Aー120 死を体験するのは
翡翠、クレセントときたら、次は俺の番だろう――!
そうやって意気揚々と魔物を探してフィールドを歩いたのだけど、翡翠がやりあった狼の魔物と一匹出会っただけだった。瞬殺して終了。せめて十匹ぐらい出てきてくれ。
そして消化不良のままに、そろそろ戻って報告をしようか――ということになり、俺たちはダンジョンを後にした。そこから先は、レグルスさんにみんなで報告会である。
どうやら事前にイデア様から聞いていた通り、各国にはリンデールに出現したようなダンジョンが出現していたらしく、俺たちの報告を待っている状態だったらしい。お待たせしてしまいごめんなさい。
ダンジョン内での俺たちの会話を聞かれていたら、きっと怒られていただろうなぁ……ひとまず『きちんとした報告するために情報を集めてました』とそれっぽいことをレグルスさんには言っておいた。ジト目を向けられたけども。
「というかさ、みんなが報告してくれたら俺はダンジョンから出る必要はなかったのでは?」
王都のギルドにて、レグルスさんへの報告が終わったところで、俺は気付いてしまった。
そうだよ。別に全員で報告する必要はなかったじゃないか。緊急帰還というか、ドロップ品もないからもはやただのログアウトだけど、全員一緒じゃなくて個別にできるんだしさ。
「抜け駆けはズルいっス!」
「気持ちはわかりますけど、一気に楽しんじゃうとあとがつまらないかもしれませんよ?」
俺の発言に、クレセントは唇を尖らせながら、翡翠は苦笑しながら返答する。
まぁそれはそう。ちょっと慌てすぎていた気もするな。落ち着こう。
「どうせまともに活動できる者はエスアールたちぐらいなのだ。他国でSランクダンジョンをクリアさせた者はいるが、エスアールたち抜きでは不可能だろう」
「そうね、私たちも、早くエスアールさんたちの足を引っ張らないように頑張らないと」
「お、追いつける気がしませんね」
セラ、フェノン、シリーもそれぞれ口を開く。
三人は謙遜しているようだが、少なくとも今までよりはぐっと俺たち地球組に追いつける可能性が広がったと思うんだよな。
なにしろ、これからは死んでも良いのだ。多少無理な探索をしても大丈夫なのだ。
でも、実際にあのダンジョンで死ぬことがどれほどの痛みで、どんな苦しみを味わうことになるかはわからないんだよな。
……これは誰かが実験台になったほうが良さそうだよなぁ。
レグルスさんもその辺りの情報が欲しいだろうし、コソッと抜け出して、今日の夜にでも試してみることにしよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
王都のパーティハウスに帰宅してから、衛兵に付き添ってもらって街を観光していたらしい両親から話を聞いたりしながら、時間を潰した。
両親との時間を過ごさせようとしたのか、セラは実家に帰り、シリーとフェノンも王城に帰った。クレセントと翡翠の二人も宿を取ったようだけど、ノアは普通に俺と一緒に行動していた。とはいえ、ほとんど部屋にこもってだらだらしていたけど。
夜も深まり、深夜の零時。
この世界のダンジョンの決まりでは、朝の九時から夜の十時までしか入場できないというようになっているけれど、その辺は今の俺の立ち位置を利用させてもらうことにしよう。頭を下げてお願いしたらなんとかしてくれそうな気がする。
俺はコソコソと足音を消しながら家を出て、人がほとんどいなくなった夜の街を歩く。向かう先はもちろん新たなダンジョン。明日は残念ながらデスペナルティでダンジョンに潜れなくなってしまうが、これも大事な検証だ。
クレセントや翡翠たちにも頼みたくないし、セラたちに最初に体験させるのはもっとダメだろう。一番死んでいる俺が、きっと適任なのだから。
ダンジョンを見張っている衛兵は、二人だけだった。
探索にのめりこみすぎることを抑制したり、入場する探索者を管理するためのルールだったと記憶しているが、現状Sランクダンジョンをクリアしている人が少ないために、警備も少ない。
できたばかりのダンジョンであるため、周囲に入場を制限するような塀はないし、そもそもこの直径五十メートルはありそうな石畳のステージ――それも全方位から入場可能なものを、二人で管理できるはずもない。
バレないようにこっそり入場――ということも考えたけど、あとあとこの衛兵さんたちが怒られても嫌だしなぁ。
「――というわけで、入れてください」
「し、しかしですね……」
衛兵さんは困っていた。
でも、セラたちに『俺、ちょっと死んでくるわ!』なんて言ったら間違いなく止められると思うし。レグルスさんはきちんと説明したら怒りの矛先を俺だけに向けてくれると思うんだよ。だからお願いします。
「レグルスさんには俺から謝っておきますから、ね!」
そう言って手を合わせて頭を下げていると、俺の横を通り過ぎて石畳のステージに上がっていく人物が見えた。衛兵さんが「あっ」と声を発した時には、すでに彼女は手の届かないところに。衛兵さんの手は、Sランクダンジョンを踏破していないがために結界によって弾かれた。
「……なんでお前がいるんだ?」
俺がそう問いかけると、彼女はニヤリと口の端を吊り上げて笑う。
「お兄ちゃん、僕が心を読めるのを忘れていたの? 何をしようとしていたかなんて、筒抜けだからね」
そう言って、彼女は俺の返事を待つことなくダンジョン内へと転移していった。俺の叫んだ「おいっ!」という呼びかけが聞こえていたとしても、きっと止まることはなかっただろう。
「――っ!? あんのバカ野郎!」
たぶん、ノアは俺の代わりに死を経験しようとしているのだ。




