Aー117 初戦闘
最初に、どちらの方角に進むのか――という問題について。
現在俺たちがいるのは、大きな石でできた舞台のような場所。
遠くのほうには森や山が見えたり見えなかったり――かなり広々とした平原に俺たちはいる状態だ。
いちおう、フェノンたちもいることだし、視界の悪い森は避けたほうがいいだろう。となると、平原を進むほうがいいかな。
この石のステージは大きいから目印になるし、迷ったりすることがなさそうだ。
そんなわけで、七人で平原を歩く。
魔物出ないっスねー、楽しみですね――そんな風に和気藹々としているクレセントと翡翠。ノア以外のこの世界の住人は、落ち着きなくあたりを見渡したりしていて、割と緊張しているようだった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だって、どうせ死なないんだから」
苦笑しながら言うと、セラが俺にジトっとした視線を向けてくる。
「私にはその『死なない』という感覚がわからないのだ。エスアールはこのタイプのダンジョンを知っているのか?」
……失念していた。そりゃそうだ。死んでも死なないという感覚を彼女たちが知っているはずがない。
「俺やクレセントたちがいた世界のダンジョンは、全てこのタイプだよ。だから、このダンジョンこそ、俺たちが本領発揮できる場でもあるって感じかもしれないな」
ゲームだとは相変わらず伝えない。
クレセントたちにもそれは伝えているから、彼女たちも「痛みに関しては違うっスけどね」とか「たしかにこっちのほうがボクも慣れてるかも」という感じで同意してくれる。
そして翡翠はそのまま続けて、口を開く。
「でも、ダメージに関しては調べないといけないよね。痛みがどれだけのものかとかきちんと把握しておきたいし」
「じゃあよろしくっス!」
「ためらいないなクレセント、友達じゃないのかよ。翡翠、その役目は俺がやるから、わざと攻撃をもらおうとする必要はないぞ」
「大丈夫です! 自分の身体で受けたほうが勉強になるので、受けます」
おおう……まぁ翡翠だけじゃなく、クレセントも同じようなことを言いそうではある。
人のことは言えないが、彼女たちも大概バトル脳だよなぁ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「いるな」
平坦な道を歩くほど十分程度――遠く離れたところに、狼の群れを発見した。
わりと平凡なサイズ――とはいっても、地球で見る狼の二倍の大きさはあるのだけど。最上級のダンジョンにしては小柄なナリをしているな。
敵の数は五匹――相手の強さがわからないから、翡翠ひとりで対処できるのかどうかは判別不可能だ。
セラ、フェノン、シリーの三人はノアに任せて下がってもらい、先頭にヒスイ、少し下がった場所に俺とクレセントが待機するような形で、狼へ近づいていった。
「――行くよ!」
相手が気付いたタイミングで、翡翠も狼の群れに向かって走り出した。手には俺が愛用する物と同様――白蓮が握られており、姿勢は這うように低く、まるで低空飛行でもしているかのように走る。
「大丈夫そうっスね」
「……だな、スピードが遅い」
クレセントも俺も、そして翡翠もきっと力量の差を理解しただろう。
狼タイプの敵であの程度のスピードとなると……Aランク辺りの魔物ぐらいのレベルだろう。翡翠は狼の突進や牙を流れるような動作でかわしつつ、敵にダメージを与えていく。
まさに圧倒――あれこそが本来の翡翠と言えるような動きだった。
やはり俺たちにとって――『死ぬことがない』という状況は、ゲーム時代の動きを再現するのに必要不可欠な要素なんだと再確認できた。
そして最後の一匹になったところで、翡翠はわざとらしく隙を見せて、狼の頭突きを正面から食らう。腕でガードしていたが「いったぁ!」という叫び声が、離れている俺たちのところまでハッキリと聞こえてきた。
そしてその後翡翠は、流れ作業のように最後の狼も倒してしまう。
魔物の死骸は粒子となって空に昇っていったため、その場には何も残らなかった。
当然ながら、事前情報通りドロップ品は無し。翡翠はレベルがカンストしてしまっているので、得られたものは情報と経験のみといったところか。
「……翡翠は、あんなに強かったのか?」
いつの間にか俺の傍に来ていたセラが、呆然と口にする。
「こっちが本来の姿って感じだな」
「つまりいままでの姫ちゃんはビビッてたってことっスね」
ふふん――とクレセントは自慢げな顔つきで口にする。お前は人のこと言えないだろ。
「言っておくけど、お前もガチガチだからな」
「……エスアールさんもそうじゃないっスか」
「俺の方がまだマシだろ」
「いーや、私のほうがマシっすね――あっ! 前に姫ちゃんが言ってたじゃないっスか!? 久しぶりに全力でやりあいたいっス!」
俺にぐいぐいと近寄りながらクレセントが言ってくる――が、その距離はセラによって再度開くことになった。俺とクレセントの間に割って入り、俺の肩を掴んで押してくる。
「……今の目的は調査だぞエスアール」
セラはムスッとしたような表情でそんな言葉を口にした。
もしかして、距離感が近かったクレセントに嫉妬したとか……? だとしたら、ちょっと嬉しいと思ってしまうなぁ。




