大切に思ってくれていると思えば、悪い気はしないんだけど。
ノアの話を聞いた二人は、コソコソと相談を始める。そしてお互いに小さく頷くと、彼女たちはノアの傍に歩み寄り、インベントリから武器を取り出して、俺に対峙した。
となると――二人とも俺を殺そうとしている? ノアより俺の想いを優先してくれているのか? なんだか嬉しいような悲しいような複雑な心境なんですけど。
「お兄ちゃんには悪いけど、二人は僕を味方してくれるみたいだね」
「みたいだなぁ」
苦笑しながらそう返答する。
ノアの表情は微妙だ。顔を引きつらせて笑みを浮かべている。そりゃそうだ、彼女たちがあちらに付くことで、ノアの願い――『自分を殺させる』ことからは離れていくのだから――いや、本当にそうか? 三対一になって、不利になるのか?
「そうそう、その考え方であってるよ」
ノアが、俺の心の声に相槌を打つ。
「どうやらこの子たちは、僕を負けさせるためにこちらに付いたみたいなんだよね」
肩を竦めてノアが言うと、両隣にいる翡翠とクレセントが笑みを浮かべる。
「だってSRさんがまだ勝てていないのって、いろいろ考えちゃってるからっスよね?」
「ボクらに任せてくださいノアさん。テンペストのSRさんを、呼び起こして見せます」




